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感情移入できる地元のお祭りはやっぱり特別



生まれ育った故郷は埼玉の北部に位置する"行田市"という足袋の生産量日本一を誇る田舎町だ。

そんな地元はここ数年で目に見えて露出が増えている。

今年公開の映画『翔んで埼玉』ではほとんどフィーチャーされなかったものの、同じく映画『のぼうの城』に始まり、最近の『マツコの知らない世界』では市内のお店が紹介され、『埼玉の女子高生ってどう思いますか?』という漫画ではピンポイントで取り上げられている。
http://www.comicbunch.com/manga/thu/saitama/

さらに大正製薬のリポビタンDとコラボし、ラグビー日本代表を描いた田んぼアートが様々なメディアに掲載された。
(ちなみに行田の田んぼアートの規模はギネス記録に認定されている)


そして、何といっても池井戸潤原作のドラマのロケ地として定着しつつあるのが嬉しいところ・・!

行田が舞台の『陸王』を皮切りに『下町ロケット』、現在放送中の『ノーサイド・ゲーム』でも地元でロケが行われた。だから来年の『半沢直樹』の続編にも大いに期待している。笑



そんな地元・行田の良さを今年になってやっと再認識し始めた自分は四半世紀ぶりにお祭りの写真を撮りに帰省することに。

毎年夏になると、城下町であったことから『浮き城まつり』と題したお祭りが市内の中心部で開催される。幼少の頃は祖父母の家がそこに近かったこともあり、ほぼ毎年行っていたが、中学、高校になると行動範囲も広がり、"関東一の祇園"と呼ばれる隣町のお祭りに行くようになってしまい、最後に行ったであろう夏からかなりの年月が経過していた・・
当時、住んでいた場所が市内の外れだったこともあったし、社会人になってからは東京に染まっていったという理由もある。


正直、今ではシャッター商店街となってしまった地元のお祭りがどのくらい盛り上がるのか、という疑問も抱きつつ久しぶりに行ってみたら見事に予想を裏切られた。
なんなんだこの人出は・・・


この群衆のどれほどが地元民でどれほどの人が市外から来たのかはさっぱりわからないが、予想に反して活気と熱気で溢れていた。


いつからここが竹下通りになったのだろう・・・普段こそ閑散としているが、まだまだ捨てたものではなかった。


行田と言えば、十万石の本店である。
十万石まんじゅうはマジでうまい。


行田の伝統文化のひとつ、『だんべ踊り』も大盛況だった。
当時も流れていた大音量の曲が懐かしい。


まちは確実に活きている。
もしかしたらあの頃より活気があるかも?と思うくらいに。


夜の帳が下りると祭りはいよいよ最高潮を迎える。
うだるような暑さの中、湿度と人々の熱気の渦で体感温度は40度に近かったかもしれない。


いぶし銀の纏振り。




この日の夜が1年を通して最も熱気と活気に満ち溢れていることは間違いない。




これは亡き祖父の思い出。
この「旭町」と書かれた山車を見たら、5年前に他界した祖父をふと思い出した。祖父母の家が旭町という場所にあったことから子供の頃に毎年引いていた山車だ。だから今でも特別な感情がある。


当時、祖父はこの山車の綱を引いている子供の自分をよくフィルムで撮ってくれたり、孫が喜ぶだろうと、このお囃子をカセットテープに録音してよく聞かせてくれていた。


こうして年月が経過して自分がその山車を写真に収めること自体がすごく感慨深く、これでもかってくらいに撮った。


この旭町の山車が今でも好きだ。
できることならこれらの写真を祖父に見せてあげたい。
この山車は今もあの頃のままだと。














やがて山車が奏でるお囃子は轟音となって漆黒の夜空に轟いていった。


端から見れば地域の小さなお祭りのひとつに過ぎないが、田舎でもそれなりに盛り上がっている。地元はまだまだ廃れていないと感じた夜だった。

そして、だいぶ間が空いてしまったが、久々に訪れた地元のお祭りはやはり懐かしさのような特別なものがある。
なぜならばそこで過ごした思い出が確かにあるから。

また来年も足を運びたい。




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Yukinori__833

写真撮ってます。 https://twitter.com/833__3/

故郷への再認識

生まれ育った地元である埼玉・行田に関する記事です
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