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『人類の星の時間』(その2)

『人類の星の時間』で最もドラマチックなのは、何と言っても「エルドラード」でしょう。これは、カリフォルニア・ゴールドラッシュで、世界一の大金持ちになり損ねた男の話です。

 カリフォルニア・ゴールドラッシュの歴史で最初のページに登場するのは、ジョン・サッターという名の男です。
 もし金発見という事件がなければ、彼は世界でもっとも成功した植民者になるはずでした。金発見のニュースに接したときに、もし賢明に立ち回ることができたら、歴史的な大富豪になることができました。それが出来なかったとしても、少し機転を利かすだけで、一生を何不自由なく過ごす程度の財産は簡単に得られたはずです。
 しかし、実際には、自分の地所に金が発見されたために、それまで築き上げたすべてを失う羽目になりました。それだけではありません。息子たちの命も犠牲になりました。彼自身の生涯も、ずたずたに引き裂かれました。彼こそは、自分のスケールを遥かに超える事態に翻弄され、人生を狂わされた男の典型例です。

 サッターは、ドイツ、バーデンの生まれで、ドイツ語読みでは、ヨーハン・アウグスト・ズーターといいました。1834年、31歳の彼は、膨大な負債を払いきれず、妻と3人の子供を残したまま、故郷を捨て、大西洋を渡りました。
 ニューヨークとミズーリで暫く過ごしたあと、3ヶ月かけて、メキシコ領のさびしい漁村であったサンフランシスコまでやってきました。サクラメントの谷が肥沃であることを発見し、1839年に、開墾の許可をメキシコ人の知事から得ました。彼の夢は、いかなる文明からも数千キロ以上離れているこの地に、農業帝国「新ヘルヴェチア」(新スイス)を築くことでした。
 何年もの絶え間ない努力によって、彼の夢はほぼ実現しようとしていました。1844年には、故郷から家族を呼び寄せました。
 47年の暮れ、サッターは、農場から50マイル北にあるアメリカン・リバーのコロマに、製材所を建設しつつありました。農場で用いる材木を作るためです。
 
 運命の事件は、1848年1月24日に起こりました。
 その日は、快晴で冷たい朝でした。サッターの使用人である水車大工のジェイムズ・マーシャルは、製材所にある水車用導水路を掃除しようと、前日から導水路の水量を落としていました。水の少なくなった水路の底に、何かが光っているのが見えました。
 金ではないか?

 「私は手をのばして塊を取り上げた。それは、豆粒の半分ほどの大きさだった。心臓がドンと音をたてた。なぜなら、それは金に違いなかったから。そして、私は、もう一つの塊を見つけた」

 マーシャルは、その塊をサッターのところに持参しました。彼らは、塊に硝酸をかけたり、秤にかけて比重を調べたりしました。それは、疑問の余地なく金でした。しかも、純度は少なくとも23金。最高純度の金!
 翌日、彼らはコロマに出かけ、運河の水をせき止めて、砂を調べました。ふるいに入れて少し振ると、金の粒が網の上に残ってキラキラと光りました。
 彼らは、真剣な面持ちで農場まで戻ってきました。およそ人間の歴史において、黄金がこれほど簡単に採取できる形で、公然と地上にころがっていたことはありませんでした。しかも、その土地は、サッターの所有地です。彼は、一瞬のうちに、世界で最も富んだ人間になったのです。


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