黒澤優子 己について語る

—作家になる前はどんなことをしてたんですか?

短大生のときからライターのバイトをしてて、卒業後その流れで雑誌と漫画の編集者を二年半ぐらいやりました。漫画家さんを何人か担当して、中でも臼倉若菜さんの四コマ漫画には「くろちゃん」っていうキャラクターで毎週出演もしてて(笑)。パチンコを打ちながらどうでもいいことをくっちゃべって、それがネタになるっていう構成だったんですが、当時つきあってた彼の頭髪をネタにして喋ったことがそのまま漫画になって出てきたときは泣いて変えてもらいました。その彼はハゲてることをメチャクチャ気にしてたから。そのとき編集長には「おまえ作家が出してきたものを自分の都合で変えさせるとか編集者としてマジありえねー」って物凄く怒られましたけどね。編集者には向いてなかったみたいです。

それからロンドン留学してヒーリングの勉強をしたり、名前は出なかったけど藤原新也さんの『メメント・モリ』を英訳したり、新宿ゴールデン街でバーテンをやったりしてました。実家が福島なんですが、東日本大震災の時はちょうど実家に帰ってひたすら拭き掃除とかしてた時期で、そこで被災しました。そのあいだもずっと創作はしてて、それを纏めたのが今回上梓させていただく『トウモコロシ』です。

—作家になると決めたのはいつですか?

作家っていう職業があることを知らなかったんですが、ほんとに子供の頃で。コナン・ドイルの本が凄く好きで、学校の図書館でシャーロック・ホームズのシリーズを読んで「ああ、こういうのを書く人になりたいなあ」と思ったのが始まりです。あと憶えてるのは、小学校二年生か三年生ぐらいの時、国語の授業で詩を書いたんです。それがみんなの前で先生にほめられて。どんなこと書いたか忘れちゃったんだけど、「も〜黒澤さんは詩の天才ですねぇ〜」なんて(笑)。それも大きいと思います。物心ついたぐらいの頃から、書く人、表現する人になりたいとは思ってて、そこから一度もぶれてません。

—文学少女というか、読書っ子だったんですか?

偏った(笑)。好きなものしか読まない読書っ子でした。ホームズのシリーズは読み終わるのが悲しいくらいだったし、まだ字が読めなかった頃から講談社の「世界のメルヘン」シリーズのアンデルセンの巻をバイブルのようにしてました。絵がきれいで怖くて、お話も綺麗事だけじゃなくて人間のエゴとかもしっかり書いてて面白かった。母にせがんで何度も読んでもらってましたね。あと日本昔話の全集みたいなやつとかも。実家が臨済宗のお寺なんですが、そのせいか本はたくさんあったんですよ。

中学・高校の頃も、そんなに読書家というタイプではなかったんだけど本は好きでした。高校の時は茶道部に一瞬はいったんだけど、おごそかな雰囲気で笑い転げちゃって、こりゃ駄目だと思ってやめました。スポーツは小学校の時テニスを少しやってました。うちの父が教えてたので。家の目の前がテニスコートでした。ラケットで尻を叩かれたりしてホントに嫌いと思ったり。

小学生の頃から作家になりたいとは思ってたんだけど、書いたことはなかったんです。ちゃんと書き始めたのは十八歳ぐらいの時に、日記風のエッセイを書いてみたのが最初かな。「ナントカの戯れ言」みたいなタイトルで。それは親に読ませたんだけど、「全然ダメだな」みたいなこと言われて。それからちょっと空いて、きちんと原稿用紙に向かって創作を始めた最初の作品は『トウモコロシ』にも入ってる「ポリスマン」です。二十二歳の時です。

あるとき電車に乗って座ってて、ふと「あれ? なんだかこうしてる自分はとうもろこしの粒みたいだぞ」と思ったのがキッカケで、これを書いてみよう、と書き始めたらなぜか「ポリスマン」になったという。その間の経緯はさっぱりわかりません。あれは自分で書いてないというか、勝手に出てきたものだから。

—勝手に出てくることが多いんですか?

そうですね。「イチゴ狩り」もなーんも考えなくてもスラスラ書けた楽な作品。登場人物の名前をどうしようか迷ったくらい。「ベルゼブブ」に至ってはもっと自分の入る余地が皆無というか、憑かれたようになって一晩ぐらいで一気に書きました。逆に「豚」と「サファリ」は構成をちゃんと考えて書き始めたらわけがわからなくなって本当に苦しかった。「サファリ」なんか最初は物凄く長かったんだけど削って削って2ページぐらいになっちゃった。「豚」も今回の単行本収録にあたって当初の形からかなり削って半分ぐらいになってます。

—「せっかく書いたのにもったいない」というふうには考えないんですか?

作品がよくなることのほうが大事だから。なんだか自分は《ことばの彫刻家》みたいなところがあるんじゃないかと思ってて。誰の言葉だったか、大理石の中にはすでに神がデザインした“あるべき形”が埋まっていて、自分はただそれを取り出すために削ってるだけだ、っていうのが凄く心に残ってて。自分の創作もそうありたいと思います。

「ザクロ」は女の子の初潮の話を書いてみたくて、いろんな人に初めての時どうだったかインタビューしました。「滴」は最初は寝たきりの人の話を書こうと思って、幼なじみの看護師さんにインタビューして、薬の名前とか教えてもらったり。勝手に出てくることもあるけどちゃんと下準備が必要なこともあって、半々ぐらいかな。

—「ベルゼブブ」の語り手は目が見えないという設定ですが、全盲の人の精神生活はなかなか想像しにくいものだと思うんですが、それが矛盾なく描写されているのであらかじめ入念に準備されたのだと思っていました。

いやいやいや(笑)。何も考えてません。あの作品はほんとに勝手に出てきただけで。書きながら「うわー気持ちわりーなー」とか「こんなこと書いていいんだろうか?」とか思ったけど。あれはほんとに凄い作品ですよね。

—黒澤さんの作品にはナルシシズムも全く感じられないし、老若男女いろんな人物になりきって語るスタイルも、自己が稀薄というか、作品それ自体で完結していて作者の顔が見えてこないというか、そういう面があると感じます。あまり、自分がないんですか?

全然そんなことないですよ。私、他人の作品には嫉妬しないんですがもともと嫉妬深いですし。作品では、いろんな人の目線で書けるのが作家としての自分の強みだと思ってます。

—今後の予定を聞かせてください。

今、写真家さんとコラボして、女をテーマにして創作していく「からだシリーズ」「感情シリーズ」というプロジェクトを進めてます。パーツごとに、例えば「おっぱい」に対して写真とことば、「嫉妬」に対して写真とことばの組み合わせを出していくっていう。

小説のほうでも、今いくつか降りてきてる構想があって、どんどん書いていきたい。セクシャリティを思いっきり解放していこうかと思ってます。今回ご縁があって初単行本を出させていただくことになりましたが、私は日本だけにとどまってる気は全然ないですよ。(了)

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