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肌から私を好きになる

そこは、上の子を産んで以来、足を踏み入れることのなかった聖域。

デパートの一階、化粧品売り場。あのきらびやかな白いビューティゾーン。

右を向いても左を向いても、美しさをピッタリと身にまとった女性たちが優雅ににこやかに立ち働く。

カウンターごしに前のめり気味に座っているお客の女性たちは年齢に関係なく誰もが「美と癒し」を求めている。

高校生の時に友達と一緒に初めて利用してから結婚するまで、私も彼女たちと同様、愛用の化粧品売り場に基礎化粧品やメイク用品を買い求めて途切れがちにも定期的に通った。

あの頃、夏休みや冬休み限定で勤しみ生み出したなけなしのバイト代はCDやプリクラ、そして化粧水やファンデーションに消えた。

まぶしいカウンターできれいなお姉さんにお化粧の相談をする時間は、ほんの少しだけ背伸びできる時間。竹馬を操ってそこに辿り着いている自覚が強かった。

しかし、真っ白な空間に浮かぶ鏡の中の自分の顔はいつもの頼りない自分の顔。(鼻は少し上を向いていて、一重まぶたをまとった瞳は少し離れているのがコンプレックス)

希望と絶望のシーソーに乗っているような時間だった。

いつもおずおずと猫背で入店するのがお決まりだったが、店を後にする時には不思議と背筋が伸びているのだった。

懐かしい、あの竹馬タイム。

それも遠い昔のこと、今ではデパートに出かけるのは子どもたちを連れて、季節の催事で7階あたりにやってくる水族館や動物園をめがけてくらいのもの。

コスメ類は地域のドラッグストアの敏感肌用の基礎化粧品に落ち着いていた。

そんな私がしばらくぶりにそのカウンターにやってきたのには、理由があった。

夫の強い勧めである。

数々の曲がり角を何度も曲がり、だらけた私の肌(毛穴の黒ずみと増えてきたシミそばかす)を見て、もっも美意識を高めてほしい、という危機感にも似た本音を【君も心置きなく癒しタイムを持ってみては…】というオブラートで包み、差し出してくれたのである。

ここで【なによ、私の”年輪”をそんな風に言わないでほしい】と、うがった返答をするのはお門違い、もしくは過剰反応である。

お肌の危機感なら私の方でも強く持っていたので、素直に【ありがとう】と気持ちを受け取った。

夏休み最後の平日、娘と夫が手を引き、私は相も変わらずおずおずと猫背で白い床を右往左往。

ビビりながらも声をかけたのは高校生の頃、胸を弾ませて通ったあのお店である。

自分よりも若い(であろう)お姉さんに、率直なお肌の悩みを吐露。

夫と娘はそのまま駅前の方向にお散歩に出かけてくれた。

お姉さんは私のどの悩みにも耳を傾け、優しくアドバイスをくれた。

その場で丁寧にクレンジングしてくれ、基礎化粧とメイクを施してくれた。

本当に心がスーッとした。肌を通して、自分と向き合ったほんの30分間。

いくつか角質ケアに特化した基礎化粧品と、口紅とグロスを購入。

迎えに来た夫と娘はニコニコしていた。

店を後にする時、私の背筋は少しでも伸びていただろうか。

日々の雑事にくたくたになった肌を労わり磨き、自分のために時間を取ろうと思う。

いつもより、クレンジングに時間をかける、保湿の時間に手のひらの温かさを感じてみる。

肌を整えたい。自分の肌を少しでも好きになりたい。

いくつになっても、ほどほどでいいから自分のことを「いいじゃん」と思いたい。

そうしたら、いつもの上を向いた鼻も、少し離れた目も、ズボラで面倒くさがりの自分も少し好きになれる。かもしれない。

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ゆきのした

7歳と3歳の育児のこと、心に関わるお仕事のこと、時々夫のこと。エッセイ。日記。自分の文体を磨きたい。継続は力なり、を一度でいいから体現してみたい。失敗の多かったあの頃のこと、穴があったら入りたいことだらけの毎日のこと。よかったらのぞいていってください。

長いひとりごと

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