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都会の中で森の空気を吸う


邦楽を自分から聴くことは少なく、SNSをフォローして新譜や活動情報だけでなく日記まで見ているアーティストは数えるほどしかいません。
そのひとりが湯川潮音さん。
初めて知ったのは、フラワーカンパニーズの「深夜高速」のトリビュート盤「生きててよかったの集い」に参加していて、そこで素晴らしいカバーを歌っていたのを聴いたとき。ある意味ではフラカンのオリジナルを聴いたとき以上の衝撃がありました。

ガンズ、オアシス、レディオヘッドといった洋楽カバーも秀逸。
ただ残念なことにライブを見たことがないです。


その湯川潮音さんがfacebookで、東野翠れんさんという写真家の展示を紹介していました。
会場の様子がわかる写真が数点あって、「アクリル版を使った展示がまた、新しい光を生み出していて綺麗だったー」という感想と、「(彼女の)作り出す場所に身を置くと深呼吸をするみたいな感覚になる。森に行く感じと近いのです」という体験について書かれていました。

これは見ないと!

写真はコンテクスト———雑誌の表紙だったり企業のバナーだったり広告だったり———が先にあって、そこでどう輝くかで評価されることが多いです。展示もホワイトキューブが一般的で、壁や部屋に主張がなく写真の声が聞こえやすい。
その代わりに「ここで見た意味があった!」と思いづらい。自分のために語られているような親密さを感じづらい。

それを避けるために、写真展ではなくインスタレーションという意識で展示するアーティストも増えたけれど、写真を見ることも体験なのだという考えはまだ根付いてないように思います。
静的な美しいものがあって、そこには作者の意図やメッセージが込められていて、鑑賞を通して受け取る、という姿勢が一般的。

でも自らコンテクストを作り出すような写真があって、都会にいながら森の中のような空間を、そこで深呼吸をするような感覚を生むとしたら、webや写真集で見るのではなくその場に行って体験するしかありません。

ギャラリーは神田(馬喰町の端っこ、というほうが地理的にわかりやすい)にあって、何度もその前を自転車で通っていて雰囲気のいい店だと思っていたけれど、自分には縁がないと決めつけて素通りしていました。
一階は食品を中心にしたショップで、二階がギャラリースペース。


ここはミナペルホネンが運営しているそうです。
そういうことに疎いから自信がないけれど、北欧のエッセンスを取り入れて品質にこだわったブランドというイメージがあります。ちょっと遊び心もあって、流行を意識しすぎることなく生活にどう馴染んで喜びを与えてくれるかを大切にしているような。

二階に上がるとスタッフの方が説明をしてくださって、湯川潮音さんのアルバムジャケットを撮るなどして本人同士に交流があるそう。
東野翠れんさんはモデルをしていて、子どもの頃から光に魅せられ、今回の作品はコロナ禍とそれ以降に撮ったものが中心とのこと。いまは妹さんと出版社を立ち上げ、その活動もしているらしいです。


コロナ禍では誰もがそうだったように思うけれど、被写体は身近な人と手が届く小さな世界に限られ、それによって何が本当に大切なのかを自問自答することになりました。
とくに人との繋がりから創作のエネルギーやインスピレーションを得ている人たちにとって辛かった。ぼくもそうでした。
だから共有できる前提———コロナ禍の葛藤と苦しみ———があり、そこで見つけた光を写真で見る喜びがあり、再生の物語として響く、美しい作品群でした。

日常の一部としてアートがあり、遠くに出かけたり特別な準備をすることなく身近なものを撮った写真がアートの文脈で評価され、ファッション、音楽、写真が密接な関係をもっていた時期———初期ティルマンス、マーク・ボースウィック、ジャック・ピアソン、ニック・ワプリントン、ヨーガン・テラーあたりまで含めて好きだったら、きっと気にいるはず。

ここでこういった展示をするのは年に数回らしいですが、窓から入ってくる光も真夏日の昼のわりに柔らかくて、空間として心地よかったです。間違った言い方かもしれないけれど、空気清浄機が動いているのが見えないのにすごく澄んだ空気が流れているような感覚。
湯川潮音さんが書いていたように、アクリルが反射することで中から生まれる光もあって、展示された作品の数よりずっと多くの出会いと心の動きがありました。

もともとは益子に本店がある会社が、東京での展示スペースとして古い建物をリノベーションして、そこに居抜きで入ったそう。
ブランドとしてはまだ歴史がないから、時間が感じられるものとの繋がりを大切にしたい、といった考えがあるようです。
企業やブランドがギャラリーをもって、美しい空間にして維持しているのを見ると嬉しくなります。千葉の川村美術館とか大好き。

近くにもう一店舗あるので、よろしかったらぜひ、と丁寧に外まで出て道順を教えてくれました。
ギャラリーが多いエリアだから、そのビルで写真展を見ることはあったけれど、こっちも入るのは初めて。

こちらは、ミナペルホネンのアーカイブと、北欧家具のヴィンテージと、それをリメイクしたもので構成されたショップだそう。
ディスプレイが美しかったので「製品がアート作品みたいに飾られているけれど、ショップというよりギャラリーなのですか?」と訊いたら、スタッフたちが並べているのでそう言っていただけるのは嬉しいです、だって。


財布のなかにお金があって、今日がもっと涼しくてリュックを背負っていたら、何か買いたかったけれど、どちらもなかったのが残念。
ダメもとで訊いてみたら、写真を撮っていいと言ってもらったので二枚だけ。カメラが故障中で代替え機を使っているため、何もできなかった(涙)

時間とお金に余裕があるとき、必ずまた行きます。


おまけ;
地価の安いところを狙ってギャラリーができて、展示作品が放つオーラによって空間が命を持ち、感度が高くておしゃれな人たちが集まるようになり、カフェやアパレルショップが出店して、エリア全体に活気が生まれて・・・という物語が、ある時期には多かったように思います。
パリの北マレや、ロンドンのリバプールストリートは、そんなふうにして再生された街でした。
東京だと清澄白河や馬喰町は、それに似た発展をするかもしれないと期待しています。

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