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大瀬良大地 真のエースへの試練

2013年のドラフトにて3球団競合の末、広島への入団が決まり、翌2014年に新人王を獲得してから4年後の2018年。エース候補として期待され続けてきた男・大瀬良大地が遂に開花の時を迎えました。15勝と勝率.682はいずれもリーグトップの数値で、先の新人王以来のタイトルの獲得となり、前田健太以来の和製エース誕生を印象付けたのは記憶に新しいでしょう。

そして真のエースとなるべく期待された2019年。開幕戦を菅野智之との投げ合いに投げ勝ち、最高のスタートを切ったところから、5月終了時までは防御率1点台をキープしていましたが、それ以降は失速。リーグトップの6完投と意地は見せたものの、結局11勝、防御率3.53と前年を下回る成績に終わってしまいました。

真のエースと呼ぶには、まだ似つかわしくない成績となってしまったわけですが、もう一皮剥けるためには一体どうする必要があるのか?真のエースへ向けて、2019年に生まれた試練や課題を以下にてまとめていこうと思います。

1.進化の2018年

まず大きく飛躍を遂げた2018年から振り返っていきますが、飛躍への契機はその前年にありました。その前年の2017年と言うと、開幕からローテーション入りし、一度も離脱することなく10勝2敗と大きく貯金を作り出しながらも、防御率は3.65と突出した数値ではなく、投球回もギリギリ規定投球回に乗る145.2回に止まるなど、エース候補としては何かが物足りないむず痒いシーズンでした。そのためか首脳陣の全幅の信頼を得られておらず、雨天中止などの事情はあったもののCSでも先発のマウンドに立つことはありませんでした。

大瀬良自身の中でも2017年の成績に対して満足感は感じなかったようで、原点のストレートの威力を取り戻すべく行ったのがフォーム改造でした。2016年オフに黒田博樹氏の紹介で手塚一志氏に師事することになったようで、そこで再び一からフォームを作り直していくこととなり、一つの完成形を見たのが2018年になります。

腕の筋力の発揮の仕方は素晴らしいものがあったそうですが、足先の筋肉を操作する神経ネットワークが構築されておらず、下半身からの連動が上手くできていなかったのが2017年までのフォームだったそうです。それが神経ネットワークを開いていく中で徐々に体の使い方も変わってきたようで、そんな中で生み出されたのが現在のフォームになります。映像を見ると一目瞭然ですが、左腕を高く引き上げてタメを作る二段モーションのフォームとなっており、かつマウンドの高さや硬さを生かせる高重心のフォームとなっています。

このフォーム変更により、前年から以下のような大きな変化が生じました。

①球界屈指のカットボール習得

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左腕を高く引き上げることにより重心の移動がスムーズになったことで、より縦に体を使えるようになったためか、元々大瀬良のマネーピッチであったカットボールがより縦に鋭い変化を見せるようになりました。加えてストレートと同じようなリリースで投じられることから(下記インタビュー動画2:42~参照)、ストレートとピッチトンネルの構成が容易になったことで、球界でも有数のボールへと成長しました。数値で見てもスライダー/カットボール系統では菅野智之のスライダー、小川泰弘のカットボールに次ぐ12球団3位のPitch Value15.5を記録しており、その威力が窺い知れます。

加えてボールの質の再現性が高く、抜群のコマンドでそれが右打者のアウトコース、左打者のインコース/アウトコースにビシバシ決まっていくために、打者からするとストレートだと思って振りに行くとグッと逃げていく、打ちにくいことこの上ないボールとなりました。

またスライダーも球速こそ違えどもカットボールと似たような軌道を描くため、緩急を付けることが出来るのも大きな強みとなり、相互にプラスに働きました。

②カットボールに次ぐ第二の球種・スプリットの確立

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元々カットボールは威力のあるボールでしたが、それに次ぐ球種が無かったため、先発として一流となるにはカットボール以外の球種の確立で引き出しを増やすことも課題でした。そんな中で、確立に成功したのがスプリットでした。

それまでも投じていたボールでしたが、フォーム変更により縦に投げ下ろすような形に近づいたためか、スプリットの落差が増して、十分空振りを奪えるレベルまで進化させることに成功しました。スプリットによる空振り率を見ると、2017年の13.7%から2018年には21.4%まで上昇していることから、そのレベルの向上は明らかです。

スプリットの確立が一番効いたのが苦手であった対左打者で、外からカットボールを入れ込んだと思ったら、今度はそこからスプリットを落とすような投球術は左打者を幻惑するには十分なものでした。左打者の被打率が.292から.220まで良化しているのが何よりの証拠です。

まとめ

以上をまとめると、投球フォームの変更により重心移動がスムーズになり、投げ下ろすような投球となったことから、カットボールとスプリットの威力が向上したことで、ピッチトンネルに通す投球の確立に成功したわけです。これにより、球数を抑えながら投球回を消化することが可能となり、投球回は自己最多の182回を数え、防御率も2.62と自己ベストを記録することとなりました。

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ただ一つ懸念としては、ストレートの威力を上げる意味合いのあったフォーム変更で、ストレートの威力は然程上がっていない点でしょう。2017年のストレート平均球速144.5㎞から145.4㎞まで上昇させたものの、Pitch Valueでは2017年の4.0から-1.6まで落ち込んでしまっています。カットボールとのピッチトンネルの構成に成功したことや、ボールに角度が付いたためか、被打率自体は.261から.223まで落としましたが、空振り率は5.8%から5.9%とほぼ横ばいで、質自体も平凡だったために14本塁打を浴びたためにPitch Valueは落ち込んでしまったのだと考えられます。ストレートは据え置きでカットボールありきの投球構成が、翌年の成績に影響を与えていきますがそれについては後述していきます。

2.試練の2019年

2018年の大活躍ぶりから、2019年は真のエースへの階段を駆け上がることが期待されましたが、先に述べた通り6月以降は捉えられるケースが増え、自身の成績は下降しチームも4連覇を逃すという試練のシーズンとなってしまいました。

球速が大きく劣化した等の分かりやすい変化があったわけではありませんが、下記のような2点がじわじわと大瀬良の投球を苦しいものにしてしまったのではないかと考えられます。

①カットボールへの依存の強まり

前年の快進撃を支えたのはカットボールであることは前述の通りですが、それを受けてか2019年は投球割合が前年の29.9%から35.4%まで上昇しています。Pitch Valueも18.1と前年以上の数値を残すなど相変わらずの精度を誇っていたわけですが、このように依存度を高めることがなぜ苦しい投球へと繋がったのでしょうか?

考えられる点とすれば、下記のような点が挙げられます。
Ⅰ打者からすると絞りやすくなる
Ⅱ投げすぎて質が落ち、本来の威力を失った

まずⅠについてですが、前年はカットボールの他にも逆方向への変化となるスプリットのケアも必要でしたし、スライダーとの緩急もあって打者からすると投球を絞りにくい投手でした。それがカットボールへの依存が強まり、スプリットの投球割合が減少したことで、打者からすると対応すべきボールの選択肢が少なくなったことで、より対応しやすくなったのではないでしょうか。

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シーズントータルでは、カットボールとフォークの投球割合は多少増減こそあれども前年からそこまで大きな変化はありませんが、夏場まではカットボール偏重の配球傾向にあり、前年シーズントータルで5度だった1試合でのカットボールの投球割合40%超えを、7月終了までで7度も記録していることから、その偏重ぶりが窺い知れるでしょう。

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大瀬良自身も投球割合の偏りは認識しており、それを正すために8/2の阪神戦から極端にスプリットを増やす配球に移行しました。投球割合を確認しても、その試合を境に5.0%から15.2%と大幅に増えていることは一目瞭然です。実際その試合で完封勝利を挙げるなど一時的な成果は生まれたものの、本来の軸となるカットボールの質・再現性ともに前年レベルになく、前年のような相互の球種へのプラス作用が思うように生じなかったため、一時しのぎ的なものに終わってしまいました。

上記記事によると、前半戦はスプリットの落ちが浅くなっていたようで、握り幅を広くすることで後半戦は対応したようです。ただスプリット単独では状況を打開できるほどの質はなかったため、投球内容の劇的な改善をもたらす大きな効果はありませんでした

続いてⅡについてですが、上述のように投球割合が偏重気味となったところを捉えられたという側面もありますが、カットボールを投げすぎて質が低下してしまったという側面もあるのではないかと推察されます。

握力を使うボールというとフォークが多く想像されるところかと思いますが、カットボールも握力を使うボールです。おそらくシーズン序盤から投じすぎた蓄積疲労のようなもので、握力が落ちやすくなったためにボールが抜けやすくなったりしっかりスピンを掛けられなくなったのではないでしょうか?

ただ大瀬良のカットボールはいわゆる「スラッター」の性質が強いものなため、たとえ抜けたとしても思ったより曲がらず打者の軌道予測を欺く「抜けスラット」となるはずですが、そうもいかず抜けたボールで痛打を浴びるシーンも散見されたように感じました

握力の低下でしっかりボールにスピンを与えられなかったことや、後述しますがシュートを投じ始めたことによって生じた体の開きも相まって、好調時に見られる縦に鋭く落ちるカットボールの横変化が強くなってしまったことが痛打を浴びるシーンが増えた原因なのではないかと考えられます。(以下に6月以降に痛打を浴びたシーンの動画を貼っておきます)

より自信のあるカットボールの割合を増やすことが、逆にカットボールの質や再現性を低下させるという、ミイラ取りがミイラになる何とも皮肉な結果を招いてしまったわけです。

②シュート習得挑戦

【球宴】広島・大瀬良 巨人・菅野と意味深“密談”

上記記事では、6月以降不振に陥っていた大瀬良の投球について、自身が不振の要因を分析していますが、大瀬良が根本の原因と捉えていたのがシュートの解禁でした。

更なるイニングイートを目的として、2015年には失敗したシュートの習得に取り組んだわけですが、シュートを曲げようとしすぎたために体の開きが早くなり、ストレートはシュート回転しカットボール系統のボールの曲がりにも悪影響を及ぼすこととなりました。

夏場に差し掛かる時期で疲労の影響もあったのかもしれませんが、それと同時に前年改造したフォームの大きな特徴でありキモでもあった左腕を高く引き上げる動作も、同時期には見られなくなっています。これにより重心の移動がスムーズにいかなくなってしまったのでしょう。ガン表示等は問題なくとも、ストレートはシュート回転しカットボールも横変化が強くなる様相を呈しては、これまで見せてきたピッチトンネルを通す投球も不可能です。ですので打者からすれば攻略が容易になっていたのでしょう。

まとめ

試練となった2019年に生じた変化としては、カットボールへの依存が強まったことで打者から絞られやすくなり、かつシュート解禁によってボールの質も落ちたことから、ピッチトンネルを上手く構成できなくなったということになるでしょう。

結局本来は投球の軸にならないといけないストレートの質が平凡なままだったために、カットボールへの依存が強まったのでしょうし、シュート解禁に踏み切ることになったのでしょう。ですから、フォーム変更によってイマイチストレートの威力が向上しなかったことが、2019年の成績低下の遠因ではないかと考えられます。

150㎞前後の球速を記録することからパワータイプの投手と見られがちですが、上述の通り被打率や空振り率を見るとストレートの威力は平凡で、カットボールやスプリットを用いてピッチトンネルを構成することで打者を幻惑するようなテクニックで抑えるタイプというのが本来の姿です。

エースとしての責任感故か、最も抑える確率の高いカットボールを選択することが多くなったのは理解できますが、2019年の結果を見ると全ての球種をバランスよく散りばめて抑えていく投手であるとの自覚を持つ必要もあったのではないかと感じてしまいます。

もう一度自身がなぜ相手打者を抑えられていたのかを、客観的に分析する必要があるのかもしれません。

3.真のエースへ向けて

来季へ向けては、既に二段モーションを止めて流れの中で投球するフォームを模索しているようですし、大瀬良の中で試行錯誤は行われているようです。

そんな中でも重視してほしいのは、やはりストレートです。真のエース級の投手は打者を押し込むストレートを持っているイメージがあります。広島の歴代エースである黒田博樹や前田健太もそうでした。ですので、真のエースに向けて打者を押し込むような球威を身に付けることを目指すのは勿論のこと、現状のボールが打者からすると平均的なボールとなっている可能性があるので、握りや回転軸を意図的に弄ってみても面白いかもしれません。ストレートの質が高まれば、テクニックで抑える姿からの脱却も可能となるでしょう。

加えて広島ではトラックマンの実用化はまだなされていませんが、ラプソードで回転数等を計測することは出来るでしょうから、自身の投じるボールを感覚だけでなく数値で追いながら、カットボールやスプリットにもアレンジを加えて、再び2018年のようなピッチトンネルに通す投球を再現してほしいと思います。それが出来れば試練の一年となった2019年も、意義のあった一年と後々振り返ることが出来るでしょうし、佐々岡新政権でのV奪回も見えてくるのではないでしょうか。

データ参照 1.02-Essence of Baseball(https://1point02.jp/op/index.aspx)
      データで楽しむプロ野球(https://baseballdata.jp/)
      投球データ集(http://pitches.gozaru.jp/)

#野球 #プロ野球 #広島 #カープ #大瀬良大地 #エース


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