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〜飲食業の働き方〜 労働時間の問題①

最近、#ブラック企業や、#働きかた改革など日本人が喜びそうなキーワードがよく目にとまりますね。そこで1番注目を集めるのが労働時間ではないでしょうか

はじめに私の現時点の正直な気持ちを書きます。あくまで"イマ"なのでこれから思考は変化するかもしれませんし、この労働時間の考えだけではなく色々な事をインプットしていくなかで気持ちの変化は当たり前だと思っています。

本題に入りますが、労働時間を短くする。これは大賛成です。そこにこぞって口を揃える問題が"生産性"になるかと思います。では飲食業で生産性を高めるには?例えばいつも大好きな生産者さんの野菜を使ってサラダを作る時、「これはパリッとした食感が美味しく感じるから手でちぎろう」とか「この根菜はそのままだと甘みが伝わりにくいから軽く塩をふってマリネにしよう」とか「ポイントの酸に合わせる時は大きいと酸っぱいだけになるからこの大きさにしよう」とか「そもそもドレッシングで和えるとしんなりするから減圧調理器のガストロバックを使おう」など簡単に見える料理も世の中のシェフ達は驚くくらい考えて作っています。それほどサラダひとつとってもお客様の口に入るまでには膨大な時間がかかるのです。

私が新社会人としてレストランに働いていた時に励まされていた漫画『バンビ〜ノ』の主人公の師匠が、

「料理には全部出るけの。怖いもんぞ…。自分を人に食べさせるんやけ」

という言葉にガツンと殴られてたような感覚を今でも覚えています。サラダを提供するには3分かもしれませんが、私の場合は生きて来た33年と3分です。この33年のなかでの母親の料理から始まり、食材を見極める目、細かな変化に気づく感覚、繰り返し試した経験などなど料理はもちろん本を読むことや趣味の遊びなどで得られた経験含めたくさんのインプットから生まれたものがお皿として表現されるのです。ではもし逆にサラダちぎるのにそんな時間かかったり、ドレッシングが美味しいから形は関係ないよ、それより生産性高める為に誰でも出来る仕事だから君やってくれ。だと、どうでしょうか?少し大げさに例えましたが先ほども書いたように3分の料理ではないので確かに美味しいかもしれませんがお客様は感動はしないと思うのです。

美味しくするために考えた時間とクオリティは比例するはずなので、食への深く掘り下げる思考と経験に対し価値がうまれ、その対価として料金が発生し、それが生産性に繋がると思います。

極論を言えばお客様がそのサラダに100円ではなく1000円を払うのであればそれが価値であり、そこにこそ料理人の存在意義と"生産性"があるのではないでしょか。なのでそれがまだ構築されていない駆け出しの頃は料理に夢中でそれしか考えられないほど、【時間】をかけ、がむしゃらにインプットを繰り返した方が良いと思います。ただし時間は長いから良い訳ではなく、本質を求め深く集中することが大事と考えます。量より質ですね。

そして"自分を人に食べさせる"価値ができた時に労働時間の事を考えても遅くないと思います。もしかしたら、それさえもできない時代が来るかもしれませんが。





最後まで貴重なお時間を頂きありがとうございます 僕は料理しか作れないのでnoteはすべて無料で公開しています。 もし何か価値を感じてサポート頂けたら嬉しすぎて全力で、なつきます