28. 平昌オリンピック最終予選の話(後編)

前編はこちらから。

いよいよ開幕した、平昌五輪予選。初戦は、NHL選手を10名近く擁するドイツとの対戦でした。「ジャイアントキリングを起こそう」と臨んだ試合でしたが、終わってみれば0対5で敗戦。完敗でした。日本代表は試合を通してシュート数は13本に終わったのに対して、ドイツは51本のシュートを日本に放ちました。日本代表は終始攻められっぱなしで、誰が見ても「圧倒的にドイツの方が上」という内容でした。

正直、ここまで自分が何もできないとは思っていませんでした。準備もしてきたし、コンディションはよかったはずです。でも、そもそもの実力・レベルが完全に違いました。いざ世界の壁を目の当たりにすると、ここまで自分は非力なのかと痛感させられました。
それでも、まだ五輪への出場権を失ったわけではありません。次の日にはラトビアとの試合がありました。気持ちを切り替え、その戦いに臨みました。


次の日に行われたラトビア戦は、日本代表は健闘したものの、1-3で敗れました。この2連敗の時点で、日本代表の五輪出場の可能性が途絶えました。この試合では、私はゴールチャンスを2回外しました。1回目はキーパーとの1対1の場面です。大きくキーパーをかわして放ったシュートは、ゴールネットに向かって飛んでいき「入った!」とその瞬間思いましたが、最後にキーパーの手が伸びてきてセーブされました。その時の写真です。

2回目のチャンスは、ゴール裏から素晴らしいパスをもらい、ゴール前でシュートを打ったものの、ポストにはじかれゴールとはなりませんでした。この2回のチャンスをもし決めていたら、ゴールネットを揺らすことができていたら、試合展開は大きく変わっていたでしょう。もしかしたらラトビアに勝っていたかもしれない。そしたらまだ五輪出場の可能性が残っていたかもしれません。自分がゴールを決めていれば・・。自分がチームを勝利に導けなかった責任を強く感じました。この試合は今までのホッケー人生の中で一番忘れられない試合となりました。今でもたまにこの時のことを思い出すと、悔しさがこみ上げてきます。


ラトビア戦のあと、1日休養日を挟んでから行われた、最終試合対オーストリア戦。この時点で両チームとも五輪にいけないことは決定していましたが、日本代表にとって大切な試合であることに変わりはありません。「最後に勝利を持ち帰ろう」とチーム全員が全力で戦いましたが、終わってみれば0-3で敗退。結局、日本代表は3試合全敗で五輪予選を終えました。

ちなみに、五輪予選を通過したのはドイツでした。アイスホッケーに関心のある方ならまだ記憶に残っているかと思いますが、平昌五輪で決勝戦に進出し銀メダル獲得という、最も話題を呼んだドイツ代表はこの予選を勝ち上がったチームでした。

当時、大会を終えた後に書いた文章を見つけたのでそのままここに載せたいと思います。長いので、大変だったら飛ばしてくださいね。

今回の五輪予選ですが、私は本当に心から勝ちたかったです。五輪に出ることは小さいころからの一番の目標ですし、長野五輪に参加した父親からも、ずっと五輪の素晴らしさを聞いていました。1998年に行われた長野五輪ですが、父親はチーム登録最後のメンバーとしてぎりぎりで代表入りを果たしました、不思議な縁ですが、その20年後となる2018年の平昌五輪の予選に、私も最終メンバーとして追加召集されました。父が出場した長野五輪から20年後の大会に、自分が代表メンバーとして出場できるかもしれないと思うと胸が高鳴りました。
しかし、結果は3戦全敗。日本代表が3試合で決めたゴールは1得点だけでした。惜しい試合をしたからといっても、負けは負けです。私は、敗戦から手に入れられるものはないと思っています。勝者だけが、栄光や成功を手にすることができます。勝負の世界で必要なのは、結果です。完全に私は実力不足でした。ずっと日本代表が言われている得点力の課題を、自分が何とかしてやると思っていました。実際にゴールチャンスは何度もありましたが、決めることはできませんでした。日本から応援していただいていた方々に、このような不甲斐ない結果で終わってしまい、本当に申し訳ないです。
正直、このままじゃ日本はずっと勝てないと感じました。これから五輪や世界選手権を目指すうえで、今回戦ったレベルのチームに勝つことは必然となってきます。そのチーム相手にずっと守って点が取れない状況が続けば、今回と同じような結果で終わってしまうと思います。2022年北京五輪出場に向け、日本全体がしっかりと、どのようなホッケーを目指すのかを、考え直さなければと感じました。今回の過ちを二度と繰り返さないよう、北京五輪に向けて、より成長しなければなりません。本気でチームを変えたいです。世界の強豪国には私と同年代、もしくは年下で、チームのエースとして勝利をもたらしている選手たちがいます。そのような存在にならなければと、強く思いました。もっともっと個の力を磨いて、日本代表を必ず五輪へ連れていきたいです。

今、見返してみると当時の心境を思い出します。
五輪という夢の舞台に人生で最も近づいた瞬間。それでもゴールまでの距離は、手が届くどころか、まだまだ果てしなく彼方にあるということを痛感したこの大会。果たして自分はこの時から成長できているのでしょうか。少しでもゴールに近づいているのでしょうか。2年前の自分が今の姿を見たらなんて言うのだろう、と少し考えてみました。

当時に比べて、自分がプレイする環境・レベルは上がっていると思います。自分の中の一つの目標でもあった、NCAAという舞台にも進むことができました。それでも、やっぱりまだまだ理想の選手像には遠いし、成長スピードがこのままではいけません。また、五輪予選の時と同じような経験はしたくない。

いくら嘆こうが、今までの結果や積み重ねは変わらないし、今後の自分を決めるのは他の誰でもない自分自身です。現状、なかなか実績が残せず苦しい時間が続いていますが、どうにか自分の力でこの現状を打破しなければいけません。それが「個」の力にもつながると思います。そのような経験を積んでいくことで、きっと今まで以上に成長できると思うし、こういった力こそ、自分やこれからの日本代表に必要になってくるものだと思っています。

ここ最近は、再び5セット目に戻り、毎回セットが張り出されるたびに悔しい気持ちになってしまいますが、これを招いたのは自分自身。誰かに頼めるものでもないし、自分の力でポジションは掴み取らないといけません。他の選手がそうしてるように。

「ここから出たいなら ここで戦えよ」

今は、そう自分に言い聞かせてこれからも挑戦を続けたいと思います。
そして必ず、日本代表を五輪に導くことのできるようなプレイヤーになります。

今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。

三浦優希



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