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世界一おいしい飲み物は冬の熱い缶コーヒー

真っ青な高い空の下、コートを着込んで、「さっむ」と首をすくめながら飲む熱い缶コーヒーが、この世で一番おいしいコーヒーだと思う。
ひとくち口に含むと、冷えきった口の中の温度が上がる。歯が温められ、舌が温められ、口の中にホッと安心感が広がる。次に甘さが広がり、鼻の中では、冷たい空気とコーヒーの香りがまじる。
そして温度を感じながら、喉をゆっくりと動かす。ひとくち分、温かさが喉から胸を通って身体の中に染み込む。
そして、大きく、冷たい空気を鼻から吸って、この冬一番の白い息を吐く。
コーヒーの香りに包まれて、甘い優しさに酔いしれて、空を見上げて、なんて空は綺麗なんだろうと実感する。

学生時代、研究室のぼくのデスクには、缶コーヒーの空き缶が山積みだった。1日少なくとも2,3缶は飲んでいた。だから、「あとで捨てよう」と1日2日ほうっておくと、デスクは空き缶と、冷めた甘い空気でいっぱいになった。捨てる速度よりも飲む速度のほうが上回っていた。

当時、ぼくは缶コーヒーが好きな人間だと思われていただろうし、ぼくも、ぼく自身を缶コーヒーが好きな人間だと思っていた。だけど、思い返してみると、缶コーヒーそのものが好きなのではないと気がついた。
冷たく張りつめた空気の中で、一瞬気がゆるむ瞬間が好きだった。気持ちが落ち着く感覚を実感するのが好きだった。長く息を吐くのが好きだった。
「寒いな」と言いながら、人と話すのが好きだった。「研究やべー進んでない〜」「あの先生さあ…」と愚痴ったと思ったら、真剣に研究や進路の話をする時間が好きだった。

缶コーヒーの空き缶の量は、将来への焦りや不安を和らげた回数であり、人と関わる緊張を解いた回数だった。話をして、人と繋がりたいと望んだ回数だった。

缶コーヒーが好きだったというよりも、人とゆっくりと、リラックスして話したかったのだ。くだらないことを言いながら笑いあい、たまに真剣に語りあって、どこか心がつながったように感じるあの瞬間を求めていたのだろう。

帰宅中、冷たい空気を吸い込みながら、缶コーヒーが好きだったことを思い出した。

(だから、缶コーヒーがデスクの上に溜まっていたのは、ぼくが、単に、だらしがないというわけではないのだ!)

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