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カルティエという名の踏み絵

今日、一目で記憶に残るほどの素敵なマダムを見た。

マダムといっても、おそらく40代。

ネイビーの上品なノースリーブワンピースから伸びた

よく日焼けしたスリムな腕に、

カルティエ パンテールのイエローゴールドブレスレットが圧倒的な存在感を放っていた。

ラフに崩したボブは、無造作でありつつも洗練されていて

彼女のはっきりとした美しい顔立ちを引き立てていた。

手には、黒のケリーバッグ。

足元は黒のハイヒール。

非の打ちどころのない完璧なレディのスタイリングだけれど、

きれい、とか可愛い、とかではなく

彼女は圧倒的にかっこよかった。

その引き締まったからだと、贅沢なリゾートの時間を連想させる日焼けした肌。

そこに、パンテールのイエローゴールドブレスレットひとつ。

これをやってのけてしまえる40代の女性が、どれだけいるだろう。


カルティエの時計は、美しいと思う。

とくにパンテールは、強くしなやかな女性のためにデザインされたジュエリーのような存在だ。

タンクも、シリーズは数あれど、どれもカルティエのゆるぎないアイデンティティを感じる。

だけれど、それだけ美しく普遍的で人気のある時計だからこそ

それを身につける人の格みたいなものが如実に表れてしまうのが

カルティエの怖いところだと思う。

かっこいい人がつけると圧倒的にかっこいいけれど

時計とその他のバランスがとれておらず、腕元だけがやたらに浮いてしまう場合も往々にしてある。


いいものを、誰にもまねのできない形で

圧倒的にかっこよく見せられる人・・・

そこに至るには、自分を内側から見る目と

外側から厳しくジャッジする目、

両方が必要そうだ。

いつも読んでくださりありがとうございます。もっと素敵なnoteを書くための投資にさせていただきます!