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「ホーキング博士が語った宇宙」を語る


4年前の夏、史上初めてブラックホールが撮影され世界が驚いたが、理論物理学者のホーキング博士はこれを知ることなくそれより前に世を去った。世界的ベストセラーになった「ホーキング、宇宙を語る」では、ブラックホールやビッグバン理論を一般向けに紹介しているが、博士の学問的業績が、筋萎縮性側索硬化症による大きな肉体的ハンディキャップを負ったうえでのことを踏まえると、宇宙の謎とその解明は一層ドラマチックに思える。

そこで、その著から非常に面白い一節を紹介してみたい。むろん、門外漢の私にはその理論を精密に追うことなどできないが、しかしホーキング博士の記述はきわめて明確で読みやすく、理解できた限りで少しばかりみてみよう。そのテーマはズバリ「宇宙は膨張しているのかどうか」だ。

1929年、アメリカの天文学者ハッブルの発見は、ある銀河の後退速度とその銀河までの距離とは一次比例であるというものだった。これは宇宙全体は均等に膨張していることの証拠とされた。それまで、宇宙は膨張も収縮もせず、一定であるとされてきた。かのアインシュタインですら、その相対性理論に宇宙定数Λラムダをもちこみ、宇宙には重力を相殺する万有斥力せきりょくがあるとし、宇宙は一定だと考えた(アインシュタインはのち、この宇宙定数 Λ を "人生最大の失敗" として撤回している)。

しかし、ハッブルの発見にさかのぼること7年、1922年にロシアの科学者アレクサンダー・フリードマンは宇宙は一定ではなく、変化しているとのモデルをつくっていたというのである。

フリードマンのモデルの仮定は2つ。まず、宇宙はどの方向を見ても同じに見えるという「等方性」。もうひとつは、宇宙はどこから見ても同じに見えるという「一様性」。この2つは「宇宙原理」と呼ばれ、いまでも宇宙物理学の基本的な仮説となっている。そしてフリードマンはこの2つの仮定から、宇宙のすべての銀河は互いに離れ離れに動いており、そのスピードは互いの距離に比例するとした。つまり、離れれば離れるほど、そのスピードはますます加速していく。となると、宇宙は膨張し続けることになるが、そこでフリードマンは3つのモデルをつくった。

モデル1. 宇宙はゆっくりと膨張するが、2つの銀河同士のあいだに重力が働き、いずれ元に戻る(図1)。

モデル2. 宇宙は重力以上のスピードで膨張するが、いずれ重力の影響を受け、ゆくりしたスピードになる(図2)。


モデル3. 宇宙は収縮しないほどのスピードで永遠に膨張し続け、二度と収縮しない(図3)。

これらのモデルのどれが正しいのか。ホーキング博士によれば、これには宇宙の膨張率と現在の平均密度を知る必要があるという。平均密度とは、ある領域をとったとき、そこにある質量を容積で割った値。宇宙が膨張するのか、あるいは収縮するのかの境目は臨界点と呼ばれ、この臨界点より平均密度が小さければ重力よりも膨張力のほうが大きくなり、宇宙は膨張し続けることになる。この逆に、臨界点より平均密度が大きければ、宇宙は収縮に向かう。そしてこの臨界点は、宇宙の膨張率が決まれば、計算して導き出せるというのだ(私の頭はそろそろ臨界点を迎えます笑)。

では、現在の宇宙の膨張率はどのように決まるのか。それはドップラ―効果を使って、銀河が私たちからどのくらいのスピードで離れていくかを計算することによって求められる。しかし、そのスピードは直接的に計れないため、銀河同士の距離を正確に計算することができない。ホーキング博士によれば、今のところ宇宙の膨張率は、10億年単位でみれば5-10%だという。しかし、すべての銀河のすべての星の質量を合計すれば、宇宙の膨張を止める力は少なく見積もっても1/100未満になるという。さらに宇宙には dark matter という直接観察されない存在があり(ブラックホールもそのひとつとされている)、また銀河は均等に分布しておらず、多数の銀河が密集して銀河集団をつくっていることもあり、これらのことを踏まえると、宇宙の膨張を止める力の、それでもせいぜい1/10にしかならないという(私の頭はすでに臨界点を越え、収縮し始めています笑)。

最後に、ホーキング博士はこう結論する。「おそらく、宇宙は永遠に膨張し続けるだろう」

それでも博士は、もし仮に膨張の臨界点を迎え、収縮するとしても何も心配するな、という。というのも、現在知られている宇宙の年齢は100億歳から200億歳の間であり、これまで100億年かけて膨張してきた宇宙は、収縮するにもそれと同じ100億年はかかるからだ。そしてそのときまでに、太陽系を征服しどこかに移住でもしない限り、わたしたちは太陽とともにとっくに絶滅してしまっているだろう、というのである。

こうした想像を絶するマクロの「系」からみれば、いかに私たちミクロは小さな存在であるかを思い知るが、でもそれだからこそかえって、その神秘さを実感する。少なくとも私の頭は完全に収縮しました!


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