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同人活動中断後を語ってみると | バブル崩壊と大不況の頃


今まで同人関係のことばかりを中心に書いてきましたが、ここから先は身辺の事情が大きくなっていきます。
たまりにたまった不満を愚痴として垂れ流すようで筆も進まなかったのですが、あえてこれらを書かせていただきました。


この時期、世の中の動きも同人もいろいろな出来事が立て込んでいたり重なっていたりで、順序立てて書くのが難しいのはすでに書きました。「阪神淡路大震災」や「オウム真理教によるテロ事件」までありましたからね。

これらの事件の前に、世の中のバブル景気が崩壊して景気が一気に悪化していきます。生活そのものが一変しました。
景気の急降下と規制の動きは関係しているような気がします。

くり返しになりますが、「18禁規制」によって、やっと軌道に乗ったように見えた同人活動でしたが、諸々の影響を受けることになりました。

とにかくいろいろなものが見えていましたし手が届くところにいました。
「18禁」作品は得意ではありませんでしたが、作品そのものの面白さは低くても、なにをどうやったら受けるのか、また部数を増やせるのかとか、そういうプロデュース的な側面の面白さも出てきていました。

後は手を動かして同人作品を制作するだけという状態で、こんな規制はきてほしくなかったと言うのが本音です。

 
創作系から路線変更したのは、とにかく同人に投入した資金をなんとか回収したいというのもありました。

特に裏方作業をしていた自分はワープロ専用機も自費で購入していますし──
ワープロ専用機はけっこうなお値段でした──在庫保管場所けん編集場所と
して家を提供していましたので、有形無形の負担がありました。

誘われて始めた同人活動でしたがいつの間にか活動の殆どを支えることになっていたからです。

ここまでしてせめて資金の回収くらいはしたいというのもありましたし、創作系を作っていた我々からするとアダルト作品はとても簡単だったというのがあります。手間暇が創作系同人誌を作っていた時の半分もかかりませんでした。

確かに規制のためにある程度、様子を見たいと言うのはあったのですが、活動年数を重ねていくうちにメンバーたちの怠慢な傾向も出てきていました。
また、やる気になれば18禁同人誌ならば一月もかからず作ってしまえたのも災いしましたね

いつでもできるというおごりもあったのかも知れません。メンバー全員商業出版でもある程度、仕事ができるようになってもいました。

なによりいまでいうところの副業的なことも考えており、実際、何の障害もなければそのまま仕事になっていたと思います。それくらい先が見通せてもいましたし、実際に手の届くところにきていました。

この時はまだゲームのことは具体的に分かりませんでしたからゲーム制作の
発想はなかったのですが、当時お付き合いのあった方の中には後にゲーム会社を起こされた人もいて、順調に進めば案外そういう方向に向かっていたかも知れません。

能力的にはこれらの方々に劣っていなかったからです。
少なくとも、仕事にできるところまで間違いなく持って行けたと思います。

個人的にはかなり我慢もしましたし、次を作ろうと根気よく話もしました。
次を期待する人たちからの要望も沢山ありましたから。同人活動を知ってる友人にまでここまできてなぜ作らないのかと聞かれるまでになっていました。

毎週一回は集まって編集会議と通販の同人誌の発送作業をしていましたが、
無意味に集まることが多くなっていました。自分以外の他のメンバーは用事があるのでこれないや、早く帰るなどもあったのですが、自分はメンバーがやってくるので用意しなければならないので休めないというのがありました。

短い間ならば良いのですが、一年、二年と長くなってくるとこれはもう無意味を通りこして不可能になってくる。

この間も景気の悪さから不景気の影響が自分たちの足下まで迫ってきていました。少しでも同人誌を多く作って稼がなければ生活そのものが成り立たなくなってきます。

なのに大学生のゆるい趣味以下にまでなってしまって、最後の頃には何がしたいんだと言いたくなったほどです。

無理な注文をしているわけではなく、それなのになぜ一冊も作らなくなったのかという不満がたまりにたまっていました。恥ずかしい話ですが、集まれば必ず他のサークルの程度の低さや同人関係の批判ばかりで、さすがにウンザリしてきてそういう話はもう良いから新作を作らないと馬鹿にしている
他のサークルと同じではないかと。

怒りを抑えながら話すのですが、まったく受け付けませんでしたね。

後で分かったことですが、我々の同人活動の発起人が問題のある人物であることがわかりました。突然、夜逃げのように我々の前から姿を消したのですが、同人に関わっていた人間が集まって話す機会があって、この人間のことについて色々なことが分かることになります。

重大な問題が沢山あることが分かって、結局、被害がないか自分が調べて
回ることになって、最後の最後まで尻ぬぐいをする羽目になってしまいました。他のサークルと同じであったということです。

ここで怒りを爆発させると他の同人サークルと同じであると思い──泥仕合の喧嘩をしているサークルは多かったので──我慢し続けていましたが、大人の対応をするのではなく怒りをはっきりと爆発させておくべきだったと後悔しています。

結局、自分が抜けてからのサークルは殆ど活動らしいことをあまりしないまま自然解散のように活動を終えました。

サークルメンバーは全て不況で追い詰められていたのですが、あの時、頑張らないでも──普通に作ってさえいれば──作品作りさえしていればここまで追い詰められることはなかったといえます。


話はここから大きく変わります。
追い詰められていく生活へと、話題が切り替わります。


ごく最近、厚労省の統計不正が発覚しまた。これは許せるはずがありませんが、普通に暮らしていてなぜ今まで分からなかったんだと言いたいです。

普通に仕事をしていれば殆どの人が疑問に思っていたはずですし、こういう
ごまかしで世の中は動いています。それを信じていた人が不思議でなりません。アニメの市場規模やオタク市場も同じです。

困ったことにこういう嘘でも肩書きがあるところが示せば、人が集まり
経済が動きます。ですから短期的にはそれらしく見えるというのもありますが、あくまでも短期です。

長い不況ですが、バブル景気の大きな影響で、バブル期の何倍も強い影響を経済は受け続けています。同人誌の規制の前に、世の中のバブル景気が崩壊して景気が一気に悪化し生活そのものが悪い方向へと一変しました。 

若い方はバブル景気のことは知らない人もいると思いますので、あのバカのような景気の良い時期を少し説明しておきます。

バブル期は少しお金ができたらすぐに「ベンツ」というくらい、仕事の大小
に関わりなく経営者の殆どがベンツに乗っていたのではないかと思うことが何度もありました。やたらとスーパーカーが走ってもいましたね。

職場の近くに、当時異常に高かったゴルフの会員権などを取り扱う会社の社長がいたのですが、会社にやってくるたびにベンツ、ポルシェ、フェラーリとスパーカーばかり日替わりで乗っていた人がいました。

ポルシェのショップが近くにあったのですが、ベンツでやってきてポルシェ
を購入した現場を目撃したりもしていました。とにかくこういう連中は横柄な態度でした。年齢に関係なく金を持つ人は傲慢になるという見本のようでした。

今の中国のように日本の企業が海外の企業や建物を買収しまくっていて、
世界中から顰蹙をかっていました。アメリカの有名映画会社も買収していましたが、今残っているのは「ソニー」だけです。

当時は「地上げ屋」の存在が大きな社会問題化していて、実際にその現場を
目撃するほど至る所で見かけました。通り道にもあったのです。

先の会員権を扱う会社は自社ビルを持っていましたが、バブル景気の崩壊とともにビルごとなくなりました。地上げの現場も、脅して住民を立ち退かせても結局予定していた建物が建つことなく、更地のまま何年も放置されることになりました。

こういう場所が至るところにできる始末でした。バブル期とバブル崩壊後の落差は酷かった。


リストラの嵐が長い期間吹き荒れ続きましたし、一時期は公園や河川敷は行き場を失ったホームレスの人たちでテント村のようになっていました。
大げさではなく大きなお祭りの屋台村のようになっていましたね。

年間自殺者が3万人を超える数字を何年も維持し続けていましたし──現代の戦争でも3万人の死者はでません──今も一時期よりも減っていますが、それでも決して少ないとは思えません。というのも、当時身近な人間には自殺者はいませんでしたが、個人的に知り合いではないですが最近は近いところからもこの話を聞くようになっています。

行政はこれらの「ごまかし」の塊のようなところがありますので、今の自殺者の数も信用できるはずもありません。同じような方法で数字をごまかしているはずです。外からは見えにくくしているだけで──ごまかしが上手くなっているだけで──大きくは変わっていないと言うことです。

例えば先に書きましたようにそれと分かるほど「ホームレス」の数は多かった。それが普通に生活していて見えなくなっていますから表面的には少なくはなっていると思います。

ですが──正確な数字は分かりませんが──今、発表されている数字は信用できないとホームレス支援のNPO法人が指摘しています。

ホームレスの調査は聞き取りではなく、目視で調査しているそうです。テントなりを設営して生活している人しかカウントされていません。そもそもビニールシートを使ったテントなどを設営しているホームレスはごく一部です。

ホームレスが社会問題化している時期に、深夜でしたがホームレスの自殺現場に偶然出くわしたことがありました。

自転車に乗っていたので近くの交番に連絡しに行こうかと言うと、すでに連絡済みでいまは待っていると言うことでした。この時、けっこうな人数がいたのですがテント生活している人はごく一部の人だけです。

大抵が昼間は違うところに移動しているそうで、テント生活をおくる人は僅かの人数であると言うことでした。そんな状態で、昼間の、それも目視で調査してなにが分かるのかと言うことです。

だいたいの感じですが、テント生活する人もすぐそばにいたのですが、見える人の数はテントの5倍くらいはいましたから。単純にいってしまうと、目視の5倍の人数がいると考えられます。


バブル期はとにかくどの仕事も少しでも給料の良いところへと人が移動するので、定着率が信じられないくらい悪かった。休まないでくれと言われて無理をしながら仕事を支え続けてたというのに、不景気で人がいくらでもやってくるとなると途端に邪魔者扱いされる始末でした。

降格に次ぐ降格で最後にはただのアルバイトにまでなりましたし、そこにいたるまでに一人また一人と同僚たちがやめていきました。

嫌がらせの連続で体の良いリストラをどこの企業もやっていました。ニュースでは色々と報じられていましたが、現実はもっと酷いものでした。これで暴動が起きないのが不思議なくらいに。

不景気はバブル景気の恩恵にあずかっていなかった我々にも容赦なくやってきます。


ただじっと指をくわえて見ていたわけではありません。他に仕事がないかと色々と探し回ってもいました。労働関係の相談所のようなところにも相談したことがありましたが、企業のやっている行為は違法とは教えてくれるけれど──そんなことは初めから分かっていたことで──ではなにか動いてくれるかというとなにもしてくれません。

ハローワークにも行きましたが、この時、何か変だという感じがずっとありました。人を雇いたくないような感じが求人先で強く感じたからです。

これはそのときからだいぶ後になってから分かったことですが、求人をだしている企業の50%、半数の数が人を雇う気がないけれどハローワークの要請で形だけ求人広告を出していたことが発覚しました。

また、いろいろな業種の面接を受けていて思ったことがあります。すでに面接官が自分よりも年下である場合が多くなっていたのですが、面接でも話にでるのがやはり人手不足。

ここでもおかしいと感じたのはただのアルバイトの求人でも、大勢の人間が面接に押しかけていました。

これだけ大勢が面接を受けているのに人手不足というのはあまりにおかしくて、企業が採用したいのは若い人材だけであるのことが分かりました。企業が人を選ぶから人手不足であって、実際は人手不足ではなかったのです。
つまり企業側の都合の良い言い訳でしかなかった。


この時は他には女性もです。

「男女雇用機会均等法」により今まで女性がつけなかった職種や時間帯にも仕事につけるようになって、大抵のところはとにかく女性を雇いたがっていました。

これは自分の職場も同じで、女子大生が大量に採用されることになって長く働き続けている我々よりも入ってきたばかりの女性の方が給料が良かった。

それも程度が低くて、なにがあった知りませんが3時間もどこかにいっていた女性がいたのですが、それでもやめられたくないとなにも言わない。自分ではないですが、仕事のことで注意するとセクハラを受けたとありもしないことを言い出すしまつ(誰もまともにあいてにしませんでしたが)。

こういう人材を我々よりも高い給料で雇っているとは、会社は頭がおかしいのかといったほどです。我々の職場にも高齢者がいたのですが、これは申請をすれば助成金をもらえるからで、使われ方はただの雇い潰しでした。

長くつとめていたのでただのアルバイトまで降格させられても顔が利くという、変に使いにくい状態にあったので当時の古株たちとなんとか待遇を改善したいと頑張ってもいました。

ですが結局、同僚は次々と職場を追われて皆消えて行きました。
嫌がらせの連続でとにかく黙って仕事させてくれと言いたくなるほどになっていましたからね。

要はどんなに体裁をきれいに見せていても、企業は体の良い奴隷がほしいだけで普通の社員がほしいわけではないからです。

AIとロボットの進化がとまらないと言われていますが、人の未来は暗いと言わざるおえません。メカとAIが原因ではなく、それを使う企業側によって多くの仕事を失うことになるでしょう。

その頃、ホームレスを特集するテレビ番組では仕事を選ぶから仕事がないのだという知ったかぶりのコメンテーターもすくなくなかった。現実は企業が人を選ぶから人手不足なのに。

とにかく行政も企業も個人に責任を負わせようと躍起になっていました。
それは今でも同じで──厚生労働省の統計不正問題を見ても分かるとおり──まったく変わっていません。

不況時のどん底のエピーソードを付け足せばいくらでも出てきます。
 
河川敷の公園を深夜に自転車で通っていたのですが、深夜に本格的なテントを張ってバーベキューセットを使って食事をとっている家族がいました。
もちろんテント遊びなどするような場所ではなくて、すぐ近くに誰でもが知るような一流ホテルが建っていました。

この家族も人目を気にしているのが分かったので、あえて知らないふりをして通り過ぎました。色々あって行き場を失ったのが分かったからです。

それに深夜の公園はビシッと決まったスーツ姿の人たちがベンチに座っていたり、声をかけるとさっと名刺を出してきそうな見た目で、とてもホームレスには見なかった。

この時期は道路に駐車している車が同じ場所にずっといたりもしました。
これらもホームレスの一種です。これも問題になり始めて、警察に追い払われることになります。


この頃から橋の下には人が入り込めないようにと金網が張られていたり、公園のベンチには寝転べないようにと肘掛けようなものがつけられていたりと、とにかくホームレスの居場所をなくすようなことばかりをやっていました。

こういうことをしてもホームレスがいなくなるわけではありません。
逃げ場があればそこへ行くし、それができないからホームレスになっているわけで、ホームレスの人たちの居心地を悪くしても、ホームレスそのものがなくなるるわけがない。

趣味でホームレスしている人なんかいやしませんよ。ホームレス対策が根本的に間違っています。

日本という国がどれだけ弱者にたいして冷たいのか思い知らされるような出来事ばかりでした。それらの工事費用をホームレスの救済に回せばどれだけの人が助かったのかと痛切に感じます。

こんなに経済が悪くなっているのに、相変わらず政府はODAでは大盤振る舞いでした。その一部でも経済対策に回せば、どれだけの人間を救えたかわらない。

ちょうどこの時期なんですが、深夜にゲリラ豪雨に襲われたことがありました。家に近付いているのにこらえきれないほどの豪雨で、思わず先に書いた家族連れがキャンプしていた近くにあるホテルのエントランスのようなところに雨宿りに入りました。

ここは河川敷から通り抜けれられるようになっていて、公園を歩く人々の通路にもなっているところです。この河川敷は信号もないですから自転車で移動するには好都合で近道としてよく利用していました。

雨がとにかく凄く、身動きできなくて困っていました。
しばらくするそこへ、見回りの人がまわってきて、外へ出て行ってくれと行ってきたのです。豪雨の中に出て行けと。この時はぶち切れましたね。
ずぶ濡れで雨宿りしいるだけなのに出て行けとは何だと怒りました。

おそらくこういうことは至る所でおこっていたのだと思います。
多くのホームレスが指をくわえてただ黙って職を失い、住むところを追われた訳ではないはずです。

色々手を尽くしたはずですが全ての責任を個人に負わせる見えないシステムが存在していて、ホームレスになり、さらには雨を凌ごうとすると金網があったり時には出て行けと追出される。

それは心折れて自殺する人が大勢でてもおかしくはありません。
良く人生に希望を持てだとか、そんなに悪くないと平気で言う人もいますが、それは追い詰められていないからで、行き場を失って路頭に迷う人々に同じ言葉を投げかけられるのかと思います。

これほど死人にむち打つような言葉も少ない気がします。明日の自分の姿かも知れないと思っていました。映画、「万引き家族」という作品がありますが、映画で描かれているのはリアルな現実でもあると言うことです。

今ではある程度の改善はあったと思うのですが、貧困は見えないところで進行しています。女性や子供たちの貧困が見えにくいと言われるようになっていますが、女性や子供たちだけが貧困に陥っているはずはありません。

最近ですが、二度ほど物乞いに会いました。一度はつい最近、コンビニの近くで声をかけられました。

一人はおばあさんで、和服姿で決してホームレスに見えませんでした。
つい最近のコンビニ近くではまだ若い──30代の方に声をかけられました。
首にストールを巻いていたりで、着ているものかなり良いものでした。こんな人たちが物乞いするとは、とてもホームレスに見えないだけに頭が混乱しましたね。

昔のホームレスが社会問題化していた時でも、物乞いはなかったのに。
貧困の問題が巧妙に隠されているように感じました。

 

この頃からやたらと「アニメ人気」による経済効果と誇大な情報が流れてきていました。耳に入ってくるたびに「オタク産業」の市場規模が大きく誇大に宣伝されています。

アニメ関係はバブル期には繁盛していたように思います。近くにもアニメショップがありましたから。ですがバブルが崩壊してから、これらのアニメショップはなくなり、「アニメイト」のような大手だけが生き残りました。
アニメよりもゲーム業界の方がはるかに市場規模が大きいのですが、なぜかいつもアニメです。ゲームもアニメも一緒にしているように感じます。

この市場規模の調査や経済見通しの調査も、バブルが破綻してからあまりに外れるので政府から注意がでたことがありました。ですが誰もそれを記憶にとどめていない様子で、都合の良い数字に踊らされるばかりでした。

バブル崩壊後、ITバブルのようなものがありました。知り合いが話していたのですが、IT関係にだけ銀行も融資していたと。それも審査が甘いと話していましたね。

今の「クールジャパン」もそうなんですが、経済を堅実に回復させようとしておらず絶えず新しいバブル景気をどこかに作り出そうと画策しているようなところがあります。

企業などはすでに景気の回復はあるかと思いますが、個人に関しては友人知人含めてまったく回復していません。

昔の同人活動に協力してくれていた人の中には、会社が倒産して給料のことで裁判になっていた人までいますし、知り合いには破産したものまで出ています。

また、一時期は商業出版の方でなんとかならないかと努力していましたが、これも出版社が倒産するなど業界そのものが傾いています。出版に関しては経済云々よりも、電子出版なども含めての構造的なものです。

特に現在ですがますます酷くなっていて、エロ本業界は壊滅に近いところまできているようにも感じます。大型書店ではこれらの雑誌は取り扱いませんし、主に取り扱っていた街の書店がとにかく激減して、追い打ちをかけるようにコンビニによってはアダルト雑誌を取り扱わないチェーン店まで出てきています。

「信長書店」のようにアダルト関係の専門店でないと今は安定的に取り扱うことはなくなっています。

つい最近、この「信長書店」、アダルトショップでもあるのですがに立ち寄ったのですが、なんとアダルト専門だったお店が、ビジネスバッグやMA1のように普通の衣料品まで扱っていて、アダルト関係の業界そのものが傾いていることが分かりました。

我々が同人サークルをやっていたときからある書店でしたが、昔からは想像
できない変わりようです。

しかし今でも、どんなに不況でもエロ業界だけは安泰という認識が世間には強くあって、これは現実を教えても揺るぎないですね。出版業界も同じで、不況とは関係ないと思っている人が多い。

実際に、知り合いに出版業界の現実や作家の印税率のことを教えても納得しません。とにかく出版さえすれば大儲けできると思い込んでいて、これは大昔から変わっていません。出版社が倒産しているのにです。


アニメ業界も同じで、何時だったか少し前の話ですが、「貧困な女子高生がお金が無くて希望するアニメーターの専門学校に行けない」というような番組があったそうです。

テレビ番組を見ていないので、詳しくは知りませんが、言わばこういう恵まれない子供たちに支援をするべきというなものだったらしいです。

このことについて、ネットでもいろいろなところで取り上げられていました。意見は色々とあってなにがどうだったかは他に譲ります。ここで自分が問題にしたいのは、「アニメは儲かる仕事」だという前提があって話が進められていたからです。

この認識はとても強固で、サークル活動をしていたときからずっと続いています。不景気になればなるほどこの認識が強くなっていく感じがするほどです。

最近では「アニメーターの貧困」が話題になることも時々あってもです。
ですがアニメ学園などに通っている学生が、この神話のようなアニメ儲かるを信じ切っています。


蛇足になりますが、こういう思い込みというか動かしがたい先入観が世の中にはあまりに多く存在します。それをまったく訂正しませんし、する気もない人たちが多くいる限りより良い方向へと動くことはないと思います。

例えば、ゴミの分別をしないと悪く言う人は大勢いますが、そもそも分別をしなければならないようにした行政を責めようとしない。実際にあるのですが、分別しなくても良いのに分別させている地区もあるそうで、そのおかしな矛盾を誰も指摘せず分別しない人だけを腐ったような正義感で攻撃しています。

先に書きましたように、仕事を選ぶから仕事がないのではなく、本当は企業が人を選ぶから人手不足であるなどです。

ネットでもよく見ますが、そういう見当外れな正義感を振り回している限り、この見えないシステムから抜け出せないと個人的には確信しています。


話戻って、ますます追い詰められることになった時に、友人からパソコンをもらいました。それが今のWebでの同人活動につながるのですが、そのときはまったく同人という発想もなかったですね。

ネットの世界についてはまったく知らなかったからです。

ただインターネットに接続できる環境があっても、今のように光回線でも
なかったですし、本格的に何かできるような状態ではありませんでした。
サークル活動していた時にお付き合いのあった方からWebでの同人委託サイトなどを教えてもらい、同人活動を再開させることになりました。


次は、インターネットでの同人活動について語りたいと思います。

 


ご支援は、創作活動再開と新しい創作活動などのためにありがたく使わせて頂きます。