第1章 独学の第一歩を踏み出そう

1.「独学は難しい」という思い込みから脱却する
独学の勧め
本書は、独学の勧めである。
独学がどんなに素晴らしいことを実現するかを示し、そのための方法論を述べる。

勉強の必要性は、多くの人が認める。ただし、勉強という場合に多くの人が思い浮かべるのは、学校での勉強だ。
確かに、現代社会での勉強は、学校を中心になされている。学齢期における勉強はもちろんのこと、社会人になってから勉強をする場合にも、学校に通う人が多い。実際、資格取得などのための各種学校や、社会人教養講座が多数ある。

本書では、これに対して、学齢期後の勉強については、1人で勉強を進める「独学」のほうが有効であることを指摘し、その重要性を強調したい。

社会人にとっての独学は、学校での勉強の補完物でも代替物でもない。多くの場合に、それより効率的で優れている。

独学は、新しい時代の新しい勉強法だ。この方法を活用して能力を高めていく人が、これからの社会で活躍できるだろう。

本書が対象と考えているのは、学校教育の課程を終了した後の社会人だ。仕事をしながら、より多くの知識とスキルを求める人である。
ただし、社会人だけでなく、大学や大学院で勉強している人、あるいは大学受験のために勉強している人も、ぜひ、本書から独学の方法論を学び取っていただきたい。

「勉強するには学校に通う必要がある」という偏見
多くの人は、次のように信じ込んでいる(図表1-1参照)。

「社会人になってから勉強する場合にも、学校に通って講義などを受けるのが本道だ」
「本当は講座を受講したり、教師につくのがよいのだが、それには費用がかかるから、やむをえず独学をするのだ」

こう考える理由は、「独学は難しい」という思い込みだろう。
教室に行けば、自動的に知識が身につく。ベルトコンベアに乗ったようなものだ。「しかし、独学ではそうはいかない」と考える。
独学では、何を学ぶべきかというカリキュラムを自分で作る必要があるが、それは大変だと考える。あるいは、勉強を続ける強制力が働かないため、途中でギブアップしてしまうのではないかと、心配になる。

ただし、「独学より学校がよい」という考えは、多くの場合、長所・短所を深く考えた末の結論ではない。右のことは確かに問題だが、克服できないものではない。
「勉強とは、学校に通って教室に座り、先生が教えるのを聞くことだ」という、学生時代からの習慣を引きずっているだけのことが多い。これは、単なる思い込みだ。

「独学で学ぶ」という選択肢を、最初から考慮していない場合が多い。独学と教室で学ぶのとを比較し、合理的な理由で後者を選択したというのではなく、そもそも、そうした比較を行っていないのだ。
よく考えて比較すれば、独学のほうがよいことが分かるはずだ。

独学に才能はいらない
「世の中には独学ができる人とできない人がおり、独学ができる人は、人から言われなくても独学する。それに対して、独学ができない人は、いくら独学を勧めても、その能力がないのだから、できない」「独学の方法を人に教えられるというのは、そもそも矛盾だ」。

このような意見もあるだろう。しかし、この考えは間違っている。すでに述べたように、「独学では勉強できない」というのは、単なる思い込みなのだ。そして、その考えを変えるチャンスに恵まれなかっただけのことだ。以下に述べることを参考にして、考えを変えていただきたい。

本書でこれから述べるように、多くの場合において、独学は、教室で学ぶよりは効率的な勉強法なのである。

もちろん、世の中には、「勉強をする気など一切ない。短い人生なのだから、勉強などして無駄に過ごすよりは、思う存分遊びたい」という人もいるだろう。そう考えている人は、本書の対象外だ。「勉強したいが、独学はできない」と考え、「独学はできない」として教室に学びに行く人たちに対して、本書は「独学のほうがよい」とアドバイスしたい。

「勉強が重要であることはよく分かるのだが、独学のやり方が分からない」という人のために本書は書かれた。

2.なぜ独学のほうがよいのか?
独学は受け身でなく、プルする
以下では、学校に通って講義を受けることと、独学で勉強することとの比較を行おう。

まず、講義を受けることと、独学の基本的な違いは何か?
講義の受講は、「プッシュ(押し出し)を受ける」ことだ。つまり、受動的な勉強法である。それに対して、独学では「自らプル(引く)する」。つまり、能動的な勉強法である。

学校では、教室に入って座っていれば、こちらで何のアクションをしなくても先生が教えてくれる。そして、先生が言うことを受け入れればよい(本当はそうではなく、事前に予習をしたり、教室で質問をしたりして、能動的、積極的に参加することが必要なのだが)。
独学なら、必要なことを重点的に勉強できる

「独学が難しいという考えは間違っている。独学は可能である」と1で述べた。
それだけでなく、多くの場合において、独学は学校に通う勉強法より効率的なのだ。図表1-2にしたがって、独学と学校を比較してみよう。

独学の第1の利点は、自分の事情に合った勉強ができることである。また、個人個人の事情や要請に柔軟に対応できる。

初等教育での教育内容は、誰にとっても必要なことだ。それは、簡単にいえば、「読み書きそろばん」である。いわば、社会に入るための最低必要条件だ。

しかし、社会人になってからの勉強では、学ぶべき内容や条件が人によって大きく異なる。「何をどれだけ知ればよいか」は、人によってさまざまだ。この点が、学校教育の場合と大きく違う。

したがって、さまざまなことについて「広く浅く」勉強するのでなく、「知るべきことに焦点を絞って」勉強することが必要になる。
独学なら、知っていることは飛ばせる。そして、必要なことをいくらでも深く勉強できる。

例えば、仕事で使う英語は、一般的な英会話を学んでも、ほとんど意味がない。どのような仕事をやっているかによって、必要な英語は違う。ビジネスに必要な英語は、英会話学校では学べない。これを学ぶには、独学で勉強するしか方法がない。この点は、第8章で詳しく論じる。

独学は、事情が変化したときに対処できる柔軟性もある。学校に通っている場合には、一度選択したコースを変更するのは難しい。しかし独学なら、知りたいことを柔軟に変更できる。やり直しもできる。
さらに、自分の都合に合った勉強ができるし、スキマ時間を活かした勉強などができるという利点もある。また、費用があまりかからないということもある(ただし、「費用がかからないから独学のほうがよい」というわけではない)。

独学は楽しい
独学のもう1つの大きな長所は、楽しいことだ。
そもそも、われわれはなぜ勉強するのだろうか?
能力を高めるために必要だからだ。そして、勉強すれば、リターンがあるからだ。このような意味での勉強の効用については、第4章で述べる。
ただし、勉強する理由は、それだけではない。

一番大きな理由は、勉強することが楽しいからだ。
人間は、生まれたときには、ごく限定的な能力しか持っていない。人間の能力のほとんどは、後天的な勉強(学習)によって獲得する。こうした意味で、人間はきわめて特殊な動物なのだ。

人間の本質は、勉強にある。勉強こそ、人間の人間たる所以だ。だから、勉強することは本能的に楽しいのだ。
「勉強したい」という本能に導かれて行う独学は、大変楽しいものである。おそらく、どんなことよりも楽しいだろう。

ITの発展で独学の優位性が増した
インターネットが発達したことによって、独学のための条件は飛躍的に改善された。

検索サービスを利用して、知りたい知識を得ることができる(第9章参照)。英語などを勉強するための教材がウェブで簡単に手に入る(第8章の5参照)。大学と同じレベルの独学コースも提供されている(第5章の3参照)。さらには、自分が勉強した成果をウェブで発表したりすることもできる。

しかも、スマートフォンが発達したので、こうしたことがどこでも簡単にできるようになった。満員電車の中でも可能だ。
ITの発展によって、「知識をプルする」ための条件は以前に比べて大きく改善し、知識のプルは、ずっと容易になったのである。そして、第10章で述べるように、技術が進歩すると、独学のための条件はさらに改善されるだろう。

独学の優位性が増したのである。20年前には、独学は難しかった。あるいは、効率が悪かった。それが変わったのだ。独学は21世紀の勉強法である。

独学には欠点もある
ただし、独学は、よいことばかりではない。欠点もある。
学校に通うこととの比較で言えば、つぎのような問題がある(図表1-2参照)。

第1に、継続できないで途中でやめてしまう危険が大きい。どうすれば継続できるか。これについての具体的方法は、第6章で論じる。

第2に、「ある目的を達成するために、何を勉強したらよいのか、どのように勉強したらよいのか」ということが必ずしも明確でない。これは、「カリキュラムを作るのが難しい」と言ってもよい。「知るべきことをどのように探し出すか」。この問題は、第7章で検討する。

第3に、学校のよい点は、同じ目的を持っている仲間を作れることだ。しかし、1人で勉強していると、クラスメイトや勉強仲間が作れない。
独学の場合に仲間をどう作るかは、難しい問題である。

3.とにかく始めよう
始めるための3つの提案
最もよくないのは、学校にも行かず、独学もしないこと。つまり、「何もやらない」ことだ。

とにかく第一歩を踏み出すべきである。一歩踏み出せば、条件が変化し、新しい世界が開ける。そして、つぎの一歩への道筋ができる。
どんな仕事でも、最も難しいのは最初の第一歩である。勉強の場合にもそれが言える。前進の手がかりをつかむことこそ重要だ。多くの人は、構えてしまって第一歩を踏み出さない。

「どの資格を目指そうか」「そのためにはどの学校を選ぶべきか」などと考えていると、なかなか結論が出ず、いつになってもスタートできない。

そうするのではなく、つぎに提案する3つの事項をいますぐ実行してみよう(図表1-3参照)。そこから勉強がスタートする。


提案(1):検索して調べる
第1の提案。新聞を見ていて分からない言葉があったら、検索で調べよう。
いままで何度か耳にしたり目にしたりしたが、気になりながらも意味をきちんと調べずにいた言葉があるに違いない。あるいは、見たことのないキーワードがカタカナで記されているかもしれない。

そうした場合に、インターネットで調べてみよう。分からないことがあったらとにかく検索して調べてみるのだ。大抵の場合は、すぐに分かる。あまり大したことでないと分かる場合もあるし、重要だと分かる場合もある。1つのキーワードが、新しい世界を切り開くためのきっかけになることもある。
毎日最低1つは、新しい言葉を調べること。これを習慣にしよう。

これは独学の第一歩である。この場合に重要なのは、疑問に思っていることを放置せず、「調べよう」と思うことだ。そして、すぐに調べることだ。すぐにできなければ、調べるべき言葉を、忘れないようにメモしておこう。
独学とは、別に大げさなことではない。このように、「知りたいことを調べる」ということなのである。

20年前であれば、調べようとしても、簡単にはできなかった。物知りに聞いたり、図書館で調べる必要があった。
しかし、いまでは、ウェブで調べることによって大抵のことはすぐに分かる。最近では、わざわざPC(パソコン)を立ち上げて検索ウインドウを開かずとも、音声で検索できるようになった。
グーグルホームやアマゾン・エコーなどのAIスピーカーは、話しかけるだけで質問に答えてくれる。

検索をすることによって新しい世界が開ける。世の中が変わる。そこから新しいビジネスのチャンスが生まれる。あるいは将来の人生設計が開けるだろう。

提案(2):新聞で、第3面までの見出しを毎日チェックする
第2の提案。新聞の見出しを、毎日チェックしよう。必ずしも本文を読まなくともよい。しかし、見出しは、とくに大きな字の見出しは、毎日必ずチェックする。
できれば全ページをチェックするのがよい。しかし、少なくとも第3面あたりまでは、必ずチェックする。

それによって、社会でいま何が問題になっているかが分かる。
もし興味を引かれるテーマがあったら、それをフォローしよう。記事の中に分からない言葉が出てきたら、検索で調べる。

興味を持てば、自分から進んで情報を求めるようになる。そして、さらに興味が広がる。このようにして、勉強の好循環が発生するのだ。

提案(3):SNSで検索する
第3番目の提案は、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で検索することだ。ツイッターやフェイスブックなどのSNSを使っている人は、それで検索をして問題を探すのもよいだろう。

また、自分のやっている仕事に近い内容の外国映画を見るのもよい。そうすれば、専門用語を外国語で知ることができる。あるいはYouTubeで説明している画像を見てもよい。

大げさに考えず、とにかく第一歩を踏み出そう
何かに興味を抱き、それを学ぼうとすることが、独学の第一歩である。
それは10年前、20年前と比べて、ずいぶん簡単にできるようになった。だから、それを積極的に活用しよう。

独学は、資格を取るためのものだけではない。あるいは、外国語に習熟することだけではない。もっと簡単なことから始められるものだ。独学の対象は、目の前にいくらでも転がっている。
少なくとも出発点においては、系統立った勉強でなくともよい。断片的なことの独学であっても一向に構わない。これが、重要なことの手がかりになる場合が多い。
「いつかやろう」と考えて、いつになっても始めないのが一番よくないのだ。

スタートしてから準備する
「学校選び」から始めるのでは、間違った選択をした場合のやり直しのコストが高い。しかし、右に述べた3つの提案を始めるだけなら、間違った方向であっても、やり直しのためのコストはかからないだろう。

この方法によって勉強すべき方向が分かったら、その方向に進めばよい。
途中で行き詰まるかもしれないが、そのときには考え直せばよい。要するに、歩きながら考えて、必要なら方向を修正すればよいのだ。

何もしないのではなく、また、テレビを見て漫然と過ごすのでもなく、とにかく勉強を始めるべきだ。第一歩を踏み出すことが重要だ。

こうしたことをしばらく続けていれば、それが楽しいことだと分かってくるだろう。そして、それが何らかのよい結果をもたらしてくれることにも気がつくだろう。調べるのも、バラバラに調べるのではなく、系統立って調べるようになるだろう。

スマートフォンの操作に習熟してきたら、自分でブログやホームページを開設する。あるいはSNSで発信するということをやってみる。

この段階になったら、本書の第6章を参照して、目的意識を明確にし、準備をしていただきたい。そして、第5章を参照して、学校とどちらがよいかを比較検討する。その上で、第4章を参考として、将来の仕事にどのように活用できるかを考えてみよう。

独学をする場合のテクニックについては、語学の勉強や検索の方法を中心に、第7、8、9章で述べている。これらを参照していただきたい。
なお、独学で習得できることとしては、これら以外にも、文章の書き方、プレゼンテーションの方法、説得の仕方、集中すべき対象の見つけ方、発想の方法などもある。これらについては、別の機会に述べることとしたい。

敵・味方理論
独学する習慣を持っている人と持っていない人の間では、時間が経てば大きな差が生じてしまう。

これに関して、私は、「敵・味方理論」というものを信じている。
あるものが敵であると考えると、自分からますます遠ざかってしまって、本当に敵になってしまう。その反対に、味方であると考えると、自然に自分に近づいてくる。

分からないことは、自分の敵である。それを調べないで放置しておけば、敵のままだ。そして、時間が経つにつれてますます遠ざけてしまう。
これを調べてみれば、意外と簡単なことであったり、あるいは自分の役に立つ場合もある。つまり味方であることが分かる場合もある。そうなれば、もっと調べてその専門家になれるだろう。

インターネットが登場したときもそうだった。これを敵だと考えると、それを遠ざけて利用しない。ところが、他の人はインターネットを使ってさまざまなことをやっている。このため、ますますインターネットは敵になってしまう。

しかし、インターネットの使い方を十分に会得していなくとも、自分の味方であると考えると、いろいろな機会にそれを利用し、利用の仕方が次第にうまくなっていく。こうして、インターネットが実際に自分の味方になる。

外国語についても同じだ。味方になると考え、映画のDVDを見るときも英語を聴き取ろうとしていると、次第に聴き取れるようになる。
敵か味方かというのは、多くの場合に主観的な判断なのである。または、食わず嫌いによる単なる思い込みなのである。あるいは、単なる好き嫌いであると言ってもよい。
そして敵と考えるか味方と考えるかによって、その後の状況が大きく変わるのだ。

自動的に敵が味方に変わることはない。こちら側で何らかのアクションをとらなければならない。そのアクションが、独学なのである。
独学によってしか、敵を味方に変えることはできない。


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