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漫画家んちの子

そういえば中学生の頃漫画家んちの子になりたかった

 私が鈴木光明さんの「少女まんが入門」という本に出会ったのは中学3年生の時だった。中学2年生で「銀河鉄道999」の劇場版にハマった後自然とアニメから漫画へ興味が移行していき、一緒に漫画を描く友達もできた頃だった。「少女まんが入門」は漫画の描き方がとても具体的に実用的に書かれている良書で、端から端まで舐めるように読んだ。漫画の道具を売っている画材店や紙の専門店を探して、お小遣いをもらうたびに本に紹介されている道具を少しずつ揃えていくのが楽しみだったし、本に書かれている通りにプロット→ネーム→下描き→ペン入れの流れで漫画を描いてみたり、基本は16ページというのを守って最初の漫画は16ページになるように頑張った。今考えると思いの外ちゃんと漫画家を目指していたのかもしれない。
 その「少女まんが入門」に漫画家のお家訪問みたいなコラムがあった。私はこれを読んで、もしウチが漫画家んちだったらと妄想していた。元々「こんな家に住みたい妄想」は小学生の頃から好きで秘密基地やツリーハウスのような子供らしいものからお店と住居がくっついている家だったり周りがぐるりと縁側で繋がっている古民家みたいな渋いものまで間取りを思い描いていた。なので、頭のなかで漫画家んちの子だったらこんな家に住んでたりして妄想は大好きな遊びのひとつだった。まず漫画で一山当ててお金は潤沢にある設定なので、スクリーントーンなんて色んな種類が自宅に揃ってて使いたい放題なのだ。漫画家+贅沢がスクリーントーンに直結しているあたり、すごくあの頃っぽい。それから漫画の資料と称して面白アイテムやおしゃれな雑貨があったり、図書館みたいな部屋がある。そして、なんといっても親の前で堂々と漫画描いてても勉強しなさいと言われないパラダイスなのだ…。

漫画家んちの子は青い鳥よりも身近なところにいた

 ところが、人生は不思議なもので、私自身が漫画家にならなくても漫画家と結婚してしまったので、生まれた子供は私の憧れた漫画家んちの子なのである。私にとって一番身近な娘は、当たり前だが生まれながらにして何の苦労もなく漫画家の娘の肩書をもっているのだ。だが、実際の漫画家の娘は想像していたのとはずいぶん違っていた。まず、すっかりデジタル化しているのでスクリーントーン使い放題どころか、そんな面倒くさいもの使いたくない。一応Gペンを使ってペン入れを経験させたことはあるが、やはりペンタブの方が手に馴染んでいる。娘は漫画家の娘だけれど、同時にパソコン雑誌の編集者の娘でもあったので、相当なデジタルネイティブなのだ。
 もちろん漫画の資料のアイテムはたくさんあった。野球道具、バスケゴール、釣り竿、電動ドリル、たくさんあったけれど娘には興味のないものばかりだった。資料や写真集もたくさんある。たくさんあるので本棚に収まりきらず床から積み上がっている。資料だけではない。出版した本の在庫や個人で作った同人誌の在庫も積み上がっている。そして、親の前で漫画を描いても怒られないどころか、親の漫画を手伝わされる始末。原稿の手伝いの他にも即売会の売り子や同人誌書店への納品を任されたりもする。
 でも、いいこともある。彼女自身の作る動画や同人誌の手伝いに漫画家の父や編集者兼イラストレーターの母を動員できることだ。家に居ながらにしてネームをチェックしてもらったり直しの相談をしたり、時間がないときは背景まで描いてもらえる。意外と役立つのがデジタルで描いたイラストを4色印刷に出すときの色の手直しを手伝ってもらえることだ。プロの経験と勘が気軽に使えるところにあるのは、他所の家にはない便利さだろう。

すぐそこにある憧れの世界

 生まれた時からすぐとなりに漫画があるような環境に居ると強い憧れのような感覚はもちろんない。私が中高生のころ漫画やアニメに感じていたキラキラした別世界を覗いているような感覚はないんだろうなと思う。例えば前述の「銀河鉄道999」は私にとって未来で宇宙の彼方の世界で、それを作った東映アニメーションといえばどこか自分の現実とは違う場所にあった。だが、娘にとって東映アニメーションは歩いて行けるくらい近所にあって、小さい頃たまたま見学日に通りかかって「どれみちゃんができるまで」みたいなコースを見学したり、中学校の「職業調べ」で電話かけてインタビューを申し込んだりする地元の産業だった。幼児の頃、好きでいつも見ていた「おジャ魔女どれみ」ですら、憧れの異世界ではなく、具体的に何処でどうやって作られているのか知ってる、いわば自分と地続きな存在なのだ。
 しかし、彼女にとって漫画がただの「仕事」だったかといえば、そんなことはなく、漫画家になりたいと思ったこともあるらしい。「ネットで人気になってフォロワーがたくさんいて、ちょっと落書き垂れ流してもファボがたくさん付いちゃうようなシチュエーションに憧れる~」とのことだ。やはり私が中高生の頃とは漫画家の概念が違う。まあ娘には私達を踏み台にして次世代の表現者になってほしいと願っている。

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