手作りの想い出_完成版

【短編小説】手作りの想い出【noハン会】

この作品は「noterによるハンドメイド展示交流会」における<ハンドメイド>をお題とした文芸企画のために書いた作品です。
※本編の内容は、小冊子の内容から誤字を修正しております。大きな変更はありません。

文字数は2000文字以下です。
短い作品なのでぜひ読んでみてください!


あらすじ
富良野のラベンダー畑を北海道旅行で訪れた家族。手作りの品が並ぶログハウスで、娘のお土産を選ぼうとしていると、今まさにイラストを作成している女性に出会う……





ここから本編です。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

画像1

 ログハウスに入ると、ラベンダーの香りが僕らを出迎えた。

「自分への北海道土産、ここで選んでみる?」

 妻が尋ねるが、娘はきょろきょろとあたりを見回しながらうーんと唸るだけだった。

 店内には所狭しと雑貨が並んでいる。

 香水、化粧品、石けん、ろうそく……どれも綺麗にラッピングされているがシンプルなデザインだ。どうやらこの花畑で育てたラベンダーを加工した手作りのお土産らしい。

 奥へ進むと、この辺りの風景が描かれたポストカードが並んでいる。

 顔を上げると、僕の数歩先で妻と娘が立ち止まり、何かを覗き込んでいる。

 見ると、一人の女性がここの花畑の絵を描いている。まさに今、ポストカードを制作しているようだ。

「へぇ……何も見ないでも描けるんですね」

 僕が話し掛けると、絵描きの女性は顔を上げることなく「ええ」と返事をした。

「ここで生まれ育って、ここで暮らしているので。体が覚えてるんです」

 しばらく僕らは、徐々に絵が完成されていく様に見惚れていた。女性は紫色で花畑を塗り終えると、今度は空を青色で塗った。

 次に使う色を選ぶためか、ずらりと並んだ色鉛筆にまるで超能力でも使うように手をかざす。が、そこではっと顔を上げ、娘の顔をまじまじと見つめた。

「ねえ。山の色と雲の色、見てきてくれない?」

 女性はにこっと笑ってそう言った。

 娘は小さく頷いた。

「たっぷり十秒間、息を吸いながら色を観察するんだよ」

 女性がそう言うと、娘は早足で外へと向かった。

 僕も妻も呆気に取られて立ち尽くしていた。

 山の色と雲の色? 先程自分で、体が覚えているから見なくても描ける、と言っていたじゃないか。そもそもここで暮らしていなくても、山といえば緑、雲といえば白、そう考えるのが普通じゃないだろうか。

 妻が心配そうに出入り口に目をやる。僕も振り返ってそちらを見ると、外の眩しい光の中から満面の笑みが現れた。

「どうだった?」

 駆け寄ってきた娘に女性は優しく尋ねた。

「山は青! 雲はね、ピンクだった!」

「え?」

 思わず声が漏れる。

「山は青、雲はピンクか。ありがとう。助かったよ」

 女性はすぐさまピンクの色鉛筆を手に取って色を塗り始めた。

 娘はテーブルに手をついてそれを覗き込んだ。

 僕と妻は自然と出入り口へと向かっていた。

 外へ出た時、目の前に広がった光景に僕らは息を呑んだ。

 一面のラベンダーが風に体を揺らしながらも整列している。それは先程夢中になって堪能した光景。視線をもっと遠くへ向ける。

 紫色の丘が途切れた先は、どこまでもどこまでも田園風景が続く。果ての果てには雄大な山々が連なっており、この世界をどっしりと抱きかかえていた。

 山は、たしかに青かった。

 はるか遠いからなのか、それとも寒い土地の植生のせいなのか。

 更に視線を上げる。視界一杯に空が広がる。澄んだ青色に吸い込まれそうになる。高いところに、風が面白がって入道雲を千切ったようなふわふわした雲がいくつかあった。

 雲は、たしかにピンク色だった。

 日没間近の日差しを浴びて雲はその身を染めていた。青い空の中にピンクの雲が浮かんでいる。これは、遮るものが一切なく空が広いためなのか。

 まるで別の世界に来たようだ。

 妻と目が合うと、何故だか二人同時に笑ってしまった。

 僕らが再び建物の中に戻ると、丁度色を塗り終えたところだった。

「これどうぞ」

 娘は目を輝かせて完成した絵を受け取った。

「おいくらですか……?」

 僕が財布を取り出しながら訪ねると、彼女は手をひらひらとさせた。

「いやぁ、ちゃんとした商品じゃないんで。お代は結構ですよ」

「は、はぁ」

 僕が財布をしまおうとすると、妻が横から身を乗り出してくる。

「ダメです。こんな素晴らしい絵、タダではもらえません。いくらですか?」

「え? えーと、いくらですかね」

「は?」

「じゃあ百円とかで……」

「いやいや安過ぎです!」

 大人があれこれと言い合っている横で、娘がリュックサックをおろし中を探る。そして千円札を取り出して女性に向かって差し出した。

 それは、あらかじめ娘に、これで自分へのお土産を買いなさい、と言って渡してあったものだった。

「きれいな絵に感動しました。北海道旅行のお土産に買いたいです。受け取ってください」

 この子はいつの間にこんな敬語を使えるようになったんだっけ、なんてのんきなことが頭をよぎる。

 女性もぽかんと口を開けている。無意識に差し出されたお金へと手が伸びていく。が、途中で引っ込め、僕の方を窺ってきた。

 僕は妻を窺う。妻はゆっくりと大きく頷いた。

「……受け取ってください」

 僕がそう言うと、女性は照れ臭そうに鼻を掻いたあと、娘に向き直って笑顔を見せた。

「お買い上げありがとうございます。とっても嬉しいです。北海道をほんの少しだけお持ち帰りください」

 娘は愛しそうに手作りの想い出を眺め、夕陽を浴びたように頬を染めた。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

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