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アーサー・クラークの『宇宙のランデブー』

すれ違いファースト・コンタクト
 SFに「ファーストコンタクト」というジャンルがあります。全く異なる知能と文化体系をもった知的生命と人類とが最初に接触したときに、どのように意思疎通するか、その後何が起きるかを描いたもので、想像力の極限が試されるジャンルです。魅力的な作品が沢山あるのですが、「知的能力にあまりの差があるために、人間が無視される」というのもあります。 恒星間の距離を克服して地球近くに飛来できるほどの知力は、人類のそれとはほど遠いでしょうから、「無視」というのは、一番ありうるケースだとも言えます。

 このジャンルのSFで最も有名なのは、アーサー・クラークの『宇宙のランデブー』(原題:Rendezvous with Rama。ハヤカワ文庫SF、改訳決定版  2014)でしょう。
 これがあまりに傑作であったために、クラークと他の著者の共著による続編、続々編、続々続編が何冊も書かれました。ただ、これらは単にクラークが名を貸しただけではないかと思われる駄作です。最初の著書の完成度には遠く及びません。したがって、最初のものだけを取り上げればよいでしょう。

 西暦二一三〇年、太陽系に近づく謎の物体が発見され、「ラーマ」と名付けられました。宇宙探査機が撮影した映像によると、全長50キロメートル、直径20キロメートルの円筒の建造物です。
 探査船が派遣され、人間の探検隊はその内部に入り込むことに成功しましたが、内部は空洞で、暗く静まり返っていました。さまざまの奇怪な構造物が見出され、都市のような構造物も発見されました。太陽に近づいて暖められると、明かりが灯されました。しかし、それらを作ったはずの「ラーマ人」は出てきません。

 その後に起こることは、実に印象的です。人間の探検隊がラーマを離れた後、ラーマは太陽に向かって落下していくのです。「これほどの巨大構造物を作って恒星間飛行をできる知性を持ちながら、なぜ太陽との衝突を回避できないのか。なんたるミス」と人間はいぶかるのですが、その瞬間、太陽から巨大な炎が宇宙船に吸収されます。
 つまり、彼らは、太陽をエネルギー補給源として利用したのです。そして、補給を済ませたラーマは、さらに太陽を重力ブースターとしても利用し、時速10万キロメートル以上の速度で太陽系を去っていきました。ラーマの太陽系への接近は、計算しつくされた予定の行動だったのです。
 ただし、ラーマ人は、自分たちより遥かに劣った存在である人類には興味がなく、単に補給に利用するために太陽の近くを通過しただけだったのです。
 だから、これは、正確にいうと、「すれ違い」というよりは、「人類の片思いと失恋」ということになるでしょう。

太陽系外からの最初の物体が現れた
 ところで、これとそっくりのことが、現実に生じました。
 2017年の秋、謎の物体が地球に近づいてくるのを、ハワイ大学の研究者が大学の望遠鏡で発見したのです。
 この物体は、長さは約400メートル、直径が 160 m前後の細長く先細りの形で、まるでミサイルのようでした。地球から見てこと座のヴェガの方向から秒速26.4kmで太陽系に接近し、9月9日に太陽を通過する時には秒速87.3kmまで加速しました。
 太陽系の軌道に乗るには速すぎるので、未知の恒星系から放たれ、太陽系を通過している天体だと結論づけられました。これは、人類が太陽系内で観測した最初の恒星間天体です。数億年間にわたって宇宙を飛行していたと考えられます。
 「1I/2017 U1」と名付けられたのですが、その後、ハワイ語で「斥候」とか「遠くからの来訪者」を意味する「オウムアムア ‘Oumuamua)」という愛称がつけられました。

 彗星は、太陽の近くを通過するとき、熱せられて表面が活性化し、尾を引きます。しかし、オウムアムアは尾を引きませんでした。したがって、彗星より堅い物質でできていると考えられます。赤みがかって見え、密度が高く、場合によっては金属の可能性もあると言われます。
 9月2日に水星の軌道のすぐ外側を通過した後、太陽の強い重力で急カーブを切り、10月14日に地球から約2400万キロの距離に最接近しました。18年5月には木星軌道を通過しました。19年1月には土星軌道を通過し、太陽系から離脱しました。

 オウエアムアは、自然の天体だった可能性もありますが、そうではなく、知的生命体が作ったものだったかもしれません。つまり、クラークの小説とほとんど同じことが現実に生じたのかもしれないのです。

 ところで、話は、これで終わりません。
 ハーバード大学の研究チームは、「オウムアムア」は、ソーラーセイル(太陽からの光で宇宙船を推進する帆)のような形態の天体だった可能性があるとの論文を発表しました。この論文は、2018年11月12日に発行された天文学の論文誌 The Astrophysical Journal Letters に掲載されました。タイトルは、Could Solar Radiation Pressure Explain 'Oumuamua's Peculiar Acceleration? (太陽輻射圧力はオウムアムアの特異な加速を説明できるか?)。

 これを伝える新聞記事を見たとき、「何と素晴らしいニュースだろう!」と久しぶりに高揚した気分を味わいました。
 研究チームは、「オウムアムアが地球外文明によって地球近辺に意図的に送り込まれた、完全に機能している探査機かもしれない」と示唆しています。 

 太陽系から離れていく天体は、太陽や惑星の重力の影響で徐々に速度が落ちます。しかし、その場合の軌道と、オウムアムアの実際の軌道にわずかにずれがあったことが判明しました。これは、オウムアムア自身が加速していると考えなければ説明がつかない現象です。
 前述の論文は、加速を説明するものとして、ガス噴出以外に、太陽光圧力があるとしています。

 論文はさらに、オウムアムアが太陽から0.25AUという、熱や重力の影響の点から最適な距離を通過し、さらに地球に0.15AUまで近づいたことを指摘しています(AUは天文単位。1AUは約1億5000万キロメートル)。このことから、知的生命体が造った可能性は否定できないとしています。

 オウムアムアからのメッセージを検出する試みはなされたのですが、「検出されなかった」と発表されました。一般には、これがオウムアムアが自然物であることの証拠であると考えられています。しかし、右の理由から、逆に、高度の知的生命体の創造物である証拠である可能性のほうが高いのです。オウムアムアは、 地球の人類を観測しただけで、接触を求めてのメッセージは送らなかったのかもしれません。

 だから、これが人類にとっての未知の知的生命体とのファーストコンタクトだった可能性は、否定できません。そうだとすれば、これは、この数年で最大のニュースです。いや、21世紀最大ニュースです。いやいや、それどころではない。人類は、歴史始まって以来のニュースに出会ったのです。
 それにもかかわらず、ほとんどの人々は、このニュースに関心を示していません。そして、米中の貿易戦争などに気を取られて、右往左往しています。
 もしかすると、オウムアムアは、この類いの情報を収集して、「予想通り、この惑星の住民たちは、接触するに値しない存在だった」という報告を母星に送っていたかもしれません。

 ところで、 まだ話は終わりません。オウムアムアが知的生命体の創造物であるとすれば、人類に接触しようとせずに通り過ぎたにせよ、なぜ他の恒星系ではなく、太陽系に来訪したのでしょう?
 それを解く鍵は、『宇宙のランデブー』にあるかもしれません。なぜなら、いろいろのことが、この小説で描かれた通りに起こっているからです。細長い物体であることも、メッセージを発しなかったことも、そうです。さらに、太陽系離脱のスピードもそうです。ラーマは時速10万キロですが、オウムアムアの離脱速度も時速に直せば時速約14万キロで、同程度なのです。

 ところで、『宇宙のランデブー』はもう一つ予言しています。最初のラーマ出現の70年後に、第二のラーマが太陽系に現われたのです!

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