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小説『衝撃の片想い』シンプル版【第三話】④

【ゆう子の母親】

●2023年11月18日誤字修正



ゆっくりと、唇を離したゆう子が、
「ちゃんとキスしたの初めてね」
そう言い、少し笑みを浮かばせると、また涙を滲ませた。
「よく泣く女だ。トキには聞かされてたけど、女優だからさすがの俺も芝居か本物の涙かわからん」
「あなたには絶対に勝てないわたしの武器」
「その武器。プラズマシールドでもプロテクトできない。怖すぎる」
「座布団上げましょうか。投げつけて」
ゆう子は人差し指で零れかけた涙を拭いた。
「ムードないなあ」
と言いながら自分のソファに戻った。
また、パンチラポーズで座る。
「下着丸見え以外の刺激物は、俺の体は耐えられるのか。例えば毒物」
友哉が話を元に戻した。
「え? 丸見え? はい。光とガーナラが解毒しますよ。今から死ぬって言うけど、わざとじゃないので。えーと、最強のガーラナを得た男性は低血圧のスタミナ切れで死ぬ以外に死ぬことは寿命以外にほとんどない」
友哉がくすりと笑うと、ゆう子が呼応するように笑って、少し頭を下げた。
「ありがとう。気の効くいいやつだな」
「惚れた?」
「徐々に……。危険を警告するのは? リングが赤く光って」
「まずは世界中の人間のデータがAZに入ってるから、悪い奴が近づくと赤く光る。突然、悪意、殺意を持った人に対しては、リングが脳の異常を検知して、リングを赤く光らせる。同時に友哉さんはプラズマシールドでプロテクトされるから、ワルシャワのテロリストに撃たれても平気だった。だけど、疲れたり、ストレスにやられると、プロテクトが安定しないから、
さっさと戦った方がいいって書いてある」
「さっさと?」
「早急にって書いてありました。ごめんなさい!」
「いや、いいんだ。突っ込みがいがある女の子だと思って」
友哉は笑ったが、ゆう子は口を尖らせただけで、笑わなかった。
「いちいち、うるさいよ。わたしの言いやすいように言い換えてるだけじゃん。それから、わたしが寝ている時に友哉さんに危険があったら、AZが自動的にじゃじゃじゃーんって飛び出してきて、友哉さんが慌てているのをフォローするから安心してね」
「じゃじゃじゃーんはわざとだよね。面白くない。天然じゃないとだめ」
「だから、わたしは寝る時は寝る! 昼寝もする!」
今度はほっぺたを蛙のように膨らませて言った。言葉遣いがおかしいのを突くと不機嫌になるようだった。
「昼寝、好きそうな顔をしてる」
「どんな顔なの!? ああ、大好きさ!昼寝、最強の快楽だ!」
「わかった、わかった。最後にひとつだけ、俺が立てなくなるほど疲れる順序は分かるか」
「大きなケガを治す、大病の患者さんを治す、長距離の転送、プロテクト、余計な腕力を使うの順。腕力は大した事がありません」
「ありがとう。昼寝していいよ」
――なるほど……。都度、考えて判断しないとダメか
「腕時計しないね」
考え事をしていると、ゆう子が唐突に訊いてきた。
「入院中、激やせして、手首が細くなったからやめたんだ。売ってしまった」
「世界時計にしようよ。わたしが買ってあげる」
「そうか。頼もうかな」
考えもなしに生返事をした。ゆう子は、彼がやる気のない返事をしたことに気づかずに、「どんなのにしようかな。プレゼント考えるの、楽しいよね」と明るく言った。

日本では毎日一回は殺人事件が発生している。
だが、ゆう子の記憶にあるほどの大事件は向こう一週間以上なく、最初に目立ったのは、ニートの息子による親殺しの事件だった。
「これはスルーしよう」
ゆう子はそう言った。
「いいのか」
「殺される人が五人以下はほとんどスルーする。友哉さんの体がもたない。それに、金属バットで父親を殺したとか、女子高生が産んだ子供をコインロッカーに捨てたとか親の虐待で幼い子供を殺したとか、介護の…介護殺人とか、そういうのは今の時代はきりがないから」
途中、何度か言葉を止めながら、苦しそうに最後まで言い切った様子だった。
ゆう子の部屋は質素で、女の子特有の縫いぐるみやキャラクターのグッズもなく、目立っていたのは大量の映画のDVDとブルーレイ。洋服、観葉植物。そして高級ワインだった。赤は冷蔵庫の外に雑に置いてあり、白は冷蔵庫の中に入っていた。
いつも清掃業者が来るらしい。トキは家事ができない女だと言っていた。しかし、ワインが適当に置いてある以外は、本や衣類など整理はされている。すべて業者がやっているわけでもないだろう。
清掃業者が週に一回来るらしく、ゆう子は「今週はお休みさせてください」と電話をして、それが彼女が誰かに電話をした最後だった。
携帯の電源を切り、パソコンも開かず、テレビも見ず、時々セックスをして寝て、食べて、シャワーを浴びる生活を一週間していた。
「セックスは楽しいけど、部屋がだんだん散らかっていくが嫌なんだよね」
快感の余韻でベッドから出られなくなったゆう子が、床に落ちている雑誌を見て、途方に暮れたような表情を見せた。
友哉は、ゆう子が寝ている間になるべく、部屋の片づけをしていた。綺麗だった部屋が少し散らかった程度のものを掃除するのは苦ではなく、キッチンの洗い物もした。離婚してから少しの間だが、一人暮らしになっていたから、それも苦ではない。
結婚する前は、姉と二人暮らしで家事は分担していたから、それを思い出してもできる。
――姉さんのことは?
「ゆう子、俺が結婚する前の家族は全員知ってるのか?」
「家族? お父さん、お母さん、お姉さん」
「知ってるのか。じゃあ、いいよ」
「お母様とお姉さんは、いつか捜しに行ってね」
「会いたいとは思わない。どこにいるかも知らない」
「AZも教えてくれない」
「?」
――ゆう子に教えている俺のプライバシーと教えないプライバシーは……。なるほど、教えないのは涼子の関係か。なぜ?
「ねえ、お姫様抱っこしてみて」
「はあ? 断る。言われてするやつか、それ」
「元カノと比べてよ。勝負だ」
「何を比べるんだ」
「体重」
友哉が言葉を失っていると、
「う、負けてるんだ。戦うまでもなく……」
また、泣きべそをかいた。
「休養記者会見から食べまくりで、4kg増。成田から飛行機の中で飲んで食べて、今、52kgじゃないか」
「な、なんで分かるの?」
「見たら分かる」
「こ、怖い。別れてくれますか」
「早いな。付き合ってないが」
「元カノは何キロ?」
「聞いてどうする?」
「負けない」
「やめておけ。そこは勝てない。他で勝負した方がいいよ」
「あ、ああ……」
大袈裟に崩れ落ちた。
「その小芝居、やめたら?」
「わたしも華奢。ふともも除く」
「気にするな。君が言わせたんだし。それと、元カノの話をさせないでほしい」
「あ、うん。ごめんなさい」
それほど反省した様子を見せずに、冷蔵庫の前に座った。
背の高い友哉から死角になる。
よく見ると、体の動きを一切止め、冷蔵庫の中をじっと見ていて、しばらくすると、
「ワインがなくなってきたな」
と残念そうに言った。すぐに分かりそうなものを、なぜ、長い時間、冷蔵庫を開けて見ているのかも分からない。
――面白い女だ。小説にも使えそうなくらい、変わってる。
だが、ゆう子は芸能界のことも自分の過去も話さない。
清純派でスキャンダルがない女優は、親しくなった男にも自分を隠すのだろうか。
と、友哉は思って、
「お喋りをして、昼寝をして、たまにテロリストや殺人犯と戦いながら、三年後のその日を待つのか」
と、暁の夜明けに訊いた。
「うん」
即答だった。
「恋愛にコンプレックスがあるみたいだな」
「あったらいけないの?」
「今の神妙な表情が本当の君。ふざけてるのはお芝居。明るく振る舞おうと頑張るのはいいことだ。疲れたら、言いなさい」
「……」
ゆう子はワインを舐めるようにして飲んだ。
「分かったように断言ばかりするね」
「違うなら違うんでいいよ」
「変わろうとするのはだめなことなの?」
「昔の自分が嫌いならいいことだ。だから、疲れたら休め」
ゆう子は考える素振りを見せ、
「お母さんが嫌いなの」
と言った。
「友哉さんに会わせたかった」
「俺に?」
「女の屁理屈が服を着て歩いてるような女。友哉さんはなんでも論破できるから。お母さんは友哉さんには勝てない。あの女は天才は知らない。テロリストに立ち向かう勇敢な……。夕映えの兵士みたいな男の人も」
「夕映えの?」
「映画で観た。子供の頃に。わたしの理想の男性です。あなたです」
ゆう子はワイングラスを持ったまま、友哉の横に座った。
「わたしは負けない。あの母親にも。……あなたの……ごめんなさい。言わせて」
「いいよ」
「お見舞いに来なかった女にも」
「……お母さんは亡くなったのか」
ゆう子は黙って頷いた。
「人間の本質は偽善。お母さんのことか」
「そう。あなたの病院に来なかった女も」
また、敵意剥き出しに言った。
友哉は何も答えない。
朝焼けの光で、友哉の頬が夕陽の色に変わった。



――こんなに問い詰めても答えない。病院に来なかった女が、なぜ病院に来なかったのか、彼は知らない。それか…
――事故の前後に亡くなったのか。元カノじゃないかも知れない。そう……
……まだ別れてないんだ。
どちらにしても聞くのは怖すぎる。
お母さんが死んでると教えたのに、顔色を変えなかった。わたしに興味がないのか、母親を憎んでいるのに気付いていた。
気付いてたのか、

稀代の天才、佐々木友哉。

トキさんたちの希望の……たぶん兵士。
夕映えの……。
『あんたは美人だけど、女らしいことが何も出来ないから、抱かれたらすぐに棄てられるだけだよ』
見たか、奥原杏里。お母さん。
あんたが遊んでいた男たちと比べ物にならない、勇敢な天才にわたしは抱かれた。
そして、友哉さんは約束してくれた。

三年間、離れないって。

彼が約束は破らないのをわたしは知っている。

わたしは彼を、

―――信じてる。

第三話 了


普段は自己啓発をやっていますが、小説、写真が死ぬほど好きです。サポートしていただいたら、どんどん撮影でき、書けます。また、イラストなどの絵も好きなので、表紙に使うクリエイターの方も積極的にサポートしていきます。よろしくお願いします。