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「死ぬこと以外かすり傷」

私は生まれてこの方、コンタクトをしたことがない。

特別トラウマがあったわけではないが、幼い頃から目に何かを入れるのが怖かったからだ。


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小学校の頃、プールの授業中、『水の中で目を開ける』という行為がまったくできなかった。

年に一度のペースでやっていたであろう、水の底に沈んだ重りのようなボールを集める『宝探しゲーム』は、潜らずに足でプールの底をまさぐり、足の甲に乗せ、掬い上げて参加していたほどだ。

わざわざボールをプールに散りばめる先生にすら、小さな怒りを覚えていた。


そんな私が水の中で目を開けられるようになったきっかけは、『アイボン』だ。

カッと見開くと周りに「怖い」といわれるほどに大きな目を持つ私は、日常的に埃やらなんやらが目に入りやすい。

そんな私に、ある日親が「痛くないから」と買ってきたのがアイボンだった。思いきって洗浄液の中で目を開けた時の感動は、今でもよく覚えている。確か21歳の時だ。もっと早く知りたかったとすら思った。


目薬をさせるようになったのは、23〜24歳の頃。PCに向き合い続ける仕事を始めたばかりで、白目の色がやたら黄ばんで「疲れてます!私!」感が出るのがとても嫌だった。

そんな私を救ってくれたのが、『スマイルホワイティエ』だ。目に自ら異物を入れるのには少し抵抗があったが、アイボンの爽快さをすでに知っていたので勢いで購入し、「痛くない」と小声で自分におまじないを唱えたらサクッといけた。

さすと、黄ばんだ白目が1分後くらいには元に戻るので何十本とリピートしたが、途中でその即効性が急に怖くなって買うのをやめたのはここだけの話である。

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大人になってからアイボン、目薬と、『目に何かを入れる経験値』を得た私だが、それでも、どうしてもコンタクトだけには手が出せなかった。


「指で目をめがけて何かを入れるなんて、考えるだけでゾッとする」


これが一番の理由だ。自分の指で目を触る、ましてや中心部を触るようにいれるコンタクトなんて考えただけで血の気が引く。

この恐怖心を煽る原因の1つに、今の交際相手や父親が一時期ハードコンタクトをつけていたことも影響しているだろう。

どちらも時折「いてっ!」といいながら、外出中ならお手洗いに、自宅にいる時は洗面所に即座に駆け込む。

「治ったー」と帰ってきた時には、両者とも高確率で目が充血していた。

その痛みを知らない私は、『コンタクト=時折目が充血するほどの死闘を繰り広げなければならないもの』だと認識せざるを得ない。


しかし、29歳の春。私は真剣にコンタクトを検討することになった。

テレビゲームやPC、スマホなどをいじる時間が多い私は、自慢の視力2.0からは程遠い存在になり、メガネがなければ1m未満の距離すらはっきりと見えない。

こうなると、メガネをかける頻度も度数も上がる。メガネをかけると目が小さくなり、顔の印象がだいぶと変わる。

心なしか、周りの人が話しかけづらいような、意地悪な顔に見えるではないか。

「フレームの形のせいか?」と、黒の『ウェリントン』から茶色い『ラウンド』(いわゆる丸眼鏡)に変えて軽減はされたが、それでも印象が違う。

目の印象に悩みまくった私は、職場のトイレや自宅などの鏡を見るたび、こう思うようになった。


「メガネかけてる自分、チョーやなんですけどー」、と。


埃が入りやすくたって、黄ばみやすくたって、私は私の目を好きでいたいのだ!!!

自分で自分のことをなるべく否定したくなんてない!!!!!

そんな強い想いを胸に、私は休日、コンタクトを処方している近所の眼科を調べ、外の世界へと飛び出した。


いざ!コンタクトデビューへ!!

勢いで自宅を飛び出した後も、コンタクトへの恐怖心は拭えなかった。

揺れる想いとは裏腹に、着実に眼科へと向かう足。

そんな私の脳裏によぎったのが、「死ぬこと以外かすり傷」という言葉だった。

誰がどこでいった言葉かは分からないし、仕事じゃないので調べないが、とても素晴らしい名言だ。


死ぬこと以外かすり傷…死ぬこと以外かすり傷…。


心の中でそう唱えながら歩く。……ん?でも待てよ………。



かすり傷って、地味に痛くない???



痛みにはめっぽう弱い私。急に頭をぶつけたり、料理中にヤケドをしたりした時も、痛みに耐えきれずグスグスと泣くくらいには痛いのが嫌いだ。(※29歳)

かすり傷は小さな傷だとしても、その後患部に水をかけるとしみるし、身体を洗う時も地味に苦しむ。

「かすり傷よりもっと軽い傷がいい!」と、眼科へ向かいながら、自分の過去の『軽傷』を掘り起こす。

足の指を家具の角にぶつける?…いや、まだ痛い。スネをテーブルにぶつけては?…いや、これも青アザが残って、誰かに押されたら死ぬ。


そして、私は1つの答えに辿り着いた。



「死ぬこと以外ファニーボーン」



気が付くと、目の前に眼科があった。

勇気を出して受付。そして伝説へ…

その眼科は、3階建ての建物の1階にあった。

新型コロナウイルス感染症の影響で、大きく開け放たれた銀の扉。幸いなことに、混んではいないようだ。

「すみませ〜ん」と、か細い声で受付のお姉さんに話しかける。その時の会話がこれだ。

私「あの…初診なんですけど…」
お姉さん「初診ですね。かしこまりました。ちなみにどのような症状ですか?」
私「あっ、コンタクトを作りたくて…」
お姉さん「かしこまりました。今までコンタクトを作ったことはありますか?」
私「いえ、初めてなんですよね〜ハハハ……」
お姉さん「初めてですね…大変申し訳ございません。当院は現在、初めてコンタクトを作る方の来院をお断りしております」



……お断り…だと………???



受付のお姉さんいわく、「コンタクトの装着を教える際、接触になってしまう可能性があるから」とのことだった。

決死の思いで訪れた眼科に断られ、私は、歩きながら無理くり上げたテンションが急降下した。



…その後、眼科の近所をプラプラと散策し、近くにあったパン屋でカレーパンとメロンパンを買って帰った。

外はサクサク中はふんわりなメロンパンを頬張りながら、購入できなかったコンタクトに想いを馳せる。

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きっともう、怖くない。だって私は学んだのだから。


「死ぬこと以外ファニーボーン」だと!!!!

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