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無給医の聞いてほしい独り言 ー前編ー

私は、初期臨床研修終了後、首都圏の大学病院の某科(内科系)に入局し、専攻医として4年、大学院生として4年。計8年の無給医生活を過ごしました。
この無給医体制について、入局当初から感じてきた違和感は、ふつふつと沸き上がって大きな嫌悪感になっていきましたが、やめるにやめられない事情が重なり、私の場合は、途中で抜け出すことはできませんでした。

なお、大学医局に対しては、(思うところは多々あるものの)、質・量ともにすばらしい経験を得られ、成長させてくれた場であり、深謝していることをはじめに述べておきます。

また、医師でない友人知人の中には、個人事業主あるいは自営業主として、オン・オフの切り替えをし難い環境の中で、労働時間を考慮することもなく働いている方々も多くいることを承知しています。

ここでは、私が経験したこと、特に無給医であったために困ったことをまとめ、記録したいと思います。
世間では列記としたアラフォーになり、医師11年目(入局9年目)でようやく有給医になることができたわけですが、喉元過ぎれば熱さを忘れるような古参にはなりたくない。一般の方にも広く知ってほしい、というのが原動力の一つです。
一方で、今後進路として大学病院入局を考えていらっしゃる先生方の参考に、あわよくば無給医体制の改善への道の一助になればと思います。


無給医とは

主に初期臨床研修修了後の、後期研修医(専攻医)や大学院生を指します。
医師免許を持ち、初期研修をきちんと終えて、主に大学病院で保険診療を行っていながら、収入を全く得られない医者。あるいは違法に低額な賃金を得ている医者のことです。

なぜか無給医が生まれるのか?大学の言い分では、大学病院での診療は「自己研鑽」とされているからです。
つまり、自己研鑽の場が大学病院であるというだけで、労働ではないという解釈です。

ちなみに、歴史的に見て、より過酷な状況であった初期臨床研修医については、1998年に関西医科大学の初期臨床研修医が過労死した事件を受け見直されました。
2004年にスタートした新臨床研修制度では、初期臨床研修医は研修に専念すべきとし、アルバイト診療を禁止し給与を支給することが義務付けられました。
2005年には最高裁は初期研修医は労働者であるとの判断を下しています。

その一方で、診療に従事する後期研修医や大学院生が労働者と認められないのはおかしな話です。
実際、入局当初、当然フルタイムで働いていましたが、雇用契約書がありませんでした。
2018年以後、初めて手にした雇用契約書には、「給与なし」と明記されていました。

無給医の歴史や課題については、医師労働研究センター植山氏によって、詳細にまとめられていますので、ぜひご参照くださればと思います。

無給医問題に関する考察 ~歴史と背景および求められる対応

さて、2018年に無給医に関わる報道があったのを契機に、文科省の主導で調査が行われました。対象は31801人、うち、無給医は2191人と公表されました。しかしそれは氷山の一角と言われています。

「大学病院で診療に従事する教員等以外の医師・歯科医師に対する処遇に関する調査」の公表について:文部科学省 (mext.go.jp)

50大学病院で「無給医」2000人超 文科省調査 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

日本経済新聞


それだけ多数の無給医がいて、問題が表面化しなかったのはなぜかでしょうか?
理由の一つは、皆、医師のアルバイト(外勤)で生計を立てられるからです。
もう一つは、専門医や学位などキャリアアップに必要な決定権を医局に握られているという弱みがあるからです。
外勤日(週1~2日程度)以外、フルタイムで大学病院の診療に従事し、さらに当直や夜診のアルバイトをこなしながら、研究活動も行う。収入はアルバイトのみ!それが無給医です。

無給医の入口 ~勧誘~

無給医の入口は、つまり、大学医局に入局することです。
初期臨床研修医は、その後の進路を考えるにあたり、各大学各科の入局説明会に参加したり、市中病院の後期研修制度の説明会に参加したりします。そして、現役先輩医師からの勧誘を受けます。

収入について、私が医局の先輩医師から言われたことは次のとおりです。
 「収入が少なくて困ることはない」
 「外勤は安定して行くことができる」
 「初年度から1000万円くらい稼げると思う」

こうして、大学からの待遇が無給であることを、特に不安や疑問に思うこともなく、勉強したい分野を大いに勉強するぞという志を持って入局を決めました。
このときの私は、学会の規定通り、入局3年目には専門医も取得できることを想定し、順調なキャリアアップが当然のように叶うことと考えていました。

はじめの違和感 ~雇用保険、社会保険、福利厚生~

安定した収入が得られそうなことは理解しました。しかし、雇用保険にも社会保険にも加入ができないことは、働き始めてから知りました。
国民健康保険か、医師国民健康保険というものに入らなければいけないらしい!
わけもわからないまま、大学の医師会へ加入し、医師国民健康保健に加入しました。また、国民年金の納付を開始しました。

医局内で、学年の近い先輩達はみな無給医です。当然、同期達も無給医。無給医であるということに違和感を感じにくい環境でした。
医局内のヒエラルキーの中で、トップ2割くらいの先生方を「スタッフ」と呼ぶことを知りました。つまり、医学博士を取得され、「助教」以上の肩書きがついた有給の先生方です。
スタッフは、あまりに遠い存在であり、気安くお話できるような立場の先生方ではありませんでした。
ただ、スタッフの先生方は雇用保険にも社会保険にも加入していて、ボーナスがあり、有給休暇があり、退職金がありそうだということは、噂で耳にしました。
本来労働者として享受できるはずの福利厚生を、自分にはとても畏れ多いこと、無くて当然のことと思ってしまっていたことは、一種の洗脳状態だったのではないか、と今では思います。

外勤は生命線

無給医にとって、外勤は唯一の収入源であり、生命線です。
どうしようもなく体調不良のときがあっても、休めば収入ゼロと思うと、這ってでも外勤には行くのでした。
また、夏季に長期休暇を取る際も、外勤を休むか、休暇を優先するかというジレンマを毎年感じました。
逆に、誰かが外勤をお休みするときは、医局内で代行者を出すので、急に外勤が増えてラッキー!となることもあります。

私の医局では、平均 週1.5日の外勤をもらっていました。
医局内で外勤者が多くなってしまう曜日が必ずあり、そういうときは大学病院の診療そのものが手薄になる上、外勤欠勤者の代行を出すのが困難、という状況もありました。
手薄ながら、大学病院での診療は滞らないように、その日外勤でない医者同士、最低限カバーし合います。

しかし、患者さん・ご家族への説明、急変時の対応、方針決定、カンファレンスの準備などは、担当医が行う習慣でした。
外勤者は、外勤が終わってから…20時、21時を過ぎてから…大学病院に出勤し、仕事をするのが当たり前の光景でした。

ひとことに週1.5日と言っても、1日8時間の外勤先も、10時間の外勤先もあります。
時給が異なる場合もあります。
徒歩圏内の外勤先もあれば、電車やバスを乗り継いで1時間以上かけて行く郊外の外勤先もあります。
当直バイトも外勤と言えますが、バリエーションが多岐にわたります。
医局からの指示で定期あるいは不定期に行く場合の他、個人で契約して外勤している場合もあります。
外勤先としても、「寝当直」のところ(=宿直)と、いつも一睡もできないところ(=夜勤)がありますし、救急車の受け入れを行ったり入院させたりすると、インセンティブが付くところもあります。
当然、不公平感は生まれますし、大概、条件の悪い外勤は若手にあてがわれるのでした。

おまけ 大学病院 無給医の勤務スケジュール

内科系無給医のスケジュール

内科系の無給臨床医の1週間のスケジュールを作成してみました。

前述のように、外勤が終わってから病棟業務、一日中カンファレンスの日は研究会が終わってから病棟業務、というのは、ごく一般的な流れになっていました。
ちなみに大学院生では、病棟業務のさらに後の時間になってから、研究室で研究にいそしんだり、論文を書いたりしています。

大学ですから、とにかくミーティング、カンファレンスが多いです。アカデミックなカンファレンスで発表するときには、その準備(上級医への相談、自習、資料作成など)にも追われます。

比較的余裕のある土曜日や、義務ではないものの患者さんの様子をチェックしに来る日曜日には、サマリーを書いたり、レセプトをチェックしたりする仕事をまとめてしていました。
また、患者様・ご家族が休日しか都合がつかない場合は、土日にインフォームドコンセント(病状の説明など)の予定を入れることもありました。

大学病院では、多くの無給医が外勤に行っているために、診療体制が手薄になるという実態もあります。
夜中や休日に患者さんの元を訪れる医師は、ただ熱心だというだけでなく、それしか時間がない、そしてそのときには疲労しきっているという可能性もあるのです。


無給医を当たり前に受け入れてしまう環境、そして、連日長時間にわたって真面目に働かざるを得ない状況をおわかりいただけましたでしょうか・・・

無給医は、労働実態に見合った雇用契約を締結していない医師です。
無給ですから当然、労働時間で換算した際には、最低賃金を支払われていないです。
また、労働実態から考えると雇用保険、社会保険に加入する資格があるにもかかわらず、雇用契約が締結されない(あるいは実態とかけ離れていて不適切)ために、保険加入ができないのです。

2020年、新型コロナウイルス第一波流行時には、大学院生をはじめとする、雇用契約をしていない無給医が、コロナ治療の最前線に送りこまれました。
相変わらず労働実態を認められない状況の中、罹患するかもしれない、労災が下りないかもしれないという恐怖にもさらされた経験は、無給医という存在について、より強く憤りを感じるきっかけになりました。

こちらについては、無給医問題はじめ、医師の労務問題に取り組んでいらっしゃる、あらきん弁護士も述べておられますので、ぜひご参照ください。

「無給医問題」の真の問題は、「労基法に従った待遇がされていな医」こと。|あらきん*弁護士|note

COVID-19が大学院生(いわゆる無給医)に与える影響|あらきん*弁護士|note

無給医の聞いてほしい独り言 ー後編ー|ゆっきんちょ|note では、
 ◇ライフステージの変化に伴う困難 ~妊娠、出産~
 ◇管理されない恐怖 ①労働時間
 ◇管理されない恐怖 ②被ばく量
 ◇なぜやめられなかったのか
について述べていきます。併せて読んでくだされば幸いです。


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