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長いひとりごと

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記事一覧

ゆっきーは岩ちゃんを抱きしめたい

昔、小学校の校庭の外れに森があった。 たくさんの高い杉の木のおかげで夏でも避暑!と感じるような小さな森。 シダ類や中低木が茂り、ほのかに湿った神々しい空気を覚えている。 森では、みんなで植物を観察したり、図工に使う落ち葉を拾ったりした。 懐かしい静かな森。 約15年前に小学校は廃校になり、森は切り開かれただの切株だらけの原っぱになった。 低学年の頃、私は誰とでもすぐに仲良くなれた。 席が近いとか、同じ係になったとか、友だちになるには「偶然」の要素だけで十分だった。それはまた

裏返る葉っぱと誰にも盗まれないもの

10月。悲しみは静かに訪れた。ばあちゃんが息を引き取り、97年間の旅路を終えたのだった。 「食欲が落ちていて水分をとるのもままならないんです」 入所していた施設の職員さんから父がそう連絡を受けたのは夏のこと。 これは大変と、病院に入院することになってから3ヶ月。嚥下機能のリハビリも受けたけど、どうしても口から栄養をとることが難しい状態が続いた。 ナースステーションまで自力で「私の部屋はどこ」とたずねに行けるくらい、足腰は丈夫で体力も残されていたこともあり、希望を託して胃ろう

newspaperと過ごす濃密な7日間

【新聞記事のスクラップ】は、数少ない私の趣味のひとつ。 引っ越してきてほどなく契約した地元紙。 おじさんがチラつかせた洗剤セットが魅力的だったことも否定できないけれど、「新聞を契約する」という行為があたかも良き大人になったかのような感覚をもたらしてくれたのもまた事実。 せっかくお金を支払うのだからしっかりと(時にさらりと)社会の動きを目撃したい。 気になった記事をダイソーの茶色いスクラップブックにペタペタ貼るようになった。 それから6年。とぎれとぎれだがスクラップは続いている

君の青い車で海へいこう

小学5年生の頃。2つ上の姉の影響でスピッツを聴くようになった。 カッコいい男子が『青い車、いいよな~』と言ったのを教室で耳にしたらしい。我が姉ながらミーハーの極み的きっかけである。 おかげで私はスピッツの素晴らしい世界を知ることができた。暇さえあればCDデッキの前で曲を聴き、歌詞をノートに書きだす遊びに没頭した。 何度も聴き、何度も書き連ねた。草野マサムネが作り出す、かわいくてとがった世界をなぞる遊び。 当時はアルバム『ハチミツ』のあたり。 ノートはどこかにいってしまったが

10歳になったあなたへ

10年前の今日、長い長い陣痛(微弱陣痛)を経て、吸引分娩で生まれてきた女の子。 予定日よりも1週間遅れて、生まれたてなのにすでにプリプリまるまるした赤ちゃん。 吸引カップに吸い込まれて、頭は玉ねぎみたいにとがっていた。 くたびれ果てていたのか、なかなか産声を上げてくれなくて不安だった。 やがてか弱く「オギャ」と聞こえ、もぞもぞと動く姿に、心底ほっとして涙が出た。 あれから10年。 いつも泣いたり笑ったり、忙しい毎日だったね。 2回の転居・転園も大変だったはず。 弟が生まれて

きみが教室を出たら授業を再開します

大学生の頃の、猿にまつわる思い出。 1年生の冬。 ふるさとを離れたばかりのおっかなびっくりの春を過ぎ、はしゃいだ夏、こなれた秋を過ぎ、学びも遊びも自分次第という自由な生活にすっかり馴染んできた頃だった。 自由ではあったが生活は慎ましやかだった。 アパートは狭い1Kで、東向きのベランダ。昼を過ぎると室内は暗くなる。 4階建て最上階の部屋(エレベーターなし)。大学までは自転車で15分、徒歩だと地味に遠いのがミソで家賃は41000円(大学近隣のお洒落マンションと比べれば格安の物

5歳最後の夜はふける

今日はなんとなく薄い曇り空だった。 本日、この春年長さん(5歳児クラス)に進級したばかりの息子の個人懇談があった。 ・お話を良く聞いて自分で動けています ・仲良しのお友達だけでなく場面ごとに色々なお友達と遊べています ・困ったときや失敗した時もきちんと言葉で教えてくれています ・椅子に座った時の姿勢が片足上がったりして少し崩れがちです ・給食はゆっくり食べていて、量は少なめですね ・お友達から大人気で息子くんの取り合いが発生した時は困ったお顔になって自分が悪いことしちゃった

マウスピースは世界を救うかもしれない

左ストレートをお見舞いされたわけではないのだが。 ポキ、ポキ。かれこれひと月ほど続く、左あごの不調。 8枚切りのトーストでさえ、タイミングと力加減を間違えると凶器になる。 固い食べ物が怖い。 まんじゅう怖い的な話ではない(鶏軟骨の唐揚げとか大好きなのに)。 なんなら、たとえ柔らかくても厚みがあれば怖い。 先週末、昨年オープンしたばかりのクリニックで診てもらうことにした。 待合にいる時から感じていたが、どうやら先生が陽気な感じ。 診察室(個室)を行ったり来たりするたびに「ち

自分にないもの、ありすぎるもの

夫婦というのは年々、似てくるらしい、というのは嘘だったのでしょうか。 夫はきれい好き、私は片付け下手。 事実、結婚3年目頃までの夫婦喧嘩の激烈メインテーマは『なぜ片付けないのかvsなぜそんなに小さいことをぶつぶつ言うのか』であった。 8年目あたりで、雑然と整然についてお互いの折り合い地点を認識しはじめたためか、夫婦喧嘩自体が激減した。 夫は決めたことを継続する人、私は驚異の1.5日坊主。 毎年、今年は毎日腹筋10回する!だの、今年は毎日日記をつける!だの、さして高くもない

運命の人の謎

この町に越してきてからほどなく、私は見つけてしまった。 それはなんと運命の人だ。 その人はいつも歩いてる。雨の日も晴れの日も。 紺色のナップサックに紺色の作業着のおじちゃん。 誰だって暮らしている町で「顔見知り」ができることはあるだろう。 気がついたのは何度目かの遭遇。 すれ違いざま「あ」と思わずつぶやいたのだった。 おじちゃんのどこが気になったのか自分でもさっぱりわからない。 おじちゃんはいつも歩いてる。 目じりを下げ、人のよさそうな笑みを浮かべて。 まるで鼻歌でも歌っ

霧の中で聴きたくなる声

単年契約の仕事、更新するかしないか問題。 私にとってその職場は、いくつもあるかけもち職場の中でも、思い入れのある大切な場所だ。 あたりまえのように毎年更新してきた。 だけど秋口には、グラグラと揺れるものを感じ、冬には【もう更新しない】選択肢を意識していた。 はじめから非常勤のかけもち人生を着々と歩んでいる私。 フリーランス。といえば聞こえはいいが、不安定で保障のない、根無し草。 社会人になって数年の当時、遠距離恋愛中だった彼からプロポーズされ舞い上がった(もちろん高らかに

君がその宝毛をなくしても

息子4歳。ルーティンを大切にする男。 毎朝・毎晩ヨーグルトを召し上がる。 外から帰ったら手を洗いうがいをする。 牛乳をぐびぐび飲み、眠る時は「今夜のおとも(おもちゃ)」を選ぶ。 そしておともを抱きしめて(あるいは窓辺に飾って)眠る。 小さな一重まぶたはぽってりしていて、私の小さい頃の目に似ている。 ここ半年、急に恐竜にはまって「ティラノサウルス」「トリケラトプス」など難解極まりない折り紙をリクエストしてくるようになった。 そうすると、ただでさえへとへとな一日の終わりにyou

眉毛の濃くない加藤諒、探してます

「加藤君、日能研入ったんだ?」 小5の頃、友達の母親に突然言われて驚いた。塾に入ったのを知っていたことに対してではない。日能研だけには絶対入らないと決めていたのに何でそんな話になっているのか驚いたからだ。(日能研は通称NバックというN字の反射板のついたバックで塾通いする決まりがあり、それがダサくてたまらなく嫌だったのだ) よくよく話を聞くと、模試の成績優秀者欄に「加藤諒」というやつがいたからだった。つまり、俺と同姓同名のやつ。ただ、同姓同名というだけではそれが俺だと判断し

乳歯に捧げるレクイエム

先週の金曜日、ついに乳歯を抜いた。 30何年間、せっせと働き続けてきた乳歯。 右上の犬歯。笑うと良く見える場所。 秋口に虫歯になり、年末に内側が半分欠けた。 振り返れば満身創痍の壮絶な最期だった。 重い腰を上げようやく歯科を受診すると、医師は 『率直に言います。抜いた方が良いですよ。今日』 と言った。無慈悲にも。 ”治療すれば、まだ一緒にいられるかもしれない” そんな望みを握りしめていた私の心は簡単に折れそうになった。 『…ドキドキしますね』と濁すと、 『何か不都合が