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小説『衝撃の片想い』シンプル版 【第一話】⑦

【未来が見えるデバイスAZ】

「AZの画面に触れるとスイッチが入ります」
シートベルトを外すと、ゆう子はすぐにテーブルの上にAZを出した。風船が膨らむように、それは、ゆう子の手元に現れた。
画面に触れると表面がグリーンに光る。
すぐ近くにキャビンアテンダントがいたが、キャビンアテンダントは気にしてない。
――見えない?
「あの、すみません。電子機器を使っていいんですか」
友哉が若いキャビンアテンダントに訊くと、
「電源を入れてないようですから」
彼女はゆう子とAZを見て言った。
ゆう子が、「ふふふ」と声に出した。
「どう?未来のコンピューターは?」
「本当に未来のだと思ってるのか」
「少し」
友哉とゆう子が、自称未来人のトキからもらったものは、未来の世界の技術が埋め込まれている、と彼が言った指輪、拳銃、そしてゆう子が使うAZというコンピューターだった。
指輪と拳銃はこの時代のものに未来の技術を埋め込んであり、見た目は普通の指輪、普通の拳銃だった。
「ちょっと俺にも見せて」
友哉が手を伸ばすと、ゆう子がきりっとした表情で、「わたしにしか反応しません」と言った。
液晶のような画面には、◆位置情報 ◆日時情報 ◆ダークレベル ◆転送 ◆原因 五つの主要ボタンがあった。タッチ式で凹凸はない。上部に空白があり、そこに緑色のテキストが浮かんでいる。
「日本語版?」
失笑してしまう友哉。
「今、バカにしましたね。うん。日本語がめちゃくちゃなパソコンって感じです」
【ワルシャワ テロ事件 死者十人以上】
などと書かれていた。
「日時を入れると勝手に出てくる。日本では…明日、よくある殺人事件は一件見えますね」
友哉の視線を感じてそう答える。
「その殺人事件はどうでもいいのか」
「それを判断するのはわたしです。今のところは被害者の数を重視して、そのうち先生の意見も取り入れます」
「そうか。つまり未来が見える?」
「そうです。先生に片想いの理由はそれです」
「なるほど。俺と君が結婚する未来がそのデバイスで見えるんだ」
「またバカにした」
「当たり前だよ」
友哉がそっぽを向くと、ゆう子が「失礼します」と言いながら彼の顔を掴んで自分に向けさせた。
「恋バナも嫌、仕事の話も嫌ですか」
「仕事の話を聞きたいのに、君がずっと恋バナをしていた」
「あっそう。友哉さんの…先生の仕事のサポートをわたしがします。友哉さんの居場所を常にこのタブレット上で確認できるようになっていて、浮気もばれます」
ゆう子は説明するためか淡々と言った。だが友哉が、
「浮気? 俺はおまえの彼氏じゃないぞ」
間髪入れずに言うと、
「ご、ごめんなさい」
ゆう子が顔を強張らせて、目を伏せた。
「調子に乗ってるね。わたしが友哉さん…先生を怒らせるようなことを言ったらだめだよね。癒すためにやってきたのに。ごめんなさい」
「癒す? 別に疲れてはいない」
「はあ?」
ゆう子が口を大きく開けた。目も丸めてる。
「ちょっと前に、生原稿とか誰かの写真をシュレッダーにかけて泣き崩れてましたよね」
「え? なんで知ってるんだ。いや、シュレッダーにはかけたが泣いてない」
「泣いてるように見えました」
「見えた?」
「だから、トキさんが見せてくれた夢の映像」
「なんであの男が俺の部屋を盗撮してたんだ。犯罪だぞ」
「知らないですよ。わたしは共犯者じゃなくて、トキさんが勝手に見せてくれたんです。あ、先生もわたしの過去を本当は見てるとか」
「見てない。そっちは見てて、こっちは見てないから揉めてるんだ」
トキという自称未来の男が、なぜ、自分には彼女のデータを教えなかったのかは聞いていた。
『女性は自分の過去の男性経験を知られるのは嫌なものです』
当たり障りのない説明だったが、友哉は「それは仕方ないな」と大きく頷いてしまっていた。
「まあいいよ。呼び方も友哉でいい。呼び捨てはだめだ。恋人じゃない」
「わあ、友哉さんって呼べるんだ。嬉しいな。ゆうゆうコンビだ」
本当に嬉しそうに笑って、ゆう子は上着を脱いだ。腕が見えただけで、色気がほとばしる。艶やかな肌、まるで雪のように真っ白だった。少しボーイッシュな喋り方のせいか、時折出てしまう余分な色気を取り除き、だから清潔感もあり、見た目に関しては完璧だと、友哉は改めて思った。
「日時情報は、テロや凶悪な事件がいつあるか。翌日や一か月以内にあるかを調べるもので、転送は、俗に言うテレポテーションさせる項目です」
「転送? じゃあ、飛行機を使わずにワルシャワまで飛ばせよ」
「それをやるとですねえ…」
ゆう子は、さかんにAZの画面を操作しはじめた。何かの計算をしている。
「体力回復まで七時間二十二分三十五秒。仮眠、または仮死状態が約六分です。友哉さんが寝ている間にテロが起こってしまったら意味がないので、飛行機で先に現地入りするんですよ。短い距離なら、体力が回復するまで数分だからやってもいいけど」
「瞬間移動は、俺自身が勝手にすることもできるってトキから聞いているが、まさかそれも本当か」
「何もかも本当です。わたしが体力の回復時間を計算してからの方がいいですよ。位置も分からないで飛んだら、違うどっかにいっちゃうらしいし。友哉さんの意思でやるのは命の危険がある時の緊急用ですね」
「へー。次は?」
「はい。ダークレベルは、目の前の相手が、殺していい人間かそうじゃないかを判断する数値です。1、2、3は殺さなくていい人間。4は殺した方が無難。5は殺さないといけない人間。正確に言うと、殺さないと友哉さんが殺されちゃうってことです。トキさん、殺人は嫌いだけど君たちの世界では仕方ないって言ってた。ちなみに、わたし1です。おかしいな。2か3だと思ってた。こらしめて反省させる必要がある女ってこと」
「ほう。何をしでかしたんだ」
「そのうちに分かりますよ。お酒、大好きで酒乱だし。もっと悪女だと思う。だから1じゃないと思うけどなあ。友哉さんは意外と2です。こらしめるだけではなく、少し罰を与えるレベルです」
「他人や法から勝手に罰は受けないし、正義の味方にもならない」
「だから選ばれた男の人なんですね」
含蓄のあることを言うが、それを無視し、
「次」と続きを促す。
「原因は、分からないことがあった時にタッチするとAZが教えてくれるそうです。検索みたいなもので、うん、トキさんの書き間違い。これは正しくは検索ですね。他にもよくわかんない日本語がいっぱい。死語とかも。パンツがズボンなのはいいとしても、自決とかね。処女とか。つまり、漢字にしたがっているのが分かる。ポーランドじゃなくて波蘭だらねえ。なんのこったら分からなかった」
「彼はきっと、自分が未来人だって主張したいんだよ」
「本物の未来人だと思いますよ。だって、このボタンからハッキングもできるので。わたしのような素人が」
「誰かのコンピューターに侵入できるのか」
「簡単に出来ます。CIAにも」
「なんだって!」
友哉が大きな声を出したらゆう子が唇に指をあてて「しー」と言った。
「今のはかわいい。いや、政府機関のファイアウォールを破れるのか」
「かわいい?」
ゆう子が肩をすぼめるようにして微笑んだ。もっとかわいくしようとしている。
「かわいいよ。で、政府機関のファイアウォールを破れるのか」
友哉は真顔だ。だとしたら、世界を変えてしまう大変な事態にもなりうる。
「うん。その必要があれば」
「その必要って?」
「CIAが友哉さんやわたしの敵になったら、この原因に触れて、友哉さんを狙う人間のデータにアクセスできたりする…らしい」
「らしい?」
「やったことがない」
「なんだよ」
苦笑してしまう。すると、ゆう子が、
「ほらほら、楽しくなってきた」
と、顔を年老いた魔女のように笑わせて言う。
「魔術師の芝居?」
「わたしとあなたは運命の赤い糸で結ばれている…らしい」
「また、らしいか」
友哉がそっぽを向くと、ゆう子は不機嫌になって、大きく息を吐き出しながら、
「昔、友哉さんとセックスをして、高級鞄やゴルフセットを買ってもらった後に、すぐにいなくなったAV女優にアクセスしてみました。原因に触れた後、その人の名前や顔写真の画像を入れる。わたしのスマホと繋がっているの。その女のデータを見たこのAZが女を調べて良いか、OKを出すか出さないかってことです。それでOKが出ましたよ。友哉さんがきっと、金を返せって怒っていたからできたと思う。または彼女が友哉さんを恨んでいて、殺そうと思っている。ま、それはないか。もらうだけもらったんだからね。本名が川添奈那子。AV名は「神川菜々子」でやってる。出身地は千葉県佐倉市。年齢が今、二十九歳。身長159㎝。体重48kg。今もソープと裏AVでバイトしている。男性経験数はAVを除いても三千人くらい。それは彼女のパソコンと携帯の中の電話帳や画像や動画で推測したんだけど」
と教えた。
「おい、普通に犯罪だぞ」
「練習だよ。それに、男のひととちょっとセックスしただけで大金をもらったら、さっといなくなる女は逮捕した方がいいよ」
「逮捕するほどでもないと思うが」
「甘い。だけど友哉さんが怒っているからアクセスできたんですよ」
「最後の日に勝手に財布から金を取って帰ったから怒ってるんだ」
「それ窃盗じゃん。なんだ。だから侵入できたんだよ。犯罪者には侵入できるみたい」
言葉遣いがタメ口になっている。話に熱中している。
「俺の敵や悪い奴のパソコンやスマートフォン、政府機関のコンピュータに侵入して、調べられるってことか」
「そうです。友哉さんの敵、または悪い奴にです」
「CIAにも悪い奴はいるよ。だけど、暇潰しにそういう危険な、つまり機密情報が満載の機関には侵入するな。今、戦争をしてる国で、捕まった一般市民が虐殺されかけてるとして、その現場に行けるか?」
「座標調べますよ。頭がおかしくなった兵士を殺しに行ってくれますか」
「あ、ああ、今度ね」
さらっと言われて、友哉は声を上擦らせた。
「トキも言っていたが、例えばその位置が捕捉できれば、RDが組み込まれた俺のワルサーPPKで撃てるそうだ。ビルの屋上から」
「やった。今度やりましょう」
またさらっと言う。友哉が釘を刺すように、
「それが正しくなるかどうか分からないんだよ」
と、だが優しく言った。
「正しいに決まってるよ」
ゆう子の方は反抗的に言う。トキが「秘書になる女性は正義感が強い」と言っていたが、それが顕れていると友哉は分かった。
「そいつを撃ち殺した後、やられた国が怒って核戦争になったら?」
「…あ、そんな映画、あった」
「トップの一人が暗殺されたその国で内乱が起こってしまったら?」
「ごめんなさい」
「いいんだ。正義感を単純に振りかざすと、その正義の味方は悪になるんだ。どちらのイデオロギーが正しいかも分からない」
「先生、善悪の判断を教えてください。AZは悪を探す武器です」
ゆう子が生真面目に言う。
「一緒にいる相手が嫌がる行為を継続して半年間、続けた時。その逆に一方的に短時間で相手を殺した時。後者は一緒にいるいないは関係ない。どちらも結果が見えているからね。格闘技の試合と似ている」
「ギブアップしているのに続けるとかですか」
「そうそう。そして、その逆は試合開始すぐに反則技でKOする。だけど、俺たちの仕事に善悪の判断は特に必要ない。テロリストはすでに前科があって、もうたくさんの人間を殺しているし、国じゃない。本当に俺がテロリストを殺したとしても、敵が誰か分からないだろうから、連鎖的にテロも発生しないと思う。テロリストも父親かも知れないのは気になるがね」
「テロリストも父親?」
ゆう子は目を丸めた。そのままの表情で、
「先生…友哉さん、優しすぎます」
と、まさに呆然とした口調で言った。
「そうだな。今の台詞はなかったことにしてくれ」
「はい。だって、それを考えたら、例えばですよ。ヒトラーが現われたとしたら、やっつけられませんよ」
「ヒトラーは子供がいない」
「あらま」
ゆう子が漫画みたいに頬を赤くした。知識の間違いを口にするのが恥ずかしいようだ。

……続く。

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