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主題歌からキャラクターを哲学的に論じてみた 『Fate/stay night[Heavens’ Feel]』より間桐桜


 プロフィールにあるとおり、私は美学・芸術学を専攻している大学三年生です。前期に「キャラクター論」を受講し、以下の文を最終レポートとして提出しました。自分自身かなり渾身の出来だったのですが、評価は「C」(単位がもらえる最低評価)で、どうしても納得がいかないのでnoteに投げてみます。

 なお、HFⅢ公開前、『春はゆく』発売後に書いたレポートとなりますので、かなり本編と解釈が異なっております。歌詞だけで感じ取って、私なりに描いたHFの物語、ということを念頭に置いてお読み下さい。

 ※『Fate/stay night』シリーズ全般、特にufotable作・映画[Heavens’ Feel]の内容を多分に含みます。未視聴の方はご注意下さい


 以下よりレポート本文ママです。

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 『Fate/stay night』は2004年1月30日にTYPE-MOONから発売された伝奇活劇ビジュアルノベルであり、成人向けコンピューターゲームである。[Heavens’ Feel](以下[HF])は本編第三ルートにあたる。[HF]は、2017年より順次公開中の全3章で構成される連作劇場アニメ作品である。製作をアニプレックス、アニメーション制作をufotableが担当する。『Fate/stay night』は、日本の地方都市である冬木市において、万能の願望器・聖杯を巡って七人のマスターがそれぞれサーヴァントを従えて殺し合い、最後に残った一人が聖杯を起動できる、という物語である。本編全ルートにおける主人公は衛宮士郎である。セイバーのマスターである彼は、十年前の聖杯戦争の戦火により家族を亡くし、マスターであり戦火の元凶であった衛宮切嗣に引き取られた。養父の最期の呟きである「正義の味方になりたかった」という言葉と、十年前の大災害で唯一生き残ってしまった自分は人の為に生きねばならないという強迫観念に似た義務感から、その遺志を継ぐが、その方向性は自身の体験から、「他人を救う」ことは「命を救う」ことである、という思考に偏っている。その理想を象徴した台詞は、「誰も死なせない、俺は正義の味方になる」。
 [HF]は、士郎と桜の関係性に焦点を当てた物語である。間桐桜は、本編第三ルートである[HF]のヒロインである。そして、本編第二ルート[Unlimited Bread Works]におけるヒロインでマスターの一人・遠坂凛の実妹。桜は四、五歳の頃に落ちぶれた魔術師の家系である間桐家に養子に出され魔術の後継者となるも、蟲の大群に体を嬲らせ、間桐家の魔術師へ改造する修練と言う名の虐待とともに、義兄からのレイプも受けていた。根底に優秀な実姉に対する劣等感と穢れた魔術師である自身を嫌悪している部分があり、魔術の修行の影響や虐待のせいで、幼少期や士郎の側にいないときは暗く、笑わず、教室では疎遠、敬遠されている。また、彼女は冬木市において頻繁に発生していた傷害事件や殺人事件の犯人であった。他者に対する依存心が強く、自身を暗闇から救い上げてくれる「誰か」を強く望んでいた深層心理が魔術を暴走させた結果であった。誰かに助けられたい桜と、誰かを助けたい士郎。桜に焦点が当てられる[HF]では、『Fate/stay night』内で士郎が一貫して持っていた「万人の正義の味方になる」という理想を、桜の存在がねじ曲げていく。士郎は桜と大勢の人の命を秤にかける。事件は「間桐家の魔術師になるため」に受けた修練により得た力が起こしているのであり、桜本人が望んで人を殺しているわけではない。だが、元凶である桜ただひとりを殺せば、これから桜に殺されるかもしれない大勢の人を助けられる。つまり、士郎は自身の理想である「万人の正義の味方」になれる。しかし、士郎は「桜ひとりのための正義の味方になる」と、一緒に罪を背負いながら生きていくことを決意する。桜は自分を選んでくれた士郎に対し嬉しく思うも、自分のせいで、自分の大好きな人に理想を捨てさせることにやりきれない感情をももち涙する。自分が存在しなければ、士郎の理想はかなったのに、と自分を責め、追い詰めていく。そして、だけれども「何においても士郎が欲しい」、という自身の根底にある欲望に忠実になった”悪”の面を前面に出した桜、通称「黒桜」が表へと出てきていまい、さらなる殺戮行為に及ぶ。

 [HF]は連作劇場作品として、『Ⅰ. Presage flower(以下「一章」)』、『Ⅱ. Lost butterfly(以下「二章」)』、『Ⅲ. Spring song(以下「三章」)』にそれぞれ主題歌がある。三作品ともに、歌唱はAimer、作詞・作曲・編曲は、劇伴も作成する梶浦由記が全て一貫して担当している。梶浦由記は「桜の気持ちで詞を書いた、聴く人たちに共感を求めていない」と語っている。 三曲の主題歌の歌詞から、間桐桜について、そして桜が士郎に向ける感情について読み解いていく。
 一章の主題歌は『花の唄』である。ゆったりとした、水がまとわりついてくるような、バラード調の曲に仕上がっている。〈私を傷つけるものを/貴方は許さないでくれた/それだけでいいの〉、〈私が摘んだ光をみんな束ねて/貴方の上に全部/よろこびのように/撒き散らしてあげたいだけ〉の二フレーズが一章における桜を象徴している。前者は〈それだけでいいの〉と言っているように士郎に何も望まない姿が描かれ、後者では士郎に奉仕したいという、桜が士郎に一方的な気持ちを抱き、滅私の精神、つまり自分を肯定できずにいる姿が浮き彫りにされている。
 二章の主題歌『I beg you』は、一章とはまるで変わり、ビートを細かく刻むダークなダンスナンバーとなっている。梶浦由記が「湿度の高いうたになりました」 と語ったように、二章本編最後に描かれる、「黒桜」、つまり桜が魔術的な存在になってしまうまでの心情を描いている。先述したように、一章で〈それだけでいいの〉と何も望まない少女だった桜が、黒桜になったことで歌詞冒頭で〈あわれみをください〉、〈汚れててもいいからと/泥だらけの手を取って〉と、”悪”の自分をさらけ出し、そしてそれを肯定して欲しいという、十六歳とは思えないほど精神的には幼い側面を描く。しかし桜は〈愛を請う仕草で黙り込んで/つつましいつもりでいた〉と、自身の幼く歪な感情に気づいていない。ラストCパートでは〈ねえどうか側にいて〉、〈どうかずっと側にいて〉、〈ただずっと側にいて〉とたたみかけ、そしてその間に〈離さないで〉という言葉が四回も出てくる。桜の、自分で手を伸ばすことはできない、だけど側にいてほしい、自分を受け入れてほしい、士郎がわたしの側にいてくれたらそれでいい、といった、究極的に重たい一方的な愛を吐露している。
 三章の主題歌『春はゆく』は、一章に似たバラード調でありながら、湿度を感じさせない、音としてはすこしだけメジャー寄りの楽曲である。〈よろこびもくるしみもひとしく/二人の手のひらで溶けて行く/微笑みも贖いも/あなたの側で〉と、士郎が桜の望み通り、手を取り合って桜の悪を共に背負っている。〈私を許さないでいてくれる/壊れたい、生まれたい/あなたの側で/笑うよ〉、これは盛り上がる中間部の歌詞だが、一章『花の唄』で〈私を傷つけるものを/貴方は許さないでくれた/それだけでいいの〉のアンサー部分となっている。つまり、『花の唄』で桜を傷つけていたのは、桜自身だったのだ。その”悪”の部分を許さないでいてくれる士郎の側で、一度すべて自分を壊してまっさらにして、あたらしく生まれたい、綺麗で穢れていない自分に生まれ変わりたいという悲痛なかなわぬ夢を語っている。しかしだからといって安易に自死や心中を選ぶでもなく、〈笑うよ〉と桜は言う。〈あなたの側にいる/あなたを愛してる/あなたとここにいる/あなたの側に/その日々は/夢のように…〉ラストのCパートでやっと桜は士郎と共にいることを自分から自発的に選ぶ。今までは「士郎が手を伸ばしてくれたなら」、という前提条件があったが、桜は良い意味で自分の欲望に忠実になり、それをかなえようと努力する。しかし曲のラストは〈その日々は/夢のように…〉と意味深な歌詞で締めくくられている。この詞とそのメロディラインは、一章『花の唄』の冒頭、〈その日々は夢のように〉と全く同じである。これは桜が士郎と過ごしたあたたかい時間、間桐家での地獄のような日常、「黒桜」の面が出ていた殺戮の日々を示唆し、そしてこれら全てを「夢」と考えてしまう桜の弱くマイナス思考な面と、すべて「夢」であってほしいという願望が入り交じったものと考えられる。
 主題歌の歌詞から読み取れるように、桜は章ごとに異なった側面を出してくる、複合的なキャラクターである。養子に出されたこと、虐待を受け続けたこと、大好きな人の理想を自分が断ち切ってしまうこと、自身の存在の意味について考える姿など、ひとりのキャラクターというよりも、複数のキャラクターが融合したかのような、何にも代えがたく、しかしそれ故に惹きつけられるキャラクター性を持っているのが「間桐桜」という少女である。このキャラクターは、『Fate/stay night』という作品の中でしか存在し得なかったであろう。聖杯戦争というそもそもが歪な魔術儀式に巻き込まれてゆく少年少女たちが、いかに日常と平穏を大切にしたがり、しかしそれがかなわぬ夢と知ったときに、何を考え、行動し、そして心はどのように動くのか、動かされてしまうのか。「間桐桜」は我々の心の中にいるであろうものをかき集めて押し固めたような、いかにも普遍的な少女でもあると考える。



後記

 公開初日から四週連続で劇場で鑑賞し、涙を流している夏休みです。。。 また改めて、HFⅢの内容から歌詞を考察した記事を書きます!

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