第1章 世界の中の日本

1 GDPで世界を捉える
  
◇世界経済の構造を定量的に理解することが大切
 われわれ日本人の日常生活は、多くの場合国内のみで行なわれています。このため、世界の構造が大きく変わり、その中での日本の地位が変わっても、それに気づくことがなかなかできません
 このことは、下降するエレベーターの中にいる人にたとえることができます。外界を基準にすればその人は下降しているのですが、エレベーターの中からは外が見えないので、それに気づきません。日本人も、海外旅行をしたり海外で暮らしたりすれば、世界が変わっていることに気づくはずですが、多くの人は国内の生活を続けているので、それに気づきません。
 しかし、身近な状況だけを見ていては、日本経済について正しく判断することができません。日本経済のゆくえを正しい方向に向けて運営するには、世界経済の構造を定量的に理解して、その中での日本経済の地位を客観的に見定めることが大切です。
 そこで、この章では、世界経済全体の動向を概観し、その中で日本の位置がどうなっているかを確かめることにしましょう。
 この際に重要な尺度となるのが、GDP(国内総生産)です。GDPとは、一定期間における国内で生産された経済的な価値の合計のことです(注)。
 IMF(国際通貨基金)のデータによって全世界のGDPを見ると、1980年には11・1兆ドルであったものが、90年には23・4兆ドルとなり、2000年には33・8兆ドルとなりました。2016年では75・4兆ドルです。この36年間に6・8倍に増加したことになります。年平均増加率は、5・5%になります。このように、世界経済は順調に成長しています。なお、日本のGDPについても本節で説明します。
  
(注)詳しい説明は、拙著『日本経済入門』(講談社現代新書、2017年)を参照してください。

  

◇GDPで見た世界地図は、固定観念を打ち破る

 「GDPを用いて考える」というのは、経済分析を行なう際には、ごく当然のことです。
 しかし、われわれは日常、必ずしもこうした客観的データを用いません。われわれの感覚はさまざまな情報によって形づくられているため、客観的データとはかなり食い違う形で通念が形成されている場合が多いのです。世界経済を見る際に、とくにそのことが言えます。
 われわれは、地図を見るときに、無意識のうちに国土の広さを見ています。そして、国土面積が広い国は大国であると考えています。
 しかし、国土が広くても、使えない土地が多ければ無意味です。使える土地にどれだけの人間が住み、どのような経済活動を行なっているかが重要なのです。
 図表1―1は、国土面積がGDPに比例するように描いた世界地図です。つまり、「GDPというメガネ」を通して見た世界です。これで見る世界は、われわれが普段眺めている地図とは大きく違います。
 普段見る地図では小さい日本列島は、この地図では、かなりの大きさになります。
 アメリカが大きいことも、改めて確認できます。アメリカは、最大の経済大国で、GDPは日本の約4・1倍あります。アメリカは、国土が広く人口が多いだけでなく、GDPも大きいのです。
 また、いまや中国が世界の経済大国になっていることも分かります。そのGDPは、2017年には日本の約2・5倍であり、アメリカの6割程度の大きさにまでなっています。
 EUの中でドイツ、フランスの存在感が大きいことも分かります。この2国だけで、EU全体のGDPの3分の1以上の比重を占めます。
 この地図を初めて見る人は、「歪んでいる」と言うでしょう。確かに、われわれが普段見ている地図に比べれば「歪んで」います。しかし、この地図こそが世界の状況を正しく示すのであり、普通の地図のほうが歪んでいるのかもしれません。

図表1-1 GDPで見た世界(2015年)

◇日本はロシアより大きい
 国土が広くても、GDPが大きくなければ、この地図では大きく表示されません。人口が13億人を超えるインドが、その典型例です。
 ロシアもそうです。ここで示した地図では、ロシアはそれほど大きくありません。よく注意しないと見落としそうです。
 ロシアは、日本の北に大きく広がっています。メルカトル図法の世界地図では北が上になり、しかも、赤道から離れるほど実際の面積比より大きく表示されるので、強い圧迫感があります。日本人は、昔から抜きがたい対ロシア恐怖感を持っています。
 しかし、GDPでは日本の約3分の1でしかないのです。
 冷戦中、ソ連は世界の半分を支配する超巨大国に思えました。人々がそうした印象を持ったのは、ソ連の軍事力が強大だったからです。計画経済下では、経済力を軍事部門に集中させることが容易にできるのです。しかし、その経済的な実力は、図表1―1に的確に表されています。
 しかも、冷戦時代には中国の経済力はいまよりずっと小さかったので、共産圏は、経済的に見れば、「取るに足らない」存在だったのです。
  
  
◇日本の相対的ウエイトは、大きく低下した
 もちろん、この地図での日本の大きさに慢心してはなりません。なぜなら、以前と比べて日本の相対的なウエイトは低下したからです。
 これは、国ごとに見た経済成長率にかなりの差があるためです。
 図表1―2に示すように、中国の実質GDPの成長率は、1980年から2010年頃までの期間を通じて10%程度だったのに対して、日本とアメリカの実質GDP成長率は、80年代には5%程度でしたが、90年代以降は5%未満に低下しました。その後も、中国は高い成長率を示しています(なお、図表1―2において、2018年以降は、IMFによる予測値です。以下、将来時点までデータがある図表について同様)。
 この結果、世界のGDPに対する比率も、図表1―3に示すように、かなり大きく変わりました。
 日本の名目GDPの世界名目GDPに対する比率は、80年代初めの10%程度から90年代の中頃に17%台にまで上昇したのですが、それ以降は傾向的に下落し、16年には6・6%になっています。
 それに対して、中国の比重は、90年代の半ばまでは2%台あるいはそれ以下だったのですが、その後上昇し、2010年に9・2%となって、日本の8・6%より高くなりました。そして、16年には14・9%になっています。

図表1-2 日米中の実質GDP成長率
図表1-3 世界のGDPに対する日米中GDPの比率


◇日本より豊かな国も多数ある
 以上では、GDPそのものを見てきました。しかし、GDPが大きければよいわけでは必ずしもありません。なぜなら、人口が多ければGDPは大きくなるからです。
 重要なのは、豊かさです。中国の一人当たりGDPは、日本の13%しかありません。インドはわずか3・2%、バングラデシュは1・7%です。
 その半面で、小さくて豊かな国や地域もあります。アジアでは、シンガポール、香港、ブルネイなどがそれに当たります。ヨーロッパでは、ルクセンブルク、アイルランド、北欧諸国、スイスなどがそれです。2017年における一人当たりGDPは、日本が3万8439ドルであるのに対して、スイス8万0590ドル、ルクセンブルク10万5803ドル、アイルランド7万0638ドルなどとなっています。
 ヨーロッパの最貧国であったアイルランドが豊かな国になったことは、日本ではあまり知られていません。16年において、同国の一人当たりGDPは、日本の1・7倍です。かつてアイルランドを支配したイギリスより高くなっています。
  
◇豊かさの点でも、日本が停滞し、中国が成長する
 GDPで見た日本の相対的な地位が低下していると述べました。実は、豊かさの面でも、日本が停滞していることが見られます。
 90年代には、日本の一人当たりGDPは、主要国中でトップでした。アメリカの約1・3倍だったのです。しかし、その後アメリカに逆転され、2016年ではアメリカが日本の約1・5倍になっています(図表1―4)。
 中国の一人当たりGDPは着実に上昇し、1990年代半ばには日本のおよそ80分の1だったのが、2010年にはおよそ10分の1にまでなっています。IMFの予測によれば、20年ごろの中国の一人当たりGDPは日本の約4分の1になります(図表1―5)。かつてアメリカより豊かだった日本経済は、今や中国に肉薄されているのです。
 世界は大きく変わったのです。
 ところで、言うまでもないことですが、国の実力はGDPだけでは測れません。経済力を考えるにしても、GDPだけでは判断できないかもしれません。これについて、本章の2、3で考えることとします。

図表1-4 一人当たりGDPの変化(日本とアメリカ)
図表1-5 一人当たりGDPの変化(日本と中国)


2 貿易や対外資産で各国を比較する

◇貿易額では日本は世界の4%程度
 世界経済を見る際に、GDPと並んで重要なのは、貿易額です。では、これによって各国を比較するとどうでしょうか?
 図表1―6は、2015年における輸出額と輸入額につき、世界全体に占める各国のシェアを示しています。
 アメリカは輸出で9・2%、輸入で14・1%のシェアです。中国は、輸出で14・0%、輸入で10・3%です。輸出でも輸入でも、この両国で全世界のほぼ4分の1を占めています。GDPにおいては、アメリカと中国の比重の計は15年で約40%になります。それに比べると、貿易額における比重の合計は少なくなっています。こうなるのは、一般的にGDPが大きいほどGDPに対する貿易額の比率が低くなるためです。アメリカや中国はGDPが大きいために、このような結果になります。
 日本の比重は、輸出で3・8%、輸入で4・0%です。GDPにおける比重は5・9%ですから、日本の場合も、貿易額での比重はGDPでの比重より小さくなっています。
 

図表1-6 世界に占める輸出、輸入額の比率(2015年)

 
◇中国のシェア増大で日本のシェアが低下した
 「日本の輸出シェアが世界の30分の1程度であり、韓国とあまり変わらない」というのは、多くの日本人にとって意外なことでしょう。
「日本は貿易大国であり、シェアはもっと大きいはずだ」と思っている人が多いのではないでしょうか?
 そのように考えられるのも、もっともなことです。なぜなら、日本の貿易シェアは、かつてはもっと大きかったからです。
 世界の輸出に占める日本のシェアは、図表1―7に示すとおりです(図表1―6とは出典が違うので、数字に若干の差が見られます)。
 1970年代から6%を超えており、80年代後半から90年代前半にかけては、多くの年において9%を超えていました。つまり、世界の輸出市場で1割近いシェアを占めていたわけであり、「貿易大国」と考えられていたのです。
 ところが90年代の後半から、シェアは傾向的に低下しました。
 こうなったのは、中国のシェアが増大したためです。世界の輸出に占める中国のシェアは、80年代までは、1%台ないしはそれ未満でした。ところが90年代になってからシェアは傾向的に上昇し、とくに21世紀になってからは急激に上昇しました。これは、中国が工業化に成功したためです。
 

図表1-7 世界の輸出に占める日本と中国のシェア

 
  
◇対外純資産で見ると、日本は世界一
 以上で見た、GDP、一人当たりGDP、貿易額などは、一定期間の間に生み出される経済的価値、あるいは取り引きされる額です。このようなものを経済学では「フロー」と呼んでいます。これに対して、蓄積された経済価値を「ストック」と言います。
 国が持っているストックを比較するための一つの指標は、対外資産と対外負債です。日本の対外資産とは、日本の政府、企業、個人が外国で保有している資産のことです。また日本の対外負債とは、外国の政府、企業、個人が日本で保有している資産のことを言います。
 2016年末の日本の対外純資産(対外資産と対外負債の差額)は、約349兆円でした。これは、断然世界一です。そして、2位の中国(約210兆円)や3位のドイツ(約210兆円)を大きく引き離しています。いま初めて世界一になったのでなく、1991年以降、連続で世界一を続けています。アメリカなどの対外純資産がマイナスであることと比べると、雲泥の差です(図表1―8)。
 これまで見たように、フローの面では、日本経済の成績ははかばかしくありません。しかし、過去の貿易黒字を蓄積した対外資産では、このように豊かなのです。
 過去の貿易黒字が大きかったのは、日本の製造業が昔は強かったからです。しかし、中国など新興国の工業化によって、日本の地位はその後大きく低下しました。なお、日本の農業はほとんど国際競争力がなく、高い関税障壁によって国内の農業を保護しているというのが実態です。
 

図表1-8 各国・地域の対外純資産(2016年)

3 技術革新力で各国を比較する
  
◇世界ランキングで日本は低い
 将来にわたって経済を成長させるには、新しい技術を発展させてゆくことが必要です。では、日本は、技術開発に対応しているでしょうか?
 技術革新力について各国を評価するランキングがいくつか作成されています。以下では、それらのうち、しばしば引用されるものを見ることにしましょう。
 スイスのビジネススクールIMDの世界競争力センターは、国・地域ごとの競争力を示した「世界競争力ランキング(World Competitiveness Ranking)」を発表しています。その2017年版を見ると、つぎのとおりです。
 首位と2位は、16年と同じく、香港とスイスでした。3位は前年4位のシンガポールで、アメリカはシンガポールと入れ替わり、3位から4位に下がりました。16年に8位だったオランダが5位となりました。
 日本は、16年と同様、26位に留まっています。このランキングが初めて作られた89年には首位でしたので、大幅な低下と考えざるをえません。
 中国は、16年には25位でしたが、18位になりました。
 17年度からは、IT分野に焦点を当てた競争力を測る「World Digital Competitiveness Ranking」も発表しています。1、2、3位は、シンガポール、スウェーデン、アメリカです。日本は27位です。
 世界経済フォーラム(WEF)は、毎年、各国の国際競争力ランキングである「世界競争力レポート(The Global Competitiveness Report)」を発表しています。
 17年の9月に発表された17―18年の結果は、つぎのとおりです。
 首位は、9年連続でスイス。また、アメリカがシンガポールを抜いて2位となりました。
 日本は、8位から9位に順位を下げました。日本の順位は、近年じわじわと下がっています。なお、中国は27位でした。
 世界知的所有権機関(WIPO)は、世界130ヵ国・地域の技術革新力を比較したランキング「グローバル・イノベーション・インデックス(The Global Innovation Index)」を発表しています。
 17年6月に発表された17年のランキングでは、1、2、3位は、スイス、スウェーデン、オランダでした。ドイツは9位、日本は14位、中国は22位です。
  
  
◇フィンテックへの投資で大きく見劣る
 情報関連をさらに絞って、フィンテック(情報技術の金融への応用)への投資を見るとどうでしょうか?
 コンサルティング会社のアクセンチュアが、世界のフィンテックベンチャーなどへの投資額を集計したレポートを発表しています。
 2015年のフィンテック投資は、世界全体では前年比75%増の223億ドルでした。これは、14年の約2倍です。日本では、20%増の6500万ドルでした。
 しかし、これは、首位のアメリカ122億ドルの0・5%でしかなく、イギリスの9・7億ドルと比較しても、1割未満です。アジア域内でも中国の30分の1、インドの25分の1でしかありません。
 また、伸び率で見ても、中国が455%、インドが1115%、オーストラリアが1200%であるのと比較して、日本の伸び率は20%です。
 日本がフィンテックで著しく遅れていることは、他のレポートでも確かめられます。
 フィンテックベンチャー投資企業のH2ベンチャーズおよび国際会計事務所大手のKPMGが世界のフィンテック企業を分析したFintech 100を発表しています。
 その2015年版(15年12月)によると、第1位は中国の保険会社、衆安(ジョンアン)でした。同社はネット専業の会社で、阿里巴巴(アリババ)、騰訊(テンセント)などとのジョイントベンチャーで、ビッグデータを用いた新しい保険を提供します。そして、上位50社に中国企業が7社も入っています。これは、イギリスの6社よりも多い数字です。中国企業は、前年は1社だけだったので、中国フィンテック企業の躍進ぶりが目立ちます。
 以上で見たように、技術開発力において、日本の成績はあまり芳しくありません。本章の2で見た対外純資産が世界一であることは、過去において日本の経済パフォーマンスが製造業を中心として良好であったことを示すものです。経済を成長させるためには、人口(労働力)が増えるか、資本の蓄積が進むか、あるいは技術が進歩することが必要です。その中で最も重要なのは、技術進歩です。したがって、将来に向かって重要なのは本節で見たような技術開発力です。それがこのような状況になっていることの意味を、われわれは重く受け止めなければなりません。

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