見出し画像

内野手間コンバート前後の打撃成績比較から見る守備負担

昨今の野球の数値化の進行やセイバーメトリクスの進化によって、投手と野手を同時に評価することが可能な総合指標であるWARが生まれました。MLBだけでなくNPBにおいても、DELTA社が算出する数値が公開されており、日本でもこの指標は少しづつ浸透しつつあるように感じます。

ただ、日本版WARにおいてはまだまだ改善点も多く残されており、その中の一つがポジションごとのwRAAを基に算出される守備位置補正ではないでしょうか。

守備位置補正値
守備位置 補正値
捕手   +18.1
一塁手 -11.0
二塁手  +6.9
三塁手  -4.4
遊撃手  +4.8
左翼手  -8.9
中堅手  -1.0
右翼手  -4.4
DH    -12.0

以上が、DELTA社のWARの指標の説明欄に記載されているものですが、捕手を除くと最も守備負担の重いとされる遊撃手の補正よりも、二塁手の補正の数値が上回ることとなっています。

おそらく伝統的に才能あふれる野手は花形の遊撃手に集まり、二塁手には然程打力の高くない選手が集まる構造であったために、このような補正値になっているのだと考えられます。

上記の事情故に、正確な守備負担を捉えた補正値となっていないのでは、とs指摘されることが多いですが、実際のところどうなのかという点を検証するために、以下にて同じ選手がポジションをコンバートした際の打撃指標の変化をここでは追っていこうと思います。

遊撃手から二塁手にコンバートされたことで打撃指標が向上すれば、守備負担が軽くなり打撃に集中出来るようになったためとも捉えられるでしょうし、逆なら重くなり打撃に集中出来なくなったと捉えられるでしょう。

まだNPBにおいては守備指標の蓄積が少ないため、MLBでは実施されている同じ選手が複数ポジションを守った際の守備指標の比較で守備負担を考慮すべき部分が出来ていない状態ですが、コンバートによる打撃成績を比較することで、NPBでのデータの蓄積が進んでポジションごとの守備負担の重さが明確になるまで、その負担を窺い知る一助になればと思います。

1.対象

まず対象をどこまでとするかを決めていきますが、DELTA社における守備位置補正の算出が過去15年分のデータを使用していることから、こちらと同様にして過去15年分(2005年〜2019年)においてポジションのコンバートが行われた選手を対象とします。

また、過去のデータとなると外野の守備データは左翼手/中堅手/右翼手と分かれた状態のデータではなく、外野手として一括のデータとなっているため、今回は外野手の絡むコンバートは除き、内野手間のみのコンバートを対象とします。

その中でも対象とするのは、守備イニングの確認できる2014年以降はコンバート前とコンバート後で該当ポジションで300イニング以上守っている選手とし、それ以前は該当ポジションを50試合以上守っている選手としています。また打撃成績を比較するため、一定量以上のサンプル確保を目的として両年100打席以上打席に立っている選手は対象としています。

またコンバートについての定義ですが、最多出場イニングもしくは最多出場試合のポジションが変化した場合をコンバートしたと捉えています。ただし、前年に300イニング以上もしくは50試合以上守ったポジションが複数あり、その中で最多出場ポジションが変化しただけの場合はコンバートに含めていません。

2.対象選手

以上の条件を基に対象選手を選定すると、下記のように全70の内野間コンバートが実施されていました。

画像1

画像2

特に数が多いのは、12通りある三塁手から一塁手へのコンバートと、11通りある遊撃手から二塁手へのコンバートです。これらの逆パターンのコンバートも多く、三塁手と一塁手、遊撃手と二塁手は親和性の高いポジションと認識されていることが分かります。

ただ三塁手と一塁手間のコンバートは、新井貴浩と小笠原道大が何度も行ったり来たりしている分、サンプル数が嵩増しされている感は否めませんが…

3.コンバートによる打撃成績の変化

続いて選定した選手のコンバート前とコンバート後の打撃成績を比較していきますが、比較のために使用する指標はwRAA*というWAR算出の基となる指標を用います。

※wRAAとは‥同じ打席数をリーグの平均的な打者が打つ場合に比べてどれだけチームの得点を増やしたか、または減らしたかを表す打撃指標。平均以上なら正の値を示し、平均以下なら負の値を示す。

2014年以降や記載のあるものについてはDELTA社算出の数値を用いますが、それ以外については過去のデータを用い、自ら算出したwRAAを用いていきます。

画像3

70例について、それぞれコンバート前とコンバート後のwRAAを比較したものが上記表となります。

この15年で最大の上げ幅を見せたのが、2005年に一塁手から三塁手にメインポジションを移した新井貴浩です。前年は10本塁打に終わりましたが、この年打撃フォームを改造して長打力が本格開花。43本塁打を記録したことで、wRAAは38.4もの上昇を見せました。

一方最大の下げ幅となったのが、2014年に一塁手から二塁手に転向した浅村栄斗です。前年打点王に輝く活躍を見せながらも、故障もありwRAAは前年から39.3もの落ち込みを見せてしまいました。

このように上げ下げの激しい選手もいますが、70例のwRAAの総変化量は1.2と、コンバートを行うことで全体的にはほとんどプラスマイナスゼロで多少プラスには働くようです。

画像4

続いて先ほどの70例を守備位置ごとに分けてみると、面白い傾向が見えてきます。色付きが二塁手の絡むコンバートですが、二塁手から他のポジションに移る場合は、いずれの場合もwRAAが大幅に上昇している一方で、他のポジションから二塁手に移ってくる場合は、いずれもwRAAが大幅に低下しています。中でも、二塁手から守備負担の大きい遊撃手に移った場合に、大幅なプラスになっているのは、何とも意外なところでしょう。

最も守備負担の重いとされる遊撃手から二塁手に移った場合も、11例と多くのサンプルを数えながらwRAAが低下しているのを見ると、案外DELTA社が算出した二塁手の守備位置補正も間違いではないのではないでしょうか。

ただwRAAはwOBAに打席数を掛け合わせて算出されるものなので、wOBAが低下する質的低下が起きたにも関わらず、打席数が減る量的低下が生じたために前年から成績が向上しているように見える場合も考えられるため、そのような点も考慮してwOBAベース*で考えてみても下記のようになります。

※各年度の投打バランスを考慮するため、その選手のwOBAから該当年のwOBAのリーグ平均を引いたものをベースとしている

画像6

wOBAベースでもwRAA比較時と傾向に変化はなく、質的な変化も間違いないため、やはり二塁手にポジションを移すことで打撃成績は低下してしまうと言えそうです。

4.なぜ二塁手に移ると打撃成績が低下するのか?

ただ数値はそのように示しても、何となく感覚的には腑に落ちない部分が大きいため、なぜこのように二塁手に移ることがwRAAの大幅低下につながるのかについて考えていきます。

私の考える要因としては、大きく下記の2点が挙げられるのではと考えられます。

①これまで日本野球が培ってきた二塁手像

二塁手の打撃のイメージというと、パワーレスながらコンタクト力に長け、俊足で小技も上手い職人タイプの打者というイメージではないでしょうか。例を挙げるとすると、古くはV9時代に巨人で二塁手を務めた土井正三や、右打ち名人の千葉茂がまさにそうでしょうし、篠塚和典、正田耕三、辻発彦、荒木雅博もこれに当てはまってくるでしょう。

今でこそ山田哲人や浅村栄斗といった、二塁手を務めながら打撃タイトルを獲得するような選手も出てきましたが、それまでは上記のような選手が主な二塁手として挙がってくる状況でした。

そんな中、二塁手としてプレーするとなると、何となく二塁手らしい上記のようなイメージにとらわれて、長打力を発揮するというよりコンタクトに振れた打撃になってしまっていたのではないでしょうか?

画像5

二塁手に転向前と転向後のISO(長打率-打率で純粋な長打力を示す)を比較したものを見てみると、20例中7割にあたる14例でISOの低下が確認できます。ですので、二塁手を務めることで打撃に変化が生まれてしまったという側面も少なからずあるのではないでしょうか。

ただ、14例中守備位置を移す前のISOがそれまでの自己最高の数値(100打席以上に限る)を記録していた例は、小坂誠、古城茂幸、原拓也、浅村栄斗、エルナンデス、倉本寿彦、中村奨吾と半数の7例あるため、単に慣れないポジションへのコンバートによる影響やバウンズバックのようなものが生じているとも考えられますが。

②守備負担の重さ

当初に示したNPBの守備位置補正とMLBの守備位置補正の値には少々違いがあり、MLBの補正値は我々の通常抱く感覚通り二塁手よりも遊撃手の方が重くなっています。

捕手 +12.5
一塁手 -12.5
二塁手 +2.5
遊撃手 +7.5
三塁手 +2.5
左翼手 -7.5
中堅手 +2.5
右翼手 -7.5
DH -17.5

同選手が複数ポジションを守った際の守備成績も比較しており、打撃成績のみの比較となっているDELTA社算出の補正値より、正確なものが算出されていることは間違いないと考えられます。よって、この数値を基に補正値がおかしいのではとの声も上がっています。

ただ一つ頭に入れておきたいのが、MLBとNPBで二塁手の守備条件が多少異なってくるという点です。

NPBではMLBより左打ちの選手が多いため*、そもそもの処理する打球が多くなりがちという点や、犠打が多い事によるベースカバー負担増や細かなカバーリングを重視する分、事実守備機会はNPBの方が多くなっている*のが現実です。という点から、MLBと比べて二塁手の守備負担が高く出ること自体は存外おかしなことではないと言えるのではないでしょうか。

※左打ちの多さについては、@aozora_nico2さんの「左打者と右打者、出場が多いのはどっちか?」のnote参照
二塁手の守備機会については、「同じ野球なのになぜ違う? 数値から見たNPBとMLBの「内野守備」」を参照

MLBより守備負担が重いとはいえ、遊撃手より守備負担が重いかと言われるとどうかと思われる部分は拭えませんが、このような面が多少なりとも守備負担の増加に結び付き、二塁手に転向した際の打撃指標が低下してしまう一因となってしまっていると考えます。

5.まとめ

以上のようにして、内野手間コンバート前後の打撃成績をキーにして、二塁手を中心にそれぞれの打撃成績の変化による守備負担について考察していきましたが、二塁手からどのポジションにコンバートされた選手も打撃成績が向上し、逆に二塁手に転向した選手の打撃成績の低下を見ると、ひとまず本稿においてはNPBでは二塁手の守備負担が遊撃手より重いのではという結論に至らざるを得ないと思います。あまり心の底から納得は出来ませんが…

ただサンプル数が多くなく、確かなデータ量を確保できていないため、データの取得幅を広げるなどして今後も継続的に追っていこうと思います。

#野球 #プロ野球 #コンバート #WAR #wRAA #捕手 #一塁手 #二塁手 #三塁手 #遊撃手 #内野手

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?