【インク沼】ペンクリニックに行ってきた

 今住んでいる地方にある老舗の文具店は、ここ数年ほど年に1回PILOTの社員さんをお招きして「ペンクリニック」なるものを開催しているらしい。
寡聞にして知らなかったのだが、顔見知りの店員さん(万年筆&インク沼仲間。笑)が教えてくださったのと、他社の万年筆も診てもらえるとのことだったので、早速仕事終わりに行ってきた。

 診てもらえるのは一人一本との事だったので、一番気になっていたプラチナのプレジール(中字)を診ていただいた。書き味がちょっとカリカリするのが気になっていたのだけれど、インクフローを良くしてもらい、ぬるぬるとまではいかないが(ぬるぬる書けるかは紙との相性も大きいので)かなりサラサラ書けるようになった。社員さんがちょっと触っただけで(何をしているのかわからないので、そうとしか見えない)インクフローが良くなったり書き味が変わったり、まるで魔法を見ているようだった。

 その後、私以外にペンクリニックのコーナーに人が来なかったのをいいことに、お話を伺いながら、社員さんが持参されていた大量の高級万年筆×限定販売色を含むカラーインクを試筆させていただいた(これはお願いすれば誰でも普通に試し書きさせてもらえるのだと思う、件の沼仲間店員さんも書かせてもらっていたので。笑)。
 そこで何に驚いたって、1本1万円以上する万年筆が、入れてあるインクの名前のテプラを無造作にぺたぺた貼られた状態でザラザラと何十本も皮のペンケースに入れられていたことだ(まあ1本1万円は高級万年筆としてはリーズナブルな価格帯に入るようだが……社員さんのお話を聴いていて、それが一番のカルチャーショックだった……)。パイロットのkakunoやプラチナのプレピーやセーラーのハイエースネオのお陰ですっかり忘れていたが、そもそも万年筆とは高級な文房具だった。そしてkakunoが発売される前、戯れで覗いたショーケースの中の万年筆の値札の0の数にびびって「万年筆様とは私などには触れることさえ許されぬ筆記具だ」と退散したことも、芋づる式に思い出した。

 さて、今までにも書いたことがあるかもしれないが、私はどちらかといえば万年筆よりカラーインク沼の住人であり、万年筆にはカラーインクほどの執着はない。私にとって万年筆とはあくまで「(カラー)インクを使うための道具」であり、多少見た目が安っぽかろうが子供っぽかろうが、書き味さえ良ければ十分なのである。
 そういう訳で、上記のような理由で大人からは微妙な声もあるkakunoを私は4本も持っているし、何ならもっと安いペン習字ペンやプラチナのプレピーも愛用しているし、高級万年筆への憧れも特になかった。
 なんやかんやで今持っている万年筆は計14本になったが、1本あたりの値段はすべて税抜1000円以下である(kakuno×4、ペン習字ペン、プレピー×3、プレジール、ふでDEまんねん×2(若竹/紺)、ハイエースネオカリグラフィー×3(1.0/1.5/2.0))。ふでDEまんねんだけはちょっと特殊だけれど(ペン先が曲げられていて、万年筆なのに筆ペンのように書ける、不思議で癖になる書き味の代物)、後はごく一般的な極細字~中字の鉄ペン万年筆である。

 しかし今日、色彩雫の「霧雨」を入れた「極太字」のペンを試筆させていただいた時、衝撃が走った。

 極太字、めちゃくちゃカラーインクの濃淡が綺麗……!!

 正直、店頭で細字のペンで色彩雫を試筆した時には霧雨はあまり好みではなかったのだけれど(同じグレーでも私は「冬将軍」の方が気に入って買った)、太い線だと色の濃淡がはっきり出て、本当に綺麗に見えた。

「あの……太字とか極太字とかって、安い価格帯の万年筆にはないですかね……?」
「そうですね、(商品ラインナップの小冊子を開いて)今お試しいただいた極太字は○円(失念、1万円より高かった)のもので、こちらが鉄ペンで1万円のものなんですが、これが鉄ペンでは唯一の太字になります」

 い ち ま ん え ん (庶民の心の叫び)
(これが前述のカルチャーショックのくだりである)

 いやー、ここ数年ちょっとカラーインク沼に足首浸かってたからっていい気になってたな、私。と愕然としつつ、極太字の書き心地とインクの美しさに惚れ惚れしていると、社員さんから更にもう一言。

「ですが個人的には、1万円出して鉄ペンの万年筆を買うよりは、もう2000円追加して金ペンのこちら(小冊子を指差しつつ)を買う方をおすすめしますね」
「……なるほど……」

 ……ハッ! い、いかん! 先に1万円って聞いた後だと、2000円が誤差にしか思えなくなってる!! 落ち着け私、kakunoやプレジールやハイエースネオが2本買える値段だぞそれは!!

 しかし当然というかなんというか、1000円台…というか1万円未満の製品には、極細字/細字/中細字/中字しか無いそうで(なので1万円のが太字の最安値になるという)。

「……いつか、何かの記念の折にでも購入したいです、金ペンの太字」
「はい、ぜひ(笑)」

 そんなこんなで結構な長時間お話を聞いたり試し書きさせていただいたりした後、最後に「万年筆とカラーインク、これからも楽しんでくださいね」と笑顔で言っていただいて、「あーー今日来てよかったなー……」とホンワカ幸せな気持ちで帰路についたのだった。

 いつか本当に、何かの記念など理由ができた時には、パイロットの金ペン万年筆(…せめて1万2000円の)を買えたらなあと思う。
 数時間前、ペンクリニックに行く前の私は「万年筆は1000円台までので十分」と当然のように思っていて、「いつか高級万年筆も」なんて考えたこともなかったのに、「私が万年筆とカラーインクにハマったきっかけはパイロットのkakunoと色彩雫だから、金ペン万年筆のデビューもパイロットがいいなあ」なんて、今の私は考え始めていたりするのだ。

 ……ハッ、もしやこれが……万年筆沼への入口……!?

 それではまた明日!