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アイルランド、イニスフリー湖島、ミリオンダラー・ベイビー

 「黒水仙」で、主人公のシスター・クローダ(デボラ・カー)が、「私はアイルランドのデニスケリーという小さな村の生まれ。恋人は夢を追い、私を置いてアメリカに行ってしまった。だから私は僧院に入った」と告白する場面がある。

 この映画は1946年のものだが、有名な「ジャガイモ飢饉」から100年経ったこの頃でも、恋人や家族を残して極貧のアイルランドを脱出するのは、ごく普通のことだったのだ。
 全世界でアイルランド移民の子孫は約7000万人いると言われるが、母国の人口はわずか370万人だ。アイルランドがいかに貧しかったかを、この数字が語っている。

 アイルランドの詩人W.B.イエーツの The Lake Isle of Innisfree(『イニスフリー湖島』)は、I will arise and go now, and go to Innisfree(私は目覚め、イニスフリーへの道を歩む)と始まる。「湖畔に泥と枝で小屋を建て、豆のあぜと蜜蜂の巣箱を作る」と続いてゆくこの詩に、私は大変心をひかれる。
 イエーツは、大英帝国ロンドンの喧騒の中で、貧しく、しかし平和な静かさに包まれるアイルランドの故郷を思っていたのだ。イエーツが湖島にいないことは、And I shall have some peace there, for peace comes dropping slow(そこで私は少しばかりの平和をうる。なぜなら、平穏はゆっくりと降りて来るから)のところで、"there" と言っていることから分かる。

 『ケルト妖精物語』の序文で、イエーツは、「ジェイムズ王の時代になると、イギリスの妖精たちは皆いなくなってしまった。しかし、アイルランドには生き残っていて、心優しい者たちに恩恵を与えている」と書いている。なぜ生き残ったかと言えば、アイルランドはイギリスの圧政下で産業革命を実現できず、農業国のままにとどまったからだ。
 「静かなる男」(1952年)の冒頭のナレーションが「列車はいつものとおり3時間遅れで到着しました」と説明しているとおり、20世紀産業世界にはおよそ適応できない人々の、のんびりした(しかし貧しい)生活が続いていたのだ。

 アメリカに渡ったアイルランド人も、底辺の生活を余儀なくされた。
 典型的なアイリッシュ・アメリカンは、映画「大空港」(1970年)で機中でダイナマイト自殺をするグエレロという名の男だ。
 あるいは、映画「ミリオンダラー・ベイビー」(2004年)の主人公マギー(ヒラリー・スワンク)である。彼女が「私はマギー・フィッツジェラルド」と自己紹介するところがあるのだが、これは、「私は貧乏です」と言っているようなものだ(フィッツジェラルドは、典型的なアイリッシュの苗字)。

 この映画には、クリント・イーストウッド(公開当時74歳)演じる主人公のフランキーが、The Lake Isleを病室のマギーに読んで聞かせる場面がある。これを英語の詩だと思っていた私は、ゲール語で朗読されるのを見て大変驚いた。

 「風と共に去りぬ」は、アイルランド移民の物語である(ここに出てくる「タラ」は、アイルランドの聖地名)。
 私 は以前、これは、奴隷制に依存した南部プランーション社会の上流階級の人びとが、過ぎ去った古きよき時代を哀惜の情で懐古した物語だと思っていた。
 しか し、オハラ、ケネディ、ハミルトン、バトラーなど主人公たちの家名が典型的なアイルランド家名であることを知って、これはアイリッシュアメリカンのアング ロサクソンに対する憎しみを描いた物語であると悟った(作者のマーガレット・ミッチェルもアイリッシュアメリカン)。
 彼らは、故国では夢にも見られなかった富を新天地で築いた例外的なアイリッシュアメリカンである。しか し、その富は北部産業社会の野蛮なヤンキーどもに破壊され、風とともに去った。それに対するすさまじい憎悪の物語なのだ。

 ところで、マーガレット・ミッチェルの小説の出だしは「スカーレット・オハラは美人ではなかった」という有名な文句だが、映画のスカーレット、ヴィヴィアン・リー美人過ぎる
 リーはこの少し前から映画に出演している。スペイン無敵艦隊を迎え撃つイングランドの物語、「無敵艦隊」(1937年)で、主人公がローレンス・オリヴィエで、その恋人役がリー。
 2人はこの映画出演で知り合った。
 リーは、アメリカに渡ったオリヴィエを追いかけて渡米。そのついでに「風と共に去りぬ」のスカーレット役を射止めて、アカデミー主演女優賞を獲得した。

 これは、「美人過ぎる女優でもオスカーを取れることがある」ということの例になっている。「女優は美人過ぎると損する」とディジタルリマスターに乾杯で書いたが、この法則には例外もあるようだ。
 なお。ヒラリー・スワンクはオスカーを2度取っているが、お世辞にも美人とは言えない(美人では、ボクサー役はできない)。
 しかし、きわめて魅力的だ。一番魅力的なのは、B級SF映画「ザ・コア」(2003年)のレベッカ・チャイルズ少佐。

    映画の冒頭、スペースシャトルをロサンゼルスのロサンゼルス川(SF映画『ターミネーター2』でチェイス・アクションが行われた場所)に緊急不時着させる場面は、何度見ても素晴らしい。

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