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言わなくてもわかる。でもあなたの言葉でちゃんと聞きたい

人生で一番言われてうれしかった言葉は、まるでスニーカーのようだった。

わたしは人づきあいが苦手な根暗タイプだ。愛想よくするのが苦手で、気を抜くとすぐ無表情になる。そのくせ「嫌い」「いきたくない」といった感情はすぐに顔を出て、周りの人を遠ざける。1人でいる時間がなによりほっとする。本当に不器用で世渡りが下手なタイプだ。

だから分かってほしかった。しゃべるのが苦手で、人前で説明するのも嫌いなわたしを、丸ごと分かってくれる人と出会いたかった。ありのままの自分を優しく受け止めてくれたら、どんなにいいか……そんな人と付き合えたり結婚出来たらものすごく幸せだろう……!と日々妄想していた。

約2年前から付き合い始めた恋人は、わたしの理想とは違った。確かにやさしいけれど、彼はわたしをわかってくれなかった。言いにくいから「察してほしい」と思っていても、彼からは何も言わずにじっと隣で待つばかり。自分の口で言うまで何分も、何時間も。もしや言質をとろうとしているのか……私から言わせようとする彼の態度に、付き合い始めの頃は不満があった。

この日も言いにくいことを察してくれない彼に対して、私が時間をかけて伝えていたときだった。時間をかけて言い終えたとき、彼が言った。

「ゆきの言いたいことはだいたいわかる。でも、ちゃんとゆきの言葉で伝えてほしい」

私は間違っていた。どうやら彼はわたしの言いたいことを察せていたらしい。そのうえで、あえて何も知らないふりをしていたのだ。告白するときなんて、4時間くらい黙り続けていた。彼が一言「わかってるよ、俺のこと好きなんじゃないの?」と言いさえすれば、私はすぐうなずいた。それでよかった。でも彼はじっと待った。わたしから「好き」の言葉を聞くためだけに。

「分かってくれる人」だけなら、そこまで珍しくはないかもしれない。特に私のような分かりやすいタイプなら、きっと「君のことわかってるよ」と言ってくれる人はいるだろう。(言いたくなるかは別として)でも分かっているうえで、わたしのことばを何時間も待ってくれる人はどれだけいるだろうか?ここまで、不器用なわたしの気持ちを尊重しようとしてくれる人はほかに出会っていない。

スニーカーは安心感がある履き心地だけではなく、「どこへでも行ける」自由がある。スニーカーの安定感があれば、遠い場所もでこぼこ道もずんずんと歩いて行ける。同じように、恋人のことばがあればどんな挑戦もできてしまう気がする。きっと私は強くなった。あんまり言いたくないけど、本当にいい人に出会ったなぁとしみじみ感じる。

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