松本優真|Yuma Matsumoto

1991年生まれ|京都在住|本の編集者

至高の肉巻きおにぎり――『おべんとうの時間』

中学校に入学してから、高校を卒業し、さらに予備校での浪人生活を終えるまでほぼ毎日、昼食には母親が作った弁当を食べていた。

母親は控えめに見ても料理上手で、そして何より料理が好きで、具材や盛り付けに何かと工夫を凝らしてくれていた。
おかげで、7年にわたる弁当生活でも、似た食材や献立が続いてうんざりした記憶はない。母は偉大だ。

中でも印象に残っているのは3色のそぼろご飯である。
明るい黄色のたまご

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枯れ木に花咲くを驚くより、生木に花咲くを驚け

お彼岸の時期になると、右京区にある臨済宗の大本山、妙心寺に足を運ぶのが習慣になっている。

朝から昼過ぎまで塔頭の退蔵院でちょっとしたお手伝いをこなしたら、そのままのんびり庭園を散歩して、一息つきながら抹茶をいただく。

春のお彼岸はまだ桜の蕾がようやく膨らみ始めた時期で、秋のお彼岸も葉が色づくにはまだ早いころだ。観光客も多くないので、気兼ねなくゆっくりと過ごすことができる。

ひととおり気が済ん

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かなしみとのぞみの境目――『原民喜全詩集』

2015年7月、岩波文庫から原民喜の全詩集が刊行された。
時期から考えても、戦後70年という節目への意識によるものだったのだろう。当時、私がこの一冊を手に取ったのも、その空気に背中を押されてのことだった。

©Iwanami Shoten

原民喜といえば、広島での被爆体験を描いた「夏の花」という小説が知られている。一方で没後発表された詩の数々も高い評価を得ており、この全詩集には、死没直後に刊行さ

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薄い文庫本の誘惑――『ポテト・スープが大好きな猫』

書店の棚でたまに見かける、とても薄い文庫本に惹かれるのは、私だけだろうか。

文庫本はただでさえ手のひらサイズの代物だが、中には200ページにも満たない薄さで、わずか500円前後で買えてしまうものがある。
三木清の『人生論ノート』とか、安部公房の『笑う月』とか、佐藤春夫の『田園の憂鬱』とか、武者小路実篤の『友情』とか、丸谷才一の『樹影譚』とか、総じて近代日本作家の小説や随筆が多い。
もちろん、薄く

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暗闇がもたらす既知の未知化――『顔の現象学』

ダイアログ・イン・ザ・ダークを初めて体験したのは、2年ほど前のことだ。

休日の午後、一緒に展覧会を巡っていた友人が突然思い立ち、そのまま電話で問い合わせて参加予約を取りつけた。ほんの1時間後には、彼女と外苑前の会場を訪れていたと思う。

受付を済ませると、その時間帯の参加枠をおさえていたのは、じぶんたちだけだということがわかった。初体験ということで身構えていた分、少し拍子抜けしたが、初対面の人と

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わからないの中に本質がある――『老いの空白』

瀬戸内海で淡路島に次いで2番目に大きい島、小豆島に「ヤマロク醤油」という醤油蔵がある。かつて1カ月ほど島に滞在していたころから、幾度となく訪れている場所である。

独特の香ばしい香りと湿度の高い空気が漂う蔵には、巨大な桶がたくさん並んでいる。竹を編んだタガで、組み合わせた吉野杉の板を締めて作られた木桶だ。ここでつくられる醤油はすべて、この桶の中で発酵・熟成されている。

木桶が立ち並ぶヤマロク醤油

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