見出し画像

幼児教育・保育の無償化はなぜ実現したのか、そして将来的に所得制限はどうなる?

 最近、子育て政策に関して所得制限撤廃せよ!という動きが高まっています。その発端となったのは児童手当の特例給付の廃止。児童手当の導入時には「特例給付」として特例的に月額5000円が支給されていましたが、これが廃止されることになりました。大まかな方針が決まったのは2020年12月、その後にどのように上限を設定するかという議論が経て成立したのは2021年5月、そして実際に給付がなくなるのが2022年10月。

 この廃止に対して怒りの声をあげているのが、この措置によって給付対象とならなくなる層。そもそも「所得税」として所得に応じて課税されているにもかかわらず、給付の面でも所得に応じて給付のありなしを設けるというのはひどい仕打ちである、というのがおおよその主張かと思います。その矛先は他の子育て政策にも伝播しており、今回の児童手当だけに限らず他の高校無償化や医療費助成などについても所得制限を撤廃しよう!という動きも生まれております。

 この話題の流れの中、最近注目を浴びているのが幼児教育・保育の無償化。3-5歳までは幼稚園や保育園の利用料が所得制限なしに無償化されるというもので、2018年に導入されました。騒動の発端は3/8の参議院 予算委員会の公聴会での中室牧子氏の発言。主張としては「再分配政策として、無償化はコスパが悪い」ということで、この主張自体は無償化が導入される前後でかなり主流の意見だったようには思うのですが、最近の「所得制限撤廃!!」の空気の中で「幼保無償化への所得制限導入の肯定」のように捉えられてしまい、やや燃え上がっている感があります。発言としては既存の予算を所与のもの、つまりそこは変えないという前提でどうやって費用対効果で政策選択していくかという前提での話(と思われる)ので、別に中室氏が所得制限の導入を積極的に肯定しているわけではないかと思います。さらには、あくまで参考人が言ってるだけであって、少なくとも現時点においては政府・与党において幼保無償化に所得制限を導入しようという動きがある、というわけでもなさそうです。

 ただ、ここで改めて把握しておくべきと考えるのは、なぜそもそもこの「幼児教育・保育の無償化」という政策が導入されたのかという点です。考えてみると、実に不思議なわけです。元々高齢者優遇で子どもに対して予算を割いてくれないこの国で、そしてさらには近年顕著であるようにあくまで所得制限を導入して高額所得者には厳しいこの国で、なぜ幼児教育・保育だけは所得制限なしに無償化されることになったのか


 今回はこの点について以下つらつらと書いていきますが、子育て政策への所得制限撤廃!というテーマについて関心のある方にとって気になるのは、今後この幼保無償化も所得制限の対象となるのかどうかという点かと思います。結論から言うと理由付けはどうあれ「ないんじゃないか」と思います。それは、政府が高邁な精神のもとで「より効率的な所得再分配政策を導入するべき!」とか「子育て世代を支援するために所得制限は撤廃するべき!」とか考えているという話では全然なくて、この無償化は自民党の支持団体である全日幼保連の悲願とも言えるもので、それを取り下げるというのは政治的に困難だろうということからです。

 この記事ではまず、無償化が成立するまでの経緯を整理した上で、なぜこの政策が他にも数ある選択肢の中で選択されたのかという点について、キングダンの政策の窓理論に依拠して考察してみます。そして、最後に今後この無償化についても所得制限が導入され得るのかという点について考えてみます。

無償化の成立までの経緯

 まずは成立の経緯です。この政策が導入されるに至った直接的な契機は、2017年12月の閣議決定「新しい経済政策パッケージ」*1。これは8%から10%への消費税率の引き上げにより生まれる財源をもとに、今後の持続的な経済成長や少子高齢化の解消を実現するための政策をまとめたもの。この文書の中で「消費税率の2%の引上げにより5兆円強の税収となるが、この増収分を教育負担の軽減・子育て層支援・介護人材の確保等と、財政再建とに、それぞれ概ね半分ずつ充当する。前者について、新たに生まれる 1.7 兆円程度を、本経済政策パッケージの幼児教育の無償化、「子育て安心プラン」の前倒しによる待機児童の解消、保育士の処遇改善、高等教育の無償化、介護人材の処遇改善に充てる」との記載があり、2018年10月の消費税増税の財源を活用して本政策が導入されることになったわけです。当初案では対象外となっていた認可外保育施設への一部補助を追加するなど細かな修正はあったものの、予定どおり2018年10月より導入されることになりました。

 とはいえ、この政策は2017年に突如として生まれてきたものではありません。以下に大まかな無償化導入までの議論の発端とその後の流れについて整理しておきます。

議論の発端と進展
 幼児教育について無償化に関する政府の検討案のうち、直接の提言案として取り上げた最初の公文書は2005年8月の文教制度調査会・文部科学部会幼児教育小委員会「国家戦略としての幼児教育政策」*2。その後も継続して同委員会にて検討が進められ、2008年には「国家戦略としての幼児教育の無償化について」において具体的に素案を提示されました。この文書では「希望する全ての子どもに質の高い幼児教育の機会を提供する観点から、国公私立の幼稚園、保育所、認定こども園を通じた無償化を図る」とし、対象を「全ての3~5歳児」とあります。また、この場合のコストについても推計されており、「現在の保護者負担を基にすると、必要となる追加公費の額は、7,000~8,000億円」とあります*3。これらの仕組みは実際に導入されたものとほぼ同様で、この時点(成立の10年前!)ですでに大まかな形は固まっていたと言えます。予算規模も「新しい経済政策パッケージ」における本政策への予算の試算の数字と符合しています*4。

民主党政権下での停滞期
 しかし、翌年2009年から2012年までの民主党政権において、この無償化の議論は停滞します。勝部は「子ども手当制度の創設や高校教育無償化などを国家戦略担当所管事項の重点政策とする反面、自公連立政権時代の幼児教育・保育無償化の推進は政策課題から除外され、事実上の『棚上げ』となった」*5としています。ただし、民主党政権下で進められた子ども・子育て関連3法の改正の議論では当時野党であった自民党議員から幼児教育の無償化を念頭に置いた幼児教育・保育・子育て支援の質・量の充実を求める声があり、これは民主党、自民党、公明党の3党合意文書である社会保障・税一体改革に関する確認書(社会保障分)に記載がある他、法律改正にあたっての附帯決議として「幼児教育・保育の無償化について、検討を加え、その結果に基づいて所要の施策を講ずるものとすること」とされています*6。

政権交代後の動き
 自民党は2012年の衆院選では施策集において「幼児教育の無償化」を掲げて勝利し、選挙後の公明党との連立政権合意の中においても「幼児教育の無償化への取組を財源を確保しながら進める」との文言が記されています*7。その後は段階的な無償化に向けた取組として、2013年には幼稚園就園奨励費補助を拡充しています。これは「幼稚園に通う園児をもつ保護者の所得状況に応じて経済的負担を軽減するとともに、公私立幼稚園間における保護者負担の格差の是正を図り、幼稚園への就園機会の充実を図る」*8ことを目的とした事業であり、この年度の予算要求では、補助単価の引き上げと多子世帯の負担軽減の拡充(同時就園の第3子以降を所得制限なしに無償化)を行っています。

 その後は2013年から2017年にかけて内閣官房に設置された「幼児教育無償化に関する関係閣僚・与党実務者連絡会議」にて具体的な検討が行われています。この構成員は政府では文部科学大臣、厚生労働大臣、女性活躍・子育て支援担当大臣、内閣官房副長官、自民党では内閣第一部会長、文部科学部会長、厚生労働部会長らであり*9、この会議にて待機児童の解消など他の子育て関係の政策との兼ね合いや無償化の対象と進め方の議論が行われました。

 さらに、2017年9月の衆院解散時の会見では安倍首相が「2020年度までに3〜5歳まで、全ての子供たちの幼稚園や保育園の費用を無償化」*10と発言し、後の衆院選では与党が3分の2を占める310議席を獲得する勝利を収めます。この流れを受けて冒頭に挙げた「新しい経済政策パッケージ」が発表されるに至り、本政策が導入されることになった、というのが大まかな流れです。

なぜ無償化が導入されたのか? - 「政策の窓」モデルから考える

 ここまでの成立に至る流れを踏まえた上で、なぜこの無償化が導入されたのかという点について次は考察してみます。この政策が数あるアジェンダの中でなぜ採用されたのか、そしてそれがなぜこのタイミングで実現したのかということです。政策の成立過程を明らかにするフレームとしてはキングダンの政策の窓モデルというものがあります*11。このモデルでは、政策過程を「問題の流れ」「政策の流れ」「政治の流れ」からなるものとし、これらがうまく合流することによって大きな政策転換が行われるとされています。この記事では、このフレームに沿って無償化が実現された要因について検証を試みてみます。

① 問題の流れ
 「問題の流れ」とは、その政策に関する何らかの問題が世間に認知されるかどうかということです。そのきっかけの例としては社会統計の公表や重大な事故の発生などが挙げられています。本件に関しては折りからの少子高齢化の進展という統計と、子育てへの経済面での負担という調査結果が該当するでしょう。

 少子化については直近の2020年の合計特殊出生率は1.34で出生数は84万人、この数は新型コロナウイルスの影響があるとはいえ統計史上最小。また、高齢化はすでに人口に占める65歳以上の比率は28.6%に達しており世界でもっとも高い値だったりします。さらに、この数字は今後悪化することが確実であり、社会保障給付の維持や経済成長への大きな懸念となっています。

 また、子育て世代の経済面の負担という調査結果については「新しい経済政策パッケージ」における無償化の必要性の根拠となっています。具体的に挙げられている情報源は内閣府による意識調査*12で、「どのようなことがあれば、あなたは(もっと)子供がほしいと思うと思いますか」との質問に対し、「将来の教育費に対する補助」が 68.6%で第1位、「幼稚園・保育所などの費用の補助」が 59.4%で第2位となっていたことによります。けっこうよく出てくる表です。

画像1

② 政策の流れ
 次の「政策の流れ」は、その政策に関するアイディアが議員や行政官、専門家といった多様なアクターによって世の中に供給されるかどうかということです。供給されるアイディアのうちの一部のみが具体的な検討の対象となり、その選定の重要な基準としては政策形成に携わる者との価値観との合致や技術的な実現可能性があるとされます。

 これまで述べてきたように、幼児教育を無償化するというアイディア自体は遅くとも2005年時点から存在しており、継続的に議論が行われてきたものでした。そして、その議論の主体であったのは自民党。これは経緯の部分に記載したとおり発端となったのが党内の委員会であったこと、2008年から2012年にかけての民主党政権で検討が一時ストップしていること等からも明らかではないかと思います。

 なぜ自民党がこの幼児教育の無償化という政策を積極的に進めようとしたのかという点については、まず自民党の価値観と合致していたという点が挙げられます。自民党における家庭や子どもに関する価値観のあらわれとして、2011年7月に発表された自民党国家戦略本部の報告書「日本再興」を一例として挙げてみます*13。本文書には「家族の絆を大切にする家庭教育と幼児教育の充実」との項目があり、その中では「子どもの健全な発育にとって、乳幼児に対し親の愛情、スキンシップを最大限に注ぐことが大切」、「0歳児については、家庭で育てることを原則とし、家庭保育支援を強化」といったようなバリバリの保守派的な記載があります。

画像2

 これをかいつまむと幼児に対する教育は重要であるが、それ以前の保育はできる限り家庭内で行われるべきという価値観であり、この価値観は幼児教育、つまり幼稚園の無償化とうまく合致していたのですね。

 実現可能性の面では、消費税増税によって財源の目処が立ったというのが大きいと思われます。これまでの検討の過程で対象の範囲や必要となる予算の試算は行われてきました。現在有償であるものを無償化するという点である種やることは明確ではあるものの、実現性の面での最大のネックは毎年およそ8000億円程度という予算規模でした。しかし、2%の消費税増税によって約5兆円の税収増が得られるようになったことで、この程度の新規の支出も実現可能となりました。

③ 政治の流れ
 最後に「政治の流れ」であり、これは政策形成に携わる者がその政策に受け入れの姿勢を示すかどうかということです。受け入れるかどうかについては国民のムード、利益集団の支持(もしくは反対)、議会における勢力図の変化などが挙げられています。

 国民のムードとしては、先に紹介した意識調査に見られる通り子育て当事者世代の金銭的負担感は強かったことから、その軽減策は待ち望まれていたのは事実。ただし、保育園の利用者・利用希望者からすると待機児童という目の前の問題が十分に解消されない状態での無償化の実現には反対の意見も多く見られました*14。また、幼児教育段階のみが極端にお金がかかるというわけではなく、もっと上の年代の子どもを持つ親からするとたとえば中学高校、大学の方がよほどお金がかかるという批判も見られました*15。

 利益集団の支持という点について、全国の約8000の私立幼稚園が加盟する任意団体である「全日本私立幼稚園連合会」(全日私幼連)はこの無償化を実現させるにあたって重要なアクターでした。幼児教育の無償化についての記載は会報誌である「私幼時報」(Web上で読めます)で公開されているもっとも古い2007年4月時点でも見られ、「今後、無償化の流れの中で、私立幼稚園教育をしっかりと位置づけるために必要な政策の提案と実現に向けた行動を書く委員会活動を通じて展開していく」とあります。

 特に、無償化の実現にあたって大きな推進力となったと思われるのが2013年に行われた大々的な署名活動。会報誌でも数度にわたり署名への協力を求めるなど全国的な運動が行われ、結果的に432万人もの署名を集めて安倍首相に直接手渡しすることに成功しています*16。

画像3

 なお、この署名を実施した年度における無償化関連の事業支出は1億円以上。事業費支出全体で年間2.8億円規模の団体においてこの予算規模を費やしたということは、いかにこの政策を強く推し進めようとしていたかが分かります*17(ちなみに、関係性は不明ですが当時の会長だった香川敬氏は使途不明金の問題で損害賠償訴訟を起こされてたりする*18)。

画像4

 そして、無事に無償化が実現したときには、勝利宣言のような記事も掲載されてたりします。

画像5

 また、安倍首相を筆頭に自民党(特に清和政策研究会)は上述の全日幼保連と極めて近い関係にあり、この観点からも安倍政権の安定がこの政策を推進させたとも考えられます。会報誌には会議のたびに多くの自民党議員が招かれていることについて克明に記載されています。その面々は安倍氏をはじめ森喜朗氏、河村建夫氏、柴山昌彦氏、松野博一氏、林芳正氏、下村博文氏、馳浩氏といった歴代の文部科学大臣経験者、自民党幼児教育議員連盟会長である中曽根弘文氏らが全国大会などの会合には参列してたりします。以下はその一例*19。以下の右下にいるのは使途不明金問題で損害賠償訴訟を起こされている香川敬氏。

画像6

 最後に、自民党が安倍首相のもと、安定政権を築いていたという点もこの政策を後押しした要因として挙げられるかと思われます。2012年の衆院選で政権を取り戻した自民党は2013年の参院選でも連立を組む公明党と合わせて過半数を上回る議席を獲得し、これまでの「衆院では与党が過半数を取っているが、参院では野党が過半数を占めている」といういわゆる”ねじれ現象”を解消することに成功しました。その結果、上記のとおり安倍首相を始めとした自民党に思い入れの強い政策を通しやすい状況にありました。

④ これらの合流の結果の「無償化」
 キングダンの「政策の窓」理論に沿って、無償化が実現した背景について検証してきた。これまで挙げてきた3つの流れ、そしてそれぞれの流れに基づく具体的な事象について整理したのが以下の図です。

画像7

 このモデルが想定するように、政策は何かしらひとつの事象のみで大きく動くというわけではありません。背景には様々な要因があって、これらが複雑に絡み合うことで実現するか否かが決まっています。たとえば、少子高齢化や子育て世代の金銭面での不安というのは今になって始まったことではなく、自民党の価値観も大きく変わってはいません。そして、それに沿った幼稚園を無償化するというアイディアも2005年の段階ですでに存在していました。しかし、これらはその時点ではそれぞれただの点でしかありませんでした。

 数ある政策の選択肢の中において、この2018年のタイミングで無償化が実現したというのは、これまでに挙げてきたような諸条件がうまい具合にクリアされたためです。上記の諸条件をざっくり時系列に並べてみたのがこちら。

画像8

 影響の大きかったのは業界団体による432万筆!という圧倒的に大規模な署名活動の影響ではないかと思いますが、決定的であったのは予算に目処が立ったという点でしょう。これまでの議論の中で一番のネックとなっていたのは毎年度8000億円程度という予算規模でしたが、この財源の問題が消費税の増税による税収の増分を社会保障に使うということが「新たしい経済政策パッケージ」に位置づけられたことにより見通しが立つことになりました。かくして、「政策の窓」が開いたというわけです

まとめ - 「無償化」が成立した背景

全日私幼連の思惑
 これまで幼保無償化の成立の経緯と、その要因についての考察をしてきました。ここで確認しておくべき重要な事実は、この無償化という政策はあくまで業界団体のロビイングが背景としてあってその思いに賛同する与党が先導する形で実現されたもので、「子育て世帯への所得再分配の改善をしよう!」だったりとか、「所得制限は子育て世帯の分断を生むから一律に無償化しよう!」などという話から始まったものではない、ということです(結果的にもたらされたかどうかはさておき)。

 成立を大きく後押しした全日私幼連の署名活動において、無償化の効果として挙げられていたのは以下の4点。

画像9

 この背後にあると思われるのは私立幼稚園の生き残りというゴリゴリの野心。はっきりと書かれてはいないのですが、会報誌をざっと眺めることで感じられたのは「幼稚園ニーズ低下への危機感」と「保育園との不公平感」。少子化や共働きの増加によってそもそもの幼稚園ニーズの減少から存続の危機にあるにもかかわらず、保護者負担のコストは保育園よりも幼稚園の方が高いことから対等な競争になっていない。したがって、それを何とか是正する必要があるという問題意識です。

 そして、無償化になることによって既存の利用者は「負担の大幅な軽減」の恩恵に預かれるようになり、それによって経済不安がなくなることから「少子化」が解消。さらには保育園と比較して金銭的負担が対等になることによって利用者が増えて収益が安定して「人材確保や雇用の安定」、「幼稚園教育の質の更なる向上」が実現するだろうという思惑があったようです。

保育の無償化がついでだったと思われる理由
 ご存知のとおり、最終的には保育園もその範囲に含まれることになりましたが、これまでの経緯を踏まえると保育の無償化は言ってしまえば「幼児教育無償化のついででしかなかった」というのが実際のところかと思います。幼児教育だけを無償化すると保育園利用者の反発が強いであろうから(そりゃそうだ)、保育も含めて無償化にしてしまえば文句はなかろう、ということです。

 これは無償化の対象が保育園利用者の全てではなくて3-5歳に限定していることとしっかり符合します。無償化が発表されたときに「なんで0-2歳は無視されるのか」という議論もありましたが、私立幼稚園を含めた幼児教育無償化ありきでそのついでということであれば合点がいきます(加えて言うと、自民党保守派的マインドによれば3歳までは「家庭で」保育することをプッシュしているので、なおのことネガティブでしょう*20)。

 また、同時期の保育園に関する議論の中で「利用料を無償化しよう」というキーワードはわたしが調べた限り見つかりません。これは当時の状況からしてもうなずける話であって、先述のとおり希望しても入園することのできない待機児童が今なお多く存在すること、かつすでに親の収入を基準とした応能負担の料金体系(所得が高い人には高めの料金、低い人には低めの料金)になっていることから、そのような話題が出てくるとは考えにくいでしょう*21。

今後、「無償化」はどうなるか?

 このような経緯を踏まえたときに、今後、この幼保の無償化はどうなるのでしょうか。他の子育て支援制度と同様に、遅かれ早かれ所得制限が導入されるようなことになるのでしょうか。この点については、わたしの考えは冒頭に書いたとおり、「ないんじゃないか」とわたしは思ってます。それはこれまで繰り返し書いてきたとおり、幼児教育の無償化は自民党の支持団体である全日幼保連の悲願とも言えるもので、それを取り下げるというのは困難だろうということからです

 たとえば所得制限を導入するということになれば、無償化の恩恵を受けられるようになるのは低所得者に限定されるということになります。その結果として中高所得の世帯がそれ以前の金額体系になるとすると、私立幼稚園を選択するということは保育園よりも割高になることから、元々の課題意識である保育園との価格格差の問題が復活してしまうことになってしまいます。したがって、どういうアクロバティックな理屈付けをするかは分からないですが、所得制限なしの幼児教育の無償化が取り下げられるということはないのではないかというのがわたしの考えです。

 ただし、所得制限なしの幼保の無償化を維持するからといって自民党が子育て世代にやさしいなんてことではありません。むしろ、この無償化によって拡大した子育て関係予算を全体の中で帳尻を合わすために、他の部分を削るということは十分考えられることです。目下起きている高額所得者への児童手当の給付廃止などは、まさにこの表れなのかもしれません。

 最後に、この場合に当事者である子育て世代としてはどうあるべきかについて考えてみます。結局のところ、政治家のアタマの中はいかにして選挙に勝つかということであり、個々の政策でどの程度集票できるのかという算段が常に働いています。幼児教育無償化に前向きになったことは価値観の面もありますが、432万人という署名も大きく影響していることでしょう。この視点からすると、リアルでもSNSでも当事者世代が「これ以上ふざけた改悪をしたら次の選挙でタダじゃおかねえぞ」というスタンスを貫き通すことは非常に重要ではないかと思います。よく言われるように、我が国では単純な数でも高齢者の方が多い上に投票率も低いので、そのままにしておけば高齢者優遇になってしまうのは自然の摂理。全体のパイが大きく増える見込みがない中での世代間の奪い合いに抗っていくためには実態以上に声を上げていくことが不可欠です。

 一方で、現行の政策を維持することだけでなく割り当てられたパイの中でどの政策が目的に対して費用対効果に優れているのかという点を模索することは同時に大切なことではないかとわたしは考えます。冒頭に挙げた中室氏が主張されていたのは、まさにこの点でした。この部分は誤解を招きやすいところですが、配られたパイの中での配分を変える話をすることは、既存のパイ配分を完全肯定するということとイコールではありません。他の世代を含めたパイ配分の議論と、子育て世代におけるパイ配分の議論はそれぞれあって然るべきでしょう。

 その一例としては、中室氏が資料で挙げられていた幼保無償化による世帯年収での再配分の差異についての是非。横浜市の実績では幼保の無償化によって世帯年収1130万円以上の世帯の恩恵は52万円、360万円の世帯の恩恵は15万円だったとのことです。このような再配分を行うことが、たとえば「少子化」という問題を解消するために最善の手であるのかという点です。最近の議論で見られる中高所得者世帯の「所得税ですでに多く支払っているじゃないか」「1000万でも全然裕福なわけではない」という話はもちろん分かりますが、その一方では極めて貧しい生活を余儀なくされているような人たちもいます。一律無償ではなく年収2000万以下にして浮いた分を低所得者支援に回すとか、どの世帯に負担をお願いしてどの世帯に補助を手厚くするかという点については現行の仕組み以外にも数限りない選択肢があるはずで、どういった形がより望ましいのかという議論と検証は行われ、必要があれば軌道修正していくことを否定してはならないのでないでしょうか*22。

*1:新しい経済政策パッケージについて. 首相官邸. 2017/12/08.

*2:勝部 雅史. 幼児教育・保育無償化に関する研究. 東洋大学人間科学総合研究所紀要, 2020, 第22号, p.169 - 186

*3:初等中等教育局幼児教育課. “政府・政党における幼児教育の無償化に関する提言等”. 文部科学省.

*4:毎日新聞. “高等教育に8000億円 2兆円配分の大枠”. 2017/11/09.

*5:勝部 雅史. 幼児教育・保育無償化に関する研究. 東洋大学人間科学総合研究所紀要, 2020, 第22号, p.169 - 186

*6:民主党・自由民主党・公明党 社会保障・税一体改革(社会保障部分)に関する実務者間会合.“社会保障・税一体改革に関する確認書(社会保障部分)”.首相官邸. 2012/06/15.

衆議院. “第180回国会衆法第25号 附帯決議”.衆議院.

*7:自由民主党 公明党. “自由民主党・公明党連立政権合意”. 自民党. 2012/12/25.

*8: 文部科学省 初等中等教育局. “平成25年行政事業レビューシート 幼稚園就園奨励補助”.文部科学省.

*9:内閣官房.“幼児教育無償化に関する関係閣僚・与党実務者連絡会議 構成員名簿”. 2017/07.

*10:首相官邸. “平成29年9月25日 安倍内閣総理大臣記者会見”. 2017/09/25.

*11:以下の著書を参考にしました。

岩崎 正洋.政策過程の理論分析. 三和書籍,2012, 249p

*12:平成26年度「結婚・家族形成に関する意識調査」報告書(全体版)

*13: 日本再興|自民党の中長期政策体系 6分科会(教育)

*14:無償化はあくまで利用できている人に恩恵があるので、利用しない/できない人には何の意味もありません。

*15:この点については、そもそもこの政策導入の根拠として挙げられていた内閣府の調査は「20-39歳」が対象で高校や大学への進学を考慮する以前の年代であり、そこまで見通すことができない意見を元に政策決定してしまったというお粗末さがあります。それは後述するように、無知なのではなく意図的だったのかもですが。

*16:ようちえん通信 2013年9月号 Vol.1 

*17:私幼時報2014年7月

*18:幼稚園連合会が前会長提訴 使途不明金問題で

*19:私幼時報2019年2月

*20: (再掲)日本再興|自民党の中長期政策体系 6分科会(教育)

*21:利用を希望していても利用できない人がいるにもかかわらず無償化をするというのは利用している人と利用できていない人の格差をさらに広げることになり火種になることは確実です。さらに、無償化にしてしまえばさらに需要が増えることになるので、目下の待機児童問題の解消はさらに遠くなることになってしまいます。

*22:他所から予算を持ってこい、たとえば高齢者優遇を辞めろというのは簡単ではありますが、当然にそこにも何らかの道理があり受益者があるのであって革命でも起こさない限りそれをごっそり持ってくるということは非現実的。当事者ならまだしも、政治家や有識者までがこの手の議論を放棄して現状の盲目的維持を主張するというのはやや誠実さに欠けるように感じます。

People illustrations by Storyset

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?