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「Pech!」が持つ哀れみ度は何%⁇

先日、義理母が取ったある行動により、旦那さんがある高額商品を2度買う羽目になった。最終的には返品することができたが、一番大事であった時間的に間に合わないという状況にあり、無駄な心配をし、不必要な時間も使うことになった。
しかしそれに対して、彼女が放った言葉は
「Pech!」だった。

幸いにも旦那さんには聞こえていなかった。
だが、その言葉に私は耳を疑い、子どもたちは背筋が凍りついていた。
私は心の中で「いやいや違うでしょ…あなたが原因で、あなたの息子は大変な思いをしたんですよ…」とつぶやいていた。

Pechとはどういう意味だろうか。

悪運、不運、不幸、凶、難

ついていないというような意味合いだ。

例えば、同僚が電車に乗り遅れ、その後まったく電車が来なく、長時間待ったあげく電車は満員。電車を降りた途端、どしゃ降りの雨でシャワーを浴びたようにずぶ濡れになったときなど、

「Pech gehabt!(ついてなかったね!)」

と言える。


英語やドイツ語を日本語に訳すとき、ニュアンスとしては理解できるが、まったく同じ意味で訳しずらい単語というものがある。
私たちの歴史や文化が異なるのだから、しょうがない。
「お世話になっております」
「お疲れさまでした」
「よろしくお願いします」
なども、微妙に訳しずらい。

kein GlückUnglückPechと同じような意味を持つ。
英語にすると
kein Glück=no luck
Unglück=unluck

という感じだろうか。
イメージ的に「Glück(幸運)」という単語が入っているからか、否定形になっていても、こちらのほうが言葉に哀れみが隠れているような気がする。

運が悪かったね…
不運だったわね…

そこには、「良くないことが起こった相手の気持ちを汲み取り、共感し、心の痛みをわかち合う」という意味が含まれているのではないだろうか。

しかしながら「Pech!」と言いきった際、そこには相手に対する同情の気持ちが微塵も入っていないように受け取れる。
目の前にいる相手は、不運に見舞われ、何らかの困難に出くわした。その人に「Pech!」と言い放つのは、傷口に塩を塗るような印象をどうしても受けてしまう。
実際に私だけでなく、子どもたちも義理母からのひと言に「あれはないよね?」と話していた。ということは、同じような感覚で「Pech!」を受け取ったことになる。
しかも、あまりにもそのひと言が強烈だったので、私たちがそのことをお互いに口に出すまで数日かかっていた。

das Pechは「コールタール」という意味で、あの黒っぽいベタベタした物質である。その昔、猟師たちがコールタールを枝につけ、動けなくなった鳥を捕まえていたようだ。そこからPech=コールタールの罠にハマってしまった可哀想なVogel=鳥で、der Pechvogelと呼ぶようになり、次第にアンラッキーだった人という意味合いで使われるようになったとのこと。


言葉というものは、同じ単語であっても、受け取り手の生まれた環境、育った文化、受けた教育、性格などによって、受ける印象が変わってくる。
前回書いた「ピリオド」ひとつでも、世代によって受け取る感情が違ってくる。

そう考えると「Pech!」が持つ哀れみ度も、人によって違うのであろう。
コールタールにまみれて動けなくなった鳥には100%同情する。だが、私が受ける「Pech!」が持つ哀れみ度は、残念ながら限りなくゼロに近い。


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