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#090 グッドスマイルカンパニーさんの「デュアルソーシング」戦略とは

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製造業においては、常に「自社の製品をどこで生産するか」という判断に頭を悩ませることになります。

例えば、
・日本国内で生産するのか、海外で生産するのか
・自社で生産するのか、他社に生産を委託するのか

という基本的な検討だけでも、かなり難しい判断を迫られます。

今回は、この生産拠点の意志決定について、興味深い取り組みをされている事例をご紹介したいと思います。

(本記事は、日本マーケティング学会発行のマーケティングジャーナルの記事を参考にさせて頂いております。記事の最後に参考文献のリンクを付けさせていただきます。)

グッドスマイルカンパニーさんとは

グッスマHP

GOOD SMILE COMPANY
https://www.goodsmile.info/

グッドスマイルカンパニーさんは、2001年に千葉県松戸市にて設立された、玩具やフィギュア、各種グッズの企画・開発・製造・販売を主な事業とされている会社です。
(現在の本社は秋葉原)

親しみをこめて、「グッスマさん」などと呼ばれることも多いようです。

「ねんどろいど」という手のひらサイズのデフォルメされたキャラクターのフィギュアが特に有名で、日本だけでなく、世界中でよく知られています。

ねんどろいどとは
https://www.goodsmile.info/ja/aboutnendoroids

ねんどろいど

以下の調査によると、フィギュアの市場規模は国内出荷金額ベースで300億円強とのこと。

今後も成長しそうな“オタク市場”は? 矢野経済研究所が調査 - ITmedia NEWS
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1911/25/news141.html

グッスマさんの売上高も、2019年9月期の実績で273億円もあるそうです。

グッドスマイルカンパニーさんが抱えていた問題

このように、市場において確実なシェアやブランドイメージを持っているグッスマさんですが、1つ大きな課題を抱えておられました。

それは、
「多品種少量生産に高い品質で対応できる生産体制の構築」
です。

フィギュアは、商品の性格上、例えばアニメ作品の移り変わりにあわせて常に新しい商品を開発・製造し続けなければいけません。必然的に多品種少量生産にならざるを得ません。
また、予約数量(製造業では「フォーキャスト」などと呼んだりします)を読むことも難しく、需要の増減に柔軟に対応できる体制が必要です。

あわせて「高品質な製品であること」も重要です。アニメのファンは特に製品の品質に対して厳しい目を持っていることが多く、そうした要求に応え続けることが会社としての強みや参入障壁になり得ます。

グッスマさんの工場は海外の委託工場がメインです。
現在は中国の深圳(シンセン)や東莞(トウカン・トンガン)に10ヶ所、その他フィリピンにも工場があります。

鳥取県倉吉市の楽月工場

そうした中、2014年、グッスマさんは鳥取県倉吉市に「楽月工場」という自社工場を建設します。

倉吉工場

建設にあたっては、地元倉吉市の協力もあったようです。
もともと鳥取県は「まんが王国」を宣言するなど、マンガ・アニメ文化を地域活性化につなげる政策をとられています。
楽月工場建設にあたっても、地元倉吉市をファンの聖地の1つにしたいという思惑があったと予想されます。

まんが王国とっとり国づくりビジョン/とりネット/鳥取県公式サイト
https://www.pref.tottori.lg.jp/238595.htm

まんが王国とっとり

「デュアルソーシング」とは

「デュアルソーシング」とは、生産の内製(インソーシング)と外製(アウトソーシング)を同時に並行して行うことをいいます。

グッスマさんの場合、海外の委託工場と、国内の自社工場の両方を並行して稼動させることで、「デュアルソーシング」体制が整いました。

近年、一度海外に移転した工場を日本に戻す会社が増えてきています。
これは、主にコストと技術の2つの要素、

・海外の人件費があがってきた(相対的に国内の人件費や物価が下がっている)
・国内に技術を残すことで、企業の強みとしたい

が原因であろうかと思います。

ただ、こうした場合、海外の委託工場と国内の自社工場で同じ製品を並行して生産することは稀で、
・海外では MOQ(最低発注数量)の多い製品を、国内では MOQ 小さめの製品を生産
・海外では廉価版を、国内では高級品を生産

など、それぞれ異なる製品を生産することが多いと思います。

しかし、今回のデュアルソーシングにおいては、同じ性格の商品を平行して生産することで、以下の強みを得ようとしているところに特徴があるように思います。

「デュアルソーシング」により得られるメリット

「デュアルソーシング」が可能にするのは、
・委託先の優れた技術を自社の技術として定着させ、継続的に成長させ、自社の強みとする
ことです。
背景にあるのは、国内工場と海外工場における、人の定着率の差、です。

今では、日本よりも中国などの海外委託工場の方が高い製造技術を持っています。
しかし一方、特に中国は人や企業の入れ替わりが激しく、一度高度な製造技術を手に入れても持続的に成長させていくことが難しかったりします。
(海外工場の年間の離職率は 20%〜30% とのこと。こうした離職率の高さは、私自身も中国の工場とのやりとりの中で実感しています。)

グッスマさんにおいては、そうした海外の委託先の優れた技術を楽月工場に移転し、定着させ、継続的に成長させることで、同社の強みとすることに成功しています。

日本は人の定着率が高いという特徴をもっと活用すべき

日本は、年功序列制度に代表されるように、1人の人が同じ企業に長く勤めるという特徴があります。
そのため、社員の教育にかけたコストが、そのまま組織の力として定着しやすくなります。
同様に、組織文化を社員に定着させることも、海外の会社や工場と比べると比較的容易です。

近年、年功序列を軽視したり、むやみに人材流動性が高まることを推奨する傾向がありますが、人の定着率が高いという日本企業の良さを消さないように注意する必要があると思います。

プロジェクトマネジメントにおける「内外製分析」について

これまで見てきた、「ある業務を自社内と社外のどちらで行うか」を分析する作業のことを「内外製分析」と呼びます。
プロジェクトマネジメントの教科書 PMBOK では、「プロジェクト調達マネジメント」プロセスで行う業務として定義されています。

#058 プロマネのお仕事(本編8) - 調達マネジメント(社外の技術を戦略的に取り入れよう)
https://note.com/yukio_tada/n/n31e60bfe095d?magazine_key=m49d2c80ad937

この内外製分析、短期的な視点だけでなく、中長期的な視点も持って行う必要があると考えています。
このあたりについて、次回もう少し詳しく書いてみたいと思います。

参考文献

今回のnoteは、日本マーケティング学会発行のマーケティングジャーナルに掲載されていた、以下の論文を参考にさせて頂きました。
マーケティングジャーナルは、非常に質の高い記事が無料で読めるのでオススメです。

デュアル・ソーシング戦略
https://www.jstage.jst.go.jp/article/marketing/40/2/40_2020.051/_article/-char/ja/
日本マーケティング学会
https://www.j-mac.or.jp/mj/

まとめ。

(1) グッドスマイルカンパニーさんは、「ねんどろいど」などのフィギュアで有名な会社です。この分野では、確固たるシェアとブランドイメージを確立しておられます。

(2) フィギュアの生産は中国などの委託先工場にて行っていますが、2014年、鳥取県倉吉市に「楽月工場」という自社工場を立ち上げました。これにより、海外の委託先工場と、国内の自社工場で同様の製品を並行して製造する「デュアルソーシング」体制が整いました。

(3) デュアルソーシングを行うことにより、海外委託先工場の高い技術力を、人の定着率が高い日本の自社工場に移転することで、自社の強みとして継続的に成長させることができるようになります。日本企業の特徴である定着率の高さを上手く活かして、企業の成長につなげることができていると思います。

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(ここに書かれている内容はいずれも筆者の経験に基づくものではありますが、特定の会社・組織・個人を指しているものではありません。)

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