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小話「父の日」

父の日なのでお話を書こうと思いまして。
時期的には2年目の6月、枕坂市での騒動が終わった直後かなと思います。
ただ時期を計算すると、明らかに紫苑と正也の喧嘩に巻き込まれるので、時期としては日和さんが恋愛幼稚園児になってる期間かなぁ。(広い)


***
ざああ、と雨が降っている。
雨で体が冷えると眠たくなるのであまり好きじゃない。
更に言えば火を扱う自分にとって効果は半減してしまう。
いくら術士の力が自然環境のものに馴染まないとしても、そういうものは影響してしまう。
嗚呼、憂鬱だ。
それでも、近付く日には気合を入れて準備をしないと……――。

「ねえ日和、今日は用事ある?」
「波音……用事はありませんよ。どうしました?」
「ほら、もうすぐ父の日でしょ?お父様になにかプレゼントしたくて。買い物に付き合ってくれない?」

親友に声をかけると、キョトンとした顔をしていた。
単なる買い物の誘いなのにどうしたのだろうか。
すぐに二つ返事がくると思っていたのに。

「買い物は勿論大丈夫ですが……波音、父の日って……なんですか?」
「……」
「……」

しまった、と言うべきなのか、忘れていた、と言うべきなのか。
そういえはこの娘、父親は亡くしているし祖父と住んでいたという事実はあるが、クリスマスすらまともに行事として知らないのである。
母の日なんて以ての外だ。
案外口に出したのが父の日で良かったとすら思う。

「……実はね、日和。5月の第2日曜日は母の日、6月の第3日曜日は父の日なの。いつもありがとうって言ってお祝いするのが世間的なのよ」
「そうなんですか!?それは……知りませんでした……」

案の定、日和は目を丸くして分かりやすいように驚いている。
折角だからこれを気に親孝行させてしまえばいい。
日和大好きのおじ様ならきっと日和から何かを貰っただけで十分幸せに浸れるだろう。

「……折角だから日和、おじ様に何かプレゼントしたら?」
「佐艮さんに……ですか?うーん……何をプレゼントしましょう……」
「あのおじ様だから何をあげてもきっと喜ぶわよ。それこそ料理とかでも良いじゃない」
「お料理……」

日和は思い悩むように唇を撫でてうーん、と呻く。
しばらくすると「あの、波音……」と視線が私を向いた。

「何よ」
「折角のお買い物ですし、何かプレゼントしたいです」
「買い物の誘いに乗るってことね。じゃあ早速行くわよ」
「あと……お母さんにも、贈りたいです」

日和は置野家に馴染もうと、おじ様を「お父さん」、ハル様を「お母さん」と呼ぼうと努力している。
それは知っているけど……日和の呼ぶ「お母さん」は今が一番上手く馴染んでいた気がする。
それだけ日和が置野家に馴染んできたのか、それとも日和がそれほど二人を両親だと強く思おうとしてきた成果なのか。
ただ一つ残念なことと言えば、問題の日和は未だ置野家に帰れず師隼の屋敷で療養させられていることか。
竜牙を看取った儀式が発端であれ、長すぎる。
否、枕坂の件もあったのだ。
仕方ないと言えば仕方ない事案でもある。

日和と共に学校を出て店へ向かっていると、日和は空を見て口を開いた。

「うーん……お父さんとお母さんに贈るもの……何にしましょう。でも置野家に戻るタイミングも分かりませんし……」
「別におじ様とハル様に届けるくらいなら私が引き受けるわよ。あんたを迎えに行く時に篠崎(ここ)を守ってくれたのはおじ様達だもの。お礼を言わなきゃ」
「そうなんですね……多大なるご迷惑をおかけしてしまいました……」
「ホント迷惑だわ。でも一番はあんたじゃなくって比宝って連中よ!全く、いい加減にして欲しいわよね。術士の恥だわ」

あまり強く言うと新たに婚約者として連れてきてしまった招明にまで文句が降り掛かってしまうので、これ以上は口を慎まなければ。
それでもあの騒動は自分としてもすごく腹が立ったし、何よりこの親友が一番の被害を受けた。
腸が煮えくり返るのも当然だと思って欲しい。

「でも、落ち着いて良かったです。こうしてまた波音と学校へ通えることも、良かったです」
「ぐっ……ええ、そうね。まともな環境に戻って良かったわね……」

日和の毒気を抜くような言葉には何も言い返せなかった。
この子はいつもそうだ。
どれだけ苛立っても、腹が立っても、この子の笑顔と言葉でその気すら失ってしまう。
何も浮かぶ言葉など無い。
いつか日和にも感謝の言葉を伝えなきゃな。

「波音は清依さんに何を贈る予定ですか?」
「私?そうねぇ……ちょっと貯金叩くけど、天然石でも買おうかしら」
「占い師ですもんね。やっぱそういうものも使われるんですか?」
「ううん、お父様は主に観賞用にしてるわね。見た石からパワーを貰って占いをするそうよ」
「そうなんですね。……土の術士の家系だからでしょうか……」

ぼそっと日和が何かを呟いた。
これはきっと段々興味が深く、煩くなるやつだ。
日和は興味ができると研究者ばりの疑問をキノコのように生やしては捲し立てるように聞いてくる。
本能が逃げなきゃ、と湧いた。

「ひっ、日和は!?お父様とハル様に贈るもの、決まった?」
「えっ、私ですか……?うーん、雑貨屋だとお二人に合わない気がするので……」
「じやあ日和、ちょっと珍しいところに行きましょうよ」
「珍しいところ……ですか?」

向かった先は、商店街の最も大きなアーケード通りの一本裏手。
ただこの通りは私達がよく世話になるケーキ屋、<パティスリー・リトルアリス>とは真逆にある。
向かい側は雑貨屋もあって私達が世話になるような若者向けと言えば良いのだろうが、こちら側は寧ろ私達が術士として世話になる呉服店や百貨店がある。
全体的に老舗やブランド物を扱うような、マダム御用達と言っても良いほど大人びた店並びだ。

「ここなんだけど」
「わ……」

案内したのは小さな商業ビル。
私の祖母がたまに遊びに行っている店だ。
1階は様々な場所から集めたであろう、店を埋め尽くすほどの便箋と封筒、そして万年筆をかき集めた店。
2階はパワーストーンを中心にブレスレットやイヤリングなどのアクセサリ類を取り揃えた店。
3階は茶碗や湯呑など、土でできた食器を扱う店だ。
ちなみに全て個人営業だ。

「私は2階の世話になるけど、日和はどうする?」
「な、悩んでしまいますね……1階から見てみます…!」

日和とはここで別れ、それぞれプレゼント用の品を探すことになった。
日和は一体何を選び、贈るのだろう。
それはそれで気になりつつも、私は私の用事を済ませる。
いつか私もこの道具たちを使って占いをするのだろうか。
いや、もしかしたら家に来ることになった招明が占いを引き継ぐのだろうか?
それはきっとまだ先の未来。
今はまだ、何も考えないようにしよう。
そう思った。

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