見出し画像

9.ちょうど一年前、親友のペトルが教えてくれたこと

今まで私が過ごしてきた中で最も悲しみを味わい、また、最も深く「人生」について考えさせられた瞬間があります。

2017年10月のある日。私はいつもと変わらない日常を過ごしていました。隙間時間ができたときに何気なくfacebookを開いた私の目に、あるニュースが流れ込んできました。それは、チェコ・クラドノ時代を共に過ごしたチームメイトの一人であるPetr (ペトル)についての記事でした。彼は、クラドノを卒業後にドイツのアイスホッケーリーグにてプレイしていたので、「何か活躍したのかな」と思いその記事を読んだ時、私は大きな衝撃を受けました。

そこには、”ペトルが試合中に大怪我をし、手術を受けた”といった内容が書かれていました。チェコ語の記事を完璧に読み解けるほど私の語学力は高くはなかったため、当時の他のチームメイトに急いで連絡をして確認をしたところ、「もう一度ペトルが歩くことができたら、それは奇跡だ」という返事がありました。彼に詳しく話を聴くと、Petrは試合中に相手の危険なチェックを受け、頭からフェンスに突っ込み、その結果脊髄を損傷するという大怪我をしたとのことでした。

その後、急いで病院に行き緊急手術が行われたそうです。オペは無事に成功しましたが、意識を取り戻したとき、上半身はかすかに動かせるものの、すでにペトルは自分の足の感覚を失い、何も感じることはできなかったそうです。

もっとも仲の良いチームメイトの一人だったペトル。私より一歳年上で、初めてチェコに来た時からとても優しく接してくれて、チェコ語が全く分からなかった自分を何度も何度も助けてくれました。リンクにある軽食屋さんの息子だった彼はいつもサービスをしてくれて、練習後にホットドッグをもらって二人で一緒に食べるなんてことも多くありました。そのほかにも地元のおいしいごはん屋さんに連れて行ってくれたり、家に招待してくれたり、くだらないチェコ語を教えてくれたり、二人で一緒に居残り練習をしたり、日本からのお土産である漢字Tシャツを上げたらとても気に入ってそれを大切に着てくれたり、本当に人望とユーモアがあふれる素晴らしい人柄でした。また、アイスホッケーもとても上手で彼から学ぶものはたくさんありました。パスセンスやシュートスキルはトップクラスで、チームの中心人物であった彼は本当にみんなから愛されていました。


*左から二番目の「豪傑」というシャツを着ているのがPetr(ペトル)

そんな彼が二度とアイスホッケーができない体になってしまった。自分で歩くことは難しく、この先ずっと車椅子生活になる。このことを知った時、本当に驚き、悲しみました。「歩けない?あんなに元気だったペトルが?どうして?」と最初は信じられませんでした。自分が聞いたことが全く受け入れらない。こういった感覚になるのは初めてで、大袈裟でもなんでもなく「これは夢なんじゃないか」と思いましたが、残酷なことに、それは現実に起きていることでした。

「当たり前は当たり前じゃない。」といった言葉を皆さんも聞いたことがあると思います。私が思うに、この言葉は人々の間で”なんとなく”の感覚で使われがちな気がします。「当たり前じゃない、とはいってもそのありがたさを実際に感じることは難しい。」以前の私はこう思っていました。正直ベタなフレーズだと感じていました。しかし、いざこのようなことが自分の周りで起きると、この言葉の意味を強く思い知ることになります。

ある日のたった一瞬の出来事を境に、突然自力では歩けなくなる。それも大好きなアイスホッケーが原因で。食べる、走る、書く、起きる、といった、今まで当然のようにやってきた事ができなくなるというのは、どれだけ辛いのでしょうか。きっと、私なんかが想像できるような範疇ではないと思います。私自身、足首や腰を怪我したときに「不便さ」「大変さ」を感じてはいましたが、それとはまるで比べ物にならないほどの出来事が親友の身に起こりました。「絶望」という言葉では表現できないほどのショックが彼にのしかかったと思います。

それでも、彼は決してあきらめませんでした。

「もう一生自分の足で歩けないかもしれない。」そう医者から言われても、彼は前を向き懸命にリハビリを始めました。自由には動かせない自分の手を使ってどうにか車いすを動かすその姿に、私は心から励まされました。

さらにもう一つ、彼が始めたことがあります。それは「好きなものを食べよう!チャレンジ」です。自分が好きなものを食べて、その食べ物の名前を口にする。そしてそのビデオをfacebookでシェアする際に、3人次のチャレンジャーを指名するというものでした。

元々は、このようなSNSでのチャレンジ系の類はあまりよくないと思っていました。しかし、補助機を使いながらも、震える手で何とか必死に食べ物を口に運ぶ彼の姿を見たとき、「今、彼のために自分ができることは何だろう」と深く考えさせられました。そして、そのチャレンジに自分も参加させていただきました。私のビデオを見て、少しでも彼が元気を出して前に進む手助けになればと思い実行しました。

それと同時に、普段「何か食べたいな」と思ったときに食べれること。「どこか行きたいな」と思ったときに行けること。「ホッケーがしたい」と思ったときにそれが出来ること。普段の生活で全く意識せずに物事を行うことができることが、どれだけ有難いことなのかを彼は教えてくれました。

そして今、ちょうどその日から約一年が経過しました。彼は今も元気にリハビリを続けています。今回この話を投稿しようと思ったのには、ある理由があります。私は、別に「お涙頂戴」のストーリーを伝えたいわけではありません。誰にでも起こりうるこのような悲劇。ましてや、アイスホッケーをしている私にとって、いつ自分の身に同じことが起こってもおかしくありません。親友の身に起きたこの出来事は、私の人生観・アイスホッケー観に大きな影響を与えてくれました。「今、自分が目標に向かって挑戦を続けられること」や「毎日を”いつも通り”に過ごせること」への感謝を常に持つことの自戒の念も込めて今回この話を書かせていただきました。

多くの場面で私のことを救ってくれたペトル。今度は私が彼を励ます番です。今、遠く離れた地におり直接会うことはなかなかできませんが、だからこそ、ここアメリカで何としても結果を残し少しでも彼に良いニュースを届けたいと思っています。また必ず会いに行くよ!


ペトルが教えてくれたことを、私は絶対に忘れません。


最後に、彼のインスタグラムページをこちらで紹介させていただきます。ぜひ、彼の勇姿を見てください。
今回も最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。

三浦優希


Krepo, Od toho dne je to skoro jeden rok. Nevím, kolikrát jsi mi pomohla a povzbudila mě. Jsi největší bojovník kterého znám a jsi muj motivator! Jsem vsude s tebou, Mam te moc rad a Bojuj Bracho! Určitě znovu někdy přijdu ti podívat!

Yuki






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?