“答えはいつもふたつある”――クラフト・エヴィング商會のこだわり

「クラフト・エヴィング商會」をご存知だろうか。

どこかにありそうでどこにもない、奇妙で麗しい品の数々を日々仕入れる摩訶不思議なお店にして本づくり工房――そんな掴みどころのない自らの存在を弄ぶようにして、現実と幻想の“あわい”の物語を紡ぎ出している、作家の吉田篤弘さんと吉田浩美さんの夫妻によるユニットである。

彼らの魅力は何と言っても、作品が醸し出すその独特の世界観にある。

ファンタジックな世界観ゆえに、本人たちまでも架空の存在だと思われそうだが、著作の執筆と書籍や雑誌の装幀などのデザインワークを手がけるおふたりが携わってこられた作品は、過去1000点以上。2001年には講談社出版文化賞・ブックデザイン賞を受賞されるなど、その仕事は高い評価と人気を集めている。

©Chikumashobo

私が初めて手にしたクラフト・エヴィング商會の作品は、単行本版はすでに絶版になっている『ないもの、あります』(筑摩書房)だった。

とある夏に、京都・西陣にある古書店の片隅で見つけたこの一冊。描かれていたのは、「堪忍袋の緒」、「転ばぬ先の杖」、「左うちわ」、「舌鼓」などの品々と、機知に富んだ売り文句の数々。耳にしたことはあっても目にしたことはないものたちが拓く世界に、思いを馳せずにはいられない。ロマン溢れるカタログである。

©Kyoto Seika University

さて、ずっと以前のことだが、とある講演会でお二人のお話を伺う機会に恵まれた。壇上に姿を現したおふたりの姿は、作品を通して漠然と想像していたものから不思議とかけ離れていなかった。篤弘さんは、何となく“奇才”という印象。浩美さんには、きりっとした誠実さが見えた。

健やかな奔放さが垣間見られる篤弘さんの饒舌な語りと、それを補うような浩美さんの合いの手。約1時間半のお話は、クラフト・エヴィング商會としての仕事のスタイルやポリシーがテーマだった。

当時の備忘録を紐解いてみる。

仕事と遊びの境目ははっきりしていない。

食事中の会話の中から、作品の種が生まれることもある。
夫婦ふたりで仕事をすることの最大の良さは、アイデアが生まれる時間的・空間的な環境や文脈をまるごと共有できることだという。

単なる1+1の共同作業以上の創造性。それは、夫婦のような特殊な関係に限られたことではない。共同で事に当たる際、そうした文脈ぐるみの認識の共有に努めることが、創造性を高める上では大切な姿勢なのだ。

思い付きや無知から生まれるアイデアが良い。

「クラフト・エヴィング商會」という屋号は、おふたりの若いころからの憧れの小説家・稲垣足穂の作品に登場する「クラフトエビング的な」との一節が出自だそうだ。

響きが気に入って屋号として選んだものの、当初はこの言葉の意味を知らず、サディズムなど性的倒錯の研究で知られる精神医学者のクラフトエビング男爵を指していると後に知った時には、いささかたじろいだのだとか。

しかし今では、精神医学の“新しい視点を提示した”とでも言うべきクラフトエビングの業績を、自分たちの作品が指し示すささやかな方向性と重ね合わせ、ポジティブに捉えているそうだ。

作ったものには執着しない。まるで自分たちで作ったものではないように思えるものができたときが嬉しい。

「制約の中での難問に答える」試みであるデザインの仕事に取り組む際の心持ちを、篤弘さんはそう語る。

以前、東京の世田谷文学館で開催された、クラフト・エヴィング商會の“棚おろし的”展示会「星を賣る店 クラフト・エヴィング商會のおかしな展覧会」。この準備にあたって、彼らが過去に手がけた作品を集めるために、なんと1年近くの時間がかかってしまったそうだ。それというのも、手元に仕事の記録をほとんど残していなかったためだったという。

制作から長い歳月を経ている作品には、あまり記憶に残っていないものも多く、中には、自分たちが手がけた作品にもかかわらず、一目見た時に「これ良いなぁ」と感動してしまったものもあったのだとか。

デザインの仕事については、自分の手垢にまみれてしまわないように、一晩で仕上げてしまうことを基本的なスタイルにしているそうだ。

本は立体的なもの。本らしい本を作りたい。

浩美さんは、装幀の仕事で大切にしていることについて、「本は立体的なものであって、一面的な見方では作れない」と繰り返し口にされていた。本の装幀は、スクリーン上の平面に表示されている画像ですべて片付くようなものではないのだという。

装幀の構想を練る時には、ページ数や厚さ、用紙を実際の製本と同様に作った「束見本(つかみほん)」に紙を巻いて、「茶碗に絵付けをするように」(篤弘さん)案を描いてゆくそうだ。

平積みにされているときの存在感のある佇まい、ふと目を引く美しい装画、手に取った時のしっかりとした重み、表紙を開いた時のはっとする驚きの演出、一枚一枚の紙の手触り。

こうした一つ一つのディテールへの徹底的な追求が、クラフト・エヴィング商會の手がける本からは感じられる。

私自身、『星を賣る店』(平凡社)を書店で初めて目にした時の感動は、今でも忘れられない(ちなみにこの本は、先述の世田谷文学館での個展の図録としてつくられたものだ)。

©Heibonsha

彼らの作品は、まるで自分の日常を拡張してくれるような、そんな不思議な魅力に満ちている。これからの作品世界の展開も、引き続き楽しみにしたい。

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