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無給医の聞いてほしい独り言 ー後編ー

私は、初期臨床研修終了後、首都圏の大学病院の某科(内科系)に入局し、専攻医として4年、大学院生として4年。計8年の無給医生活を過ごしました。

無給医の聞いてほしい独り言 ー前編ー では、まっとうな志を胸に抱いて入局した私自身が、無給医を当たり前に受け入れてしまった環境、そして、連日長時間労働を強いられた状況についてお話しました。

また、無給医が労働実態に見合った雇用契約を締結していない医師であること、最低賃金を支払われていないことに触れました。
また、労働実態から考えると雇用保険、社会保険に加入する資格があるにもかかわらず、雇用契約が締結されない(あるいは実態とかけ離れていて不適切)ために、保険加入ができない現状についても述べました。

無給医がどんな存在か、まったくご存知ない方は、ぜひ 前編 から読んでいただければと思います。

後編では、少し女性医師に特化したお話になりますが、妊娠、出産を機に起こったことや、なにごとも管理されていないことがいかに恐怖であるかについて、述べていこうと思います。

ライフステージの変化に伴う困難 ~妊娠、出産~

私は、入局から浅い年月で妊娠しました。幸い安定した妊娠経過でしたので、日中の業務は通常通り続けることができていました。
しかし生じたのは、「当直どうする?」問題です。
私が所属していた医局では、妊娠したら当直を外す、というのが慣習になっていました。大学当直は、忙しさにはムラがあるものの、一晩数千円の安い報酬で、ストレスフルな対応を迫られることが多々あり、自発的にやりたい人は誰もいません。

妊娠する医師が一人出ることは、当直に入れる医師が一人少なくなることです。
当直に入れる医師の負荷は増えるので、当然、歓迎されません。
露骨に苦言を向けられることもありました。また、「私が当直に入れなくなったことによる穴を、誰がどうやって埋めるか」という議題のミーティングに、妊婦である私も参加し、謝罪しなければならない辛い場面もありました…
このように立場を悪くするのが怖くて、妊娠中期以降も自身の妊娠について明らかにせず、当直業務を続けていた女医もいました。
話が逸れました。これらは今後、女医問題についても記載したいので、その際に取り上げようと思います。

さて、この不公平感を拭うため、当直に入れなくなった妊婦医師は、外勤を減らされました
このとき、入局勧誘のときに先輩医師から言われた言葉を思い出しました。

入局勧誘にて先輩医師に言われたこと

妊娠し、当直を外され、生命線である外勤を減らされることで、この前提はいとも簡単に崩れ去ったのでした。
ちなみに、産後、復職した後も、私は家庭環境上、当直に入れなかったので、外勤は減らされた状態で勤務を継続しました。私一人の稼ぎでは、育児などとても難しいような低収入で無給医を継続したのでした。

さて、無給医が妊娠したところで、雇用保険・社会保険に入っていませんから、産前産後休業・育児休業は無いようなものです。
ただ、出産・育児にかかわる費用や給付金については着目すべき点です。
「出産費」(42万円)は、国民健康保険でも、社会保険でも受給することができますが、「出産手当金」なるものは、各々の社会保険が給付しているとのことで、国民健康保険にはありません。
出産手当金|私学共済事業

産休・育休中の保険料免除についても、社会保険では見受けられました。国民健康保険にはありません。対策としては、収入によっては夫の被扶養者になるという方法が考えられます。
出産・育児にかかる掛金等免除と標準報酬月額改定

また、雇用保険の被雇用者が、一定の条件を満たすと育児休業給付金を受給することができます。しかし、雇用保険に加入していない無給医には当然適用されません。
育児休業給付について

(厚生労働省)

おそらく多くの無給医の先生方が、大袈裟に言えば、これらの損失に気付いていないのではないでしょうか。
私自身も、非医師の親族や知人から話を聞いて気付いたことでした。
労働実態に合わせて雇用保険・社会保険に加入できていれば、すべて受給できていたのかと思うと、やはり悔しい思いです。

管理されない恐怖 ①労働時間

突然ですが、私は無給医であったときに、就業者名簿に名前が載ったことはありません。
ホームページ上に紹介されたこともありません。
事業者が名刺を作ってくれたこともありません。
タイムカードもありません。
ただ、掲載があるのは、病院内PHS番号表のみです。
文字通り、名もなき労働者でした。
大学医局からすると、勝手に病院に来て、勝手に何時間かも定かではないような長時間の自己研鑽を積み、勝手に帰宅していた者でした。

内科系無給医のスケジュール例

さて、これは、私が作成した内科系無給医のスケジュール例です。
当直(夜勤相当)を月2回、時間外の当番を月2回行い、定時が8時30分から17時である場合、概算すると、残業時間は103時間/月になります。
外科系で深夜まで手術されるような先生方は、さらに長時間になると想定されます。

労働時間の上限規制は、「過労死ライン」つまり、健康障害に発展する恐れのある時間外労働時間をもとに決められており、労災認定の基準として用いられています。
その基準は、原則として月45時間・年360時間の残業時間です。

一方、2024年4月に本格始動する医師の働き方改革では、残業時間は月100時間(ただし超過した場合は年960時間あるいは1860時間)が上限となっており、一般労働者と比較しても倍以上の残業時間が認められるかたちになります。
医師に限って酷悪な条件に思われますが、これでも上限が設定されたこと、医師の健康確保措置が義務化されたことは大きな変化です。
医師の働き方改革の制度について

スケジュール例を見ますと、内科系無給医で103時間/月の残業をしていますが、「自己研鑽」の大義のもと、その労働実態は認められていません
さらに、個人で契約している当直については、医局も把握していないことが多く、すべての労働時間は管理されていません。
そして、こうした無給医は、健康確保措置の対象にすらならない可能性もあるのです。

大変胸を痛めるエピソードですが、過労死した無給医の例をご紹介します。
鳥取大学医学部附属病院事件
医師(大学院生)は、大学病院にて、緊急手術で完全徹夜した翌夜、医局が派遣した他病院に宿直するため、自家用車を運転していたところ、大型貨物自動車と衝突し、死亡しました。
センターラインオーバー等から、居眠り運転と考えられています。
遺族による訴訟の判決では、月あたり130-200時間の残業時間があったこと、極度の睡眠不足・過労の状態であったこと、大学側の安全配慮義務違反などが認められました。

管理されない恐怖 ②放射線被ばく量

放射線障害防止のための規制の歴史は長く、昭和47年に電離放射線障害防止規則(電離則)が施行されました。
その後複数回の改正を経て、国際基準に合わせるために行われた平成13年の改正においてはすでに、放射線業務従事者の被ばく線量限度が引き下げられたり、被ばく線量記録および健康診断結果の保管期間が延長されたりしています。
直近では、眼の水晶体に係る新たな被ばく限度量などを中心に検討され、令和3年4月1日に新たに改正規則が施行されました。
また、令和2年からは回答任意ではありますが、事業所ごとの対応改善を目的として、自主点検が行われています。

(厚生労働省)

国内外で、これだけ規則が強化されている中で、無給医の被ばく量は管理されているのか。答えはNOです。
これは私の場合であって、他施設・他科においては管理されている可能性はあります。
ただ、医師労働研究センターの声明でも、ガラスバッチ(線量計)の無支給については触れられていました。

私は大学病院で最低週2回、透視下での治療を行っていましたが、無給医であったときに、線量計を支給されたことは一度もありません。
放射線業務従事者としての健康診断、眼科健診を受けたことも一度もありません。
私のトータルの放射線被ばく量は、誰にもわからず仕舞いです。
どうしてこのように振り返ったとき、強くこだわるかというと、放射線業務に従事していた期間には、妊娠期間も含まれていたからです。
妊婦が放射線業務にあたるか否かは、まったくの別問題です。
ですが、自分とお腹の子供の身体を、なんの管理下におかずに被ばくさせてしまったことを考えると、もっとしっかりすべきだったと反省しています。

なぜやめられなかったのか

ここまで、無給医の問題点をあれこれご紹介してきましたが、「だったらやめればよいではないか」というのが素直なご感想ではないでしょうか。
私も、何度も、あらゆるタイミングで、やめたいと思ってきました。

しかし、大学医局独特の、極端なパワーバランスの中で、弱みを握られていては、何も行動を起こせませんでした。

たとえば専門医について。
さまざまな学会の専門医・認定医等がありますが、多くの専門医は、3~5年程度の専門的な後期研修を積むことで、受験資格が得られると公表しています。
私の目指した専門医も、3年で受験することができるものだったので、当然そのつもりでキャリアを考えていました。

しかし、妊娠・出産を経て、産休・育休の期間も考慮した時点で受験したいタイミングがありましたが、たとえフルタイムで勤務していても、当直や当番を他医師のようにできていないことを理由に、受験を認めてもらえませんでした。
専門医を受験する際の申請用紙には、教授や指導医のサインが要るので、教授がNOと言えば、受験は叶わないのです。
このようなローカルルールでは、妊婦・子持ち女性医師のほか、大学院生も専門医を受験させてもらえませんでした。
研究時間を多くとっているため、臨床での労働時間が十分でないというのが理由です。
専門医や学位を取得すると、途端に大学を去ってしまう医師が多いため、少しでも医局に人員をとどめておきたい思惑ではないか、と認識しています。

妊娠・出産・大学院生を経験した私は、ずいぶんと長年大学に貢献した後、ようやく受験を認められたのでした。
学位は大学院での研究成果が認められないと取得できないので仕方ないとしても、専門医は大学病院以外の市中病院でも取得可能なことがあります。
ただ、「あと少しで受験させてもらえるはずだ…あと少し、もう少し」と続けているうちに、「ここまでがんばったのだから、今大学を去ったらもったいない」という気持ちが強くなってしまいました。
これは私の思い切りが足りなかったせいでもあるので、個人差があることと思います。

* * * * *

後編では、雇用保険・社会保険に加入できる労働実態があるにもかかわらず、加入させてもらえないことを背景に、保険料の免除がされなかったり、給付金を受給できなかったりと、損失を被っていることを述べました。
次に、無給医のスケジュール例、過労死の事例も交えて、労働時間が管理されない問題の大きさについて述べました。
放射線被ばく量は、現代では国際的に厳しく管理されている風潮の中で、無給医の被ばく量が測定されていないこともある、という事実も述べました。
最後に、つらい無給医生活をやめたくてもやめられなかった事情について述べました。

いかがだったでしょうか。
前編冒頭にも述べましたが、臨床においても、研究においても、大学でしか積めない経験は多々あり、これらを経験できたことには本当に感謝しています。
大学で学びたい、研究したい、キャリアを重ねたいという、せっかくの志やエネルギーを持った医師たちが、「無給医」のせいで何かを諦めたり、心や身体を痛めたりすることが、少しでも無くなればよいと願っています。

最後までお読みいただきありがとうございました。

無給医の聞いてほしい独り言 ー前編ー|ゆっきんちょ|note では、
 ◇無給医とは
 ◇無給医の入口 ~勧誘~
 ◇はじめての違和感 ~雇用保険、社会保険、福利厚生~
 ◇外勤は生命線
 〇おまけ 大学病院 無給医の勤務スケジュール
等について述べています。併せて読んでくだされば幸いです。


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