見出し画像

ナイフとフォークで食べるのは難しい

慣れていないと難しいことは、この世に無数にある。職人さんがひょいっとやっていることを、素人がやってみたらうまく行かない、なんてテレビでよく見る話だ。今回はそんな極端なことではなく、食事のお作法のことである。

とあるステーキとハンバーグが売りの、家族連れにも人気なチェーン店に行ったときの話だ。席につくと同時に置かれた問答無用で置かれた人数分のナイフとフォーク。これを使って食べろという無言の店の主張を感じる。

いやまぁ、ステーキにおいては必需品であるが。

さて、自分はいつもの通りハンバーグプレートを頼むことにした。安い、美味い、サラダバー付きの三拍子が揃ったこのメニューに、セットドリンクバーをつければ最強の布陣の完成である。

注文を完了し、感染対策に手袋をきっちりはめて(あの中々開かない使い捨て手袋、口の方を金属で触れると、開きやすくなるというライフハックをここに紹介しておく。鍵で擦りつつ開くのがオススメだ)意気揚々とサラダバーに向かう。するとそこには……。

お箸あるじゃん

ナイフとフォークをこれみよがしに席に置いておきながら? 日本人おなじみのO☆HA☆SHIを置いているだとォ?(n回目)

ナイフとフォークもお箸と一緒に陳列しといてくれよ。選択的道具別制を主張します。

閑話休題。

とりあえずサラダバーを一通り巡回し、お箸もゲットして、ほくほく状態で席に戻ると、いよいよ最初の岐路に立たされる。運ばれてきたハンバーグプレートを箸で食べるか、それともナイフとフォークで食べるか、という分岐点である。

いわばマルチエンディングにおける最初の選択。最短のエンドに辿り着くか、トゥルーエンドに辿り着くかが決まる。

店の主張を大人しく受け入れるのが、多くの場合における正解。しかし、己の中の和を愛する心がそれを許しはしなかった。

お箸inハンバーグ。家で出されたときのように、ハンバーグを箸で割るという所業。肉汁の溢れる様子はテレビの大画面で映したいほどの見事さ。最短エンドが自分にとってトゥルーエンドであった。

うっきうきで食べすすめていたところ、はた、と気がついた。気がついてしまった。

やっぱりマルチエンディングなら、全てのエンドを回収しないと勿体無い。

ここで収集癖を発揮してナイフとフォークに手を伸ばした。

あらかじめ言っておくが、自分はナイフとフォークを優雅に操って、毎回の食事を楽しむようなセレブな育ちではない。縁があってディナークルーズに二度乗船し、コース料理なるものを、味もわからず飲み込んだだけの人間である。

だが趣味として、マナーや作法の本を読み漁っていたおかげで知識はある。もちろんテーブルマナーだって履修済みだ。頭の中の知識を総動員すれば、チェーン店すら高級レストランの空気に一変させるぐらいわけないだろう。

内なるセレブを呼び覚まし、ハンバーグを切って口に運ぶ。我ながら上手くできた。じゅわっと口に広がる旨さとソースの味の濃さを受け止めるにはライスを食べねばならない。フォークでライスを食べようとして──しくった。

ここで皆さんに聞きたいのだが、フォークでライスを食べるとき表(スプーンと同じ形に湾曲した方だ。言うまでもないかもしれないが)と裏のどちらを使うだろうか。自分はとりあえず表でいってしまった。結果は撃沈である。

すくおうとする米粒が溢れるわ、先端が口の中に刺さりそうな気配がするわでろくなことがない。くっっっそ食べにくい。この時点で己のエンド回収癖を恨んだ。日本人らしくお箸で食べていれば幸せに食事を終われたであろう。所詮書物の知識のみではセレブな振る舞いは無理であった。悲しいかな。

とはいえここでお箸に逃げるのは恥。フォークの裏で再挑戦してみる。すると、なんとかなった。

優雅とは程遠いものの、まぁ見られる程度の所作で食べられる。(いくら昔の愛読書がテーブルマナー本とはいえ、ライスの綺麗な食べ方など覚えていない。正しいかは知らんがマシだよね、レベルである。有識者の方はこそっと、こそっとお願いしますッ!!)

まぁそんなこんなでぱくぱく食べていくと、美味しく完食できた。あとはのんびりサラバーとデザートを楽しみつつ、ルクリリ(ケニア産の紅茶。なぜか他の食べ放題等のドリンクバーで見たことがないが、すっきりしてて好き。フレーバーティーが苦手な人におすすめ)を1杯。至福のひとときである。ルクリリほんとに茶葉でほしい。どこに売っているんだろう。

会計を済ませて店を出る頃には、心も胃も満たされた状態。外気に晒されつつ、自分はひとつのことを考えていた。

結論。ナイフとフォークで食べるのは難しい。

〈了〉

この記事が参加している募集

この経験に学べ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?