都会の夜を撮り続ける理由


夜の街を見つめる度に思う。


−なぜそれが好きなのか?


結論から言うと答えようがない。
一度、脳裏に焼き付いてしまったものを取り払うのはつくづく困難だと思う。それも幼少の頃に影響を受けたなら余計に。
偏愛の対象を変えるにはきっともう一度生まれ変わるしかない。
こればかりは本当にどうしようもない。


暗い夜が好きになったのも・・・
夜に浮かぶ街の窓明かりが好きになったのも・・・
山のように集積する人工物が好きになったのも・・・
空を目指す摩天楼が好きになったのも・・・
街の輪郭を形成するスカイラインが好きになったのも・・・
街を俯瞰で眺めるのが好きになったのも・・・
すべては幼少期に観た1本の映画の所為。


今からちょうど30年前の1989年(平成元年)に「BATMAN」という映画が日本で公開された。若かりし頃のティム・バートンが監督を務めた作品である。のちのバートン作品の代名詞ともいえる独特なゴシック感はこの作品でも垣間見ることができる。

画像参照:BATMAN ONLINE

経緯は覚えていないが、当時父親がそれを観るために兄と自分を映画館に連れて行ってくれた。幼稚園の年長、それが生まれて初めての映画館だった。

余談だが、今思えば昔の映画館は今とはだいぶ異なる。
まず席が自由だった。座席は今より勾配が緩く(ほとんどない?)、前の人の頭が邪魔になるケースがあるあるだった。人気の映画だと立ち見という状況もあった。上映時間になると"ブー!"というブザーが鳴った。パンフレットやグッズはガラスのショーケースに並べられていた。
つくづく年とったなぁ・・。




話を戻す。
実際に劇場で観たのはなぜか日本語字幕だったもので6才児にとっては映像を見ながら字幕を読む、ということが非常に困難だったのをよく覚えている。それでも宿敵・ジョーカーを倒すために暗躍するヒーローの姿はカッコよく映った。

が、それ以上に強く印象に残ったのは、映画全体を通しての"背景"だった。つまり、バットマンシリーズの舞台となっている「ゴッサム・シティ」という架空の都市の混沌とした描写である。なぜそれに強く惹かれたのかはわからない。

画像参照:BATMAN ONLINE

映画の至る場面でゴッサム・シティの描写が出てくるが、今観てもなぜだかそれがたまらなく思う。恐らく物心ついた頃に強く刺激を受けた一番最初の事象だったからだと思う。それまでまだ白色に近かった脳内のキャンバスを思いっきりダークな色に塗られた感覚。
ただ、バットマンは今日まで多くシリーズ化されているが、ティム・バートンが描いたゴッサム・シティ以外は刺さらない。。

画像参照:Home designer & Architect

この映画で描写されたゴッサム・シティのように空すら見えないほどの人工物が集積する大都会に憧れ、小学生から中3くらいまで勉強に飽きると教科書やノートの余白に理想のカオスな街を落書きするくらいに影響を受けた。


だから今もなお、最も身近な大都市である東京の夜の姿に揺るぎないロイヤルティを感じ続けていて、暗闇に灯る窓明かりが集積する光景を目の当たりにすると強烈なフェティシズムを感じずにはいられない。フェティシズム・・それすなわち性癖、興奮の対象である。変な話でなく。


アドレナリンの分泌が始まり、身体中の全細胞が喜ぶような状態になり、ずっと夜が続いてほしいと祈りたくなる。


恐らく常に目の前に田んぼがあったような田舎で生まれ育ったという環境も大いに影響していると思う。言ってしまえば幼少期に求め続けていた欲求を大人になって満たそうとしているだけかもしれない。


偏愛の対象を変えるにはもう一度生まれ変わるしかない。
こればかりはどうしようもない。

きっと死ぬまで。





この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

うれしゅうございます。。
53

Yukinori__833

写真撮ってます。 https://twitter.com/833__3/

Tokyoへの想い

私のアイデンティティです
1つ のマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。