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子どもがいたから仕事を辞めて、子どもがいたから仕事をはじめることができた

31歳独身女性として生きていると、定期的に「結婚しないの? 子ども欲しいなら早くした方がいいよ」と言われます。

結婚も子どもを持つことも、自分にとってするといいことのような気はするけれど。

人を産むとか、育てるとか、コントロールが難しそうな要素を計画的にがんばるのは、なんだか大変そうとも思ってしまう。

今あるもの(おもしろいなと思う仕事とか、気ままに過ごす休暇とか)を、どこかで中断したり、減速したりするのだろうなというのも、強くいやだとは思わないけれど、そうかぁと思うところもあるし。

でも、「女性はタイムリミットがあるからね」
という言葉をまったくスルーできるほど、強い意志を持って、今の生き方を選んでいるわけでもない。

どう考るといいのかなぁと思っていたところに、ひょんな出会いがありました。

*******

住んでいるマンションから50歩くらい歩いたところに、ずっと気になっているお店がありました。

一見、普通の一軒家なのだけど、門の横の表札あたりに、
コーヒー 300円 トーストセット 600円
と手書きで書かれたボードがかけてあるのです。

コーヒーを飲みに入ろうかと思いつつ、看板以外はあまりに普通の一軒家の外観なことに、なんだか緊張して入れずにいました。

それが、先週の日曜日、2年越しに、その門をくぐったのです。

カフェには行きたいけど、駅前まで行くのがどうしても面倒に思えて、マンションから50歩のその店に行ったという、なんてことない理由で。

門をくぐって前庭をとおり抜け、家のドアを開けると、エプロンをした70歳ぐらいの女性が、カウンターから出てきました。

「ご注文はなにになさいますか?」

静かでゆっくりした口調でオーダーを聞かれて、コーヒーとトーストを頼んでみました。

お店のなかは、子供のころ行ったおばあちゃんの家みたいで、土足でいるのに少し罪悪感。

カウンターには手作りのクッキーが並べられています。


お菓子づくりが好きで、趣味ではじめた店なのかな。

「このへんにお住まいですか?」

運ばれきたトーストを食べていると、さっきの女性に話しかけられました。

「そうなんです。もう本当にすぐそこで。ずっと気になっていたんですけど」

「あぁ、●●さんのところのマンションね。ここって入りにくいのかしら。
みんなのぞいてはいくんだけど、なかなか中まで来ないのよねぇ。
マンションの何階に住んでいるの?」

最初の印象より、おしゃべり好きな人のようです。

「いえいえ、入りにくいなんてことはないですよ。ただ家から近すぎて……
いつ頃からこのお店をされているんですか?」

実際「入りにくかった」のだけど、なぜか嘘をついてしまいました。


「7年ね。私がおばあちゃんだから、もっと長いと思ったでしょう」

「いやいや、そんなことは。7年ですか。どんなきっかけで、はじめられたんですか? お菓子づくりがお好きで……とか?」

実際「もっと長いと思っていた」けれど、そこもなぜか嘘をついてしまいました。

「いえいえ、お菓子はその7年前に練習したのよ」

「へぇ、そしたら、どんなきっかけで……」

「売るるぞって言われたのよ、子どもに。このお店に置いてある置物とかランプとか」

そう言われて見ると、お店のなかは、置物だらけでした。
棚やテーブルはもちろん、木の梁のうえにも、
フクロウの置物やら、布でできたぬいぐるみやら、ランプが置かれていて。
天井からもモビールがつる下がっているし、よく見ると砂糖入れやカップも一つひとつデザインが違います。

「私、こういうものが好きでね、すぐ集めたくなっちゃって。
でも、家のなかに飾るわけでもなく、箱に入れっぱなしにしてたのよ。
それを見た息子が、活用しないならどこかに売るぞぉって。
それがやだから、箱から出して披露できるお店を開いたっていうわけ」

コレクションを売られないようにするために、お店をはじめる。
予想外な理由でした。

息子さんの言葉に、「売られるわけにはいかない」と一念発起して、自宅の1階を改装して、このお店を開いたらしく。

お菓子は、改装中に練習して、工事をする職人さんに試食してもらいながら、腕を上げたのだとか。

60歳前後で、そんな新しいことをはじめたなんて。
しかも、買いだめた置物を売られないために!

想像していなかったお店の成り立ちの話は、こう締めくくられました。

「子どもが産まれるときにね、仕事を辞めたのよ。
随分迷ったんだけど。で、それから子育てに専念して。
それがこんな形で、あの子のおかげでまた仕事を持つなんてね。
あんなこと言って、お店を開かせるなんて、おもしろい子に育ったものよね。

振り返ると、子どもがいたから仕事を辞めて、
子どもがいたから仕事をはじめることができたのよねぇ。」

*******

子どもがいたから仕事を辞めて、
子どもがいたから仕事をはじめることができた。

しかも、思いがけないかたちで。


なんだかいいな、と思いました。

うまくなにが好きだったのか言語化できなくて、会社の人に話をしたら、こんな言葉がかえってぎした。

「それは、その女性が目の前に現れた子どもとか、今の自分が好きだと思えるものに、全力で向き合って、そこから予想していなかった人生になっているからじゃない?」

縁があって産まれた子に、力を注ごうと思って、仕事を辞めるという選択をして。
その子を何十年と育てて。

大好きな置物を集めて。
それを手放したくないからって、育てた子に背中を押されて、また仕事をはじめる。



たしかに、計画的じゃないけれど、そこにいつも自分があるかんじがしたから、魅力を感じたのかもしれません。

いろいろ人に問われる歳になり、人生どうなるのかなとふと思うことはあるけれど、今目の前にある(いる)好きなものや人を大事にしておけば、大丈夫かなぁと思ったのでした。


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