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東大生のキャリアと起業(1)

東大生のキャリアに関する悩み

東大生にキャリアについての話をする以上、まずは彼らのキャリアに対する考え方を整理しておきたいと考えたのだが、この時に見返したのが本年1月に経済学部のゼミで講義した際のアンケートである。その結果、東大生がキャリアについて持つ悩みは以下の二つが多いようだった。

(1)キャリアの多様性を担保しにくい

キャリアの多様性というと大袈裟かもしれないが、東大生の典型的なキャリアパスのイメージというのがなんとなく存在しており、実際の進路選択がそのイメージに縛られてしまうという懸念があるようだ。言い換えると、本当に興味があること、もしくはやりたいことと世間体とのギャップに苦しんでいる、と言えるのかもしれない。「興味ある業界があっても『東大生が入る業界じゃい』とか『東大なのにもったいない』と周囲から言われてしまい、本当にその業界に入っていいのかがわからない。」そんな悩みが見受けられた。

もしかするとこれは東大生の情報収集の特性に起因しているかもしれない。東大生は他大学の学生と比較してインターンへの参加率が低い、というデータもあるようだ(参考:https://zigzag.en-courage.com/articles/todaiwill)。情報収集に受動的で身近なコミュニティの影響を受けやすいためにキャリアの多様性を担保しにくいという悩みを持っている可能性もあるのではないかとも考えたが、これはあくまでもデータに基づかない推測である。

(2)働くことのイメージがつかない

これは東大生に限らず、日本の大学生であればほとんどの人が当てはまると思う。日本の学生には、欧米の学生が行うインターンシップのような実務を学ぶ機会が用意されていないことが多く、大企業のインターンもほとんどが採用目的のイベントに過ぎないし、ベンチャー企業でのインターンについても、働き手、もっというとパートタイマー・アルバイトとしての仕事をするだけのものになっているケースがほとんどだ。

一方で欧米の学生が行うインターンは無給で仕事を教えてもらうという性質ものが一般的であり、その企業で学生時代に培った専門知識をもって働くイメージを掴むことができる(このような違いは、今回の講義のメイントピックでもある雇用形態の違いに原因があるので詳細は後述する)。

このような悩みは、私自身が学生の頃を思い返してみても同じく持っていたように思う。もう卒業から12年が経過するのにまだ現在の学生も同じ悩みを持っているのかと思うと、日本の労働環境や教育環境は変わってきているようで根本はあまり変わっていないのだろうかとも思わされる。

東大生は仕事ができない?

一方で、私自信が新卒で入社した会社(総合商社)のことを思い出すと、「東大生は仕事ができない」という雰囲気があった。もちろんこれもデータに基づいて言われていたわけではなく、おそらく社内にそう体感している人が多かったにすぎないのだが、まずは何をもって仕事のできる・できないを判断するかという問題がある。

長者番付と学歴

まずはわかりやすく日本における長者番付を見てみよう。仕事ができる=ビジネスで売上を大きくすることができると仮定すると、長者番付の資産ランキングの上位に食い込む人たちは仕事ができる人たちだろうから、彼らの学歴を見てみると、一般的な東大生の仕事のでき具合がわかるかもしれないという理屈である。

出展:日本長者番付 2022(https://forbesjapan.com/feat/japanrich/)

こうして見てみると、21位に初めて東京大学出身者が現れる。ベイシアグループの土屋嘉雄氏の一族である。こうしてみると、いわゆる「お勉強」の偏差値と仕事ができるかどうかの相関関係は低いように思われる。

ビジネスに必要な二つのスキル

原因を考えてみると、おそらくビジネスに必要なスキルのうちの何かに関して東大生が弱い可能性がある、という仮説に行き着いた。ビジネスに必要なスキルをハードスキルとソフトスキルの二つに大別したときに、東大生はハードスキルに関しては平均値よりもかなり高いことは間違いないが、ソフトスキルに関しては平均値よりも圧倒的に劣っていると思われる。

【ソフトスキル】
人の心を動かす・行動を起こさせるための力。
・コミュニケーション力
・人に気に入られる力
・プレゼン力
・気配り力

【ハードスキル】
情報処理・インプット+アウトプットの力。
・大量の情報をインプットしてまとめる
・書類作成
・ITスキル
・論理的に整理する

ソフトスキルとハードスキル

ビジネスでは顧客や従業員など、社内外の人が多く関係する。そのため、人の心をどう動かすかということが最重要な点の一つなのだが、その点に長けている東大生にはあまり会ったことがない。むしろコミュニケーションが苦手という東大生は多いし、苦手だと思っていないが明らかにスキルが足りないと思われる人も多い。

一方で、慶応・早稲田卒業生はソフトスキルのレベルが高い印象がある。繰り返しになるがこれは一般論かつ体感ベースのものなので、データはないし、個人レベルでは全く違うということもありうるので、その点の批判はご容赦いただきたい。

ジョブ型雇用の社会では追い風?

従来の日本社会のメンバーシップ型雇用の中では、このソフトスキルが会社の中での地位・出世において大きな位置を占めていたことは間違いない。「根回し」「空気を読む」などの言葉に表れているように、会社の中で周囲のメンバーが何を考えているかを把握しつつ嫌な思いをする人がいないように仕事をすることが「仕事ができる」ことの一つの要件であった。

メンバーシップ型雇用とソフトスキルの親和性

メンバーシップ型雇用の根底には、新卒一括採用で大量に人を会社に入れ、会社の中で文化やスキルを学ばせながらジェネラリストを育てるという考え方がある。意思決定の責任も明確にはされていない、もしくは書類上で明確になっていても実質は「委員会」という名のつく合議体で「全員で」決定したという体裁になっていることが多い。また、ここの業務の責任範囲が不明瞭なため、人事評価の基準も不明確な場合が多い。そうすると、会社全体がいわばムラ社会となっていき、上司からの評価(好き嫌いも含む)を気にしながら敵を作らずにうまく立ち回ることが「仕事ができる」人間となっていく。このような環境の中では、上述のソフトスキルが評価の対象になりやすい。閉ざされたコミュニティの中で、人間関係をうまく構築できる人が評価される。つまり、ソフトスキルを持つ人が仕事が高評価を得る。

ジョブ型雇用とハードスキルの親和性

しかし、これから日本でも主流になっていくと思われるジョブ型雇用においては、少し潮流が変わると思われる。人を基本とした採用ではなく、仕事の内容(ジョブ)を基本として必要な人を入れるという採用に変化することによって、従来にもまして仕事のパフォーマンスが数字や客観的な指標で求められるようになり、かつ人材の流動性も高まると考えられる。このような環境では、東大生の得意とするハードスキルが従来にも増して評価の対象となりやすい。学歴がハードスキルを一定程度担保するものと考えると、ジョブ型雇用の社会では従来とは違った意味での学歴社会が到来する可能性すら考えられる。

ジョブ型雇用はハードスキルが評価の対象になりやすい制度


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