〈じぶん〉のゆらぎについて――『「一人」のうらに』

〈じぶん〉がゆらぐのはどういう時だろうか。

学校の友人や職場の同僚との関係に悩んだ時、願いや望みが社会の制度やルールによって阻まれた時、心地良く過ごせる“居場所”がなくなった時――人によってその答えは様々かもしれないけれど、〈じぶん〉がこの世界のなかでどのような位置にいるのかが不確かになったり、〈じぶん〉が持っている能力の限界があからさまになったりした時であることが多いように思う。

社会のなかで色々な人と関係を築き、交わっている時よりも、そうした関係を失ったり離れたりして「ひとり」になった時にこそ、〈じぶん〉の輪郭を明確に持っておきたいという意識に駆られるのではないだろうか。

「咳をしても一人」の句で知られる尾崎放哉は、きっとこうした〈じぶん〉のゆらぎと“孤”としての〈じぶん〉の問題に、生涯向き合い続けた人なのだろう。『「一人」のうらに 尾崎放哉の島へ』(西川勝・著)を読んで、率直にそう感じた。

©Saudade Books

本書は、臨床哲学を実践されている哲学者の西川 勝さんが、自らの半生を放哉の人生と重ね合わせながら、彼が生涯で遺した句の端々ににじみ出る「生きることのままならなさ」を手がかりとして、孤独な生の有り様について思索を深めるエッセイである。

放哉が漂泊の末に辿り着き、骨を埋めた小豆島は、彼の孤独な生の物語においてどのような意味を持っていたのか。それが本書において解きほぐされる問いだ。

他者からの視線と〈じぶん〉のゆらぎ

放哉には毒がある。容易に抜け出せない闇がある。その毒が、その闇が、たまらなく身に染み込むには、何ともしがたい生きる辛さが必要だ。(p. 10)

本書では、まず放哉の没した小豆島で西川さん自身が行った遍路旅の体験や、放哉の遺した種々の句の考察を通して、放哉の人生や思想の足跡が辿られる。そしてさらにそれらを手がかりとして、自己、他者、身体といったキーワードで話題が広がってゆく。

こうした言葉をめぐって繰り広げられる哲学的な議論はともすればつかみどころのない抽象的なものになりがちだが、本書で展開されるのは、生の実感に即した、具体的で手の届くような思索だ。

例えば、遍路旅の道中でひとりの老婆を見かけた時のことを回想して、西川さんは次のように語る。

…自己変容の意識は自己自身から生まれてくるというより、この自分を見る他者の意識を、見られる自分の内側に取り込んだ結果、自覚されるものなのではないだろうか。
ある人の〈老い〉の意識は、その人を〈老い〉と見なす他者の視線から受け継がれたものであり、〈孤独〉や〈絶望〉、あるいは〈希望〉すらもそうである可能性は否定できない。
(p. 78)

自己像の変化は、他者が自分を見る視線の変化を自覚することによって起きるのではないか、という指摘。冒頭で述べた〈じぶん〉のゆらぎという現象を考える上でも示唆に富んでいる。

すなわち、確かな〈じぶん〉像を自らの中に持っておくためには、他者にとって、あるいは社会の中で、自分自身がどのように位置づけられているかということを常に認識しておく必要があるということである。

したがって、他者や社会から向けられる視線が、それまでのものとは変化し、不安定になった時、〈じぶん〉はゆらぎはじめる。

自由で奔放、時に偏向で無礼な放哉は、ほとんど絶えず他者からの視線の変化の只中にあったことだろう。それによって彼の自己像は変容を繰り返し、詠む句の変化にもつながったのだ。

本書では、その変容の様子が、句の豊富な引用と考察によって丹念に追われている。

自己変容を促した「ケアの文化」

では、放哉が波乱万丈な生の果てに事切れた地、小豆島は、一体彼にどのような視線を向けた場所だったのでしょうか。

西川さんは端的に、小豆島に根付いていた「ケアの文化」こそが放哉の自己変容を促したと指摘する。

八十八カ所の札所を回るお遍路文化のある小豆島には、孤独や貧乏、病気、死、生きづらさなどをケアする共同体の意識があって、

「『いれものがない』とまで落ちぶれた放蕩の人物を、小豆島のまわりの人びとが『歓待』と『敵意』の微妙なバランスのなかでケアをし、支えていった」(p. 92)

というのだ。

そして、病魔に身体を蝕まれる放哉の自己像に起きた変容の様について、句にみられる変化をもとに次のように述べる。

放哉の中にある生きることへの意志は、能動的なものから、風に吹かれることで思い通りにならない自己を突き放していくような受動的なものへと変化すると同時に、肉体的に病んでいくことで、放哉は最期、自分自身の孤独を客観的・即物的に見るような境地を句の中で実現する。能動でも受動でもない境地である。(p. 94)
小豆島において、死の影が濃くなってきた放哉が詠んだ句には、病む身体は見る―見られるの関係を脱して、それだけで全てを語る存在になっていく。(p. 97)

ここでいう「能動的」は〈じぶん〉が確かである状態を、逆に「受動的」は〈じぶん〉がゆらいでいる状態を意味すると考えることができるだろう。

漂泊の末、「ひとり」になって、島の人々のケアを受けながら、ひたすら自らの孤独な生と向き合った放哉が終に到達したのは、〈じぶん〉の確からしさを超越した「ひとり」の境地だった。

確固とした〈じぶん〉を持たずとも自己の全てを語ることのできる次元。

そこに至ることが誰にとっても必要なことなのかどうかはわかりませんが、ここに、〈じぶん〉がゆるがせられがちなこの時代を生きてゆくための大切な手がかりがあるように思える。

「孤としてのじぶん」の宿命

「ひとり」は「一人」とも「独り」とも書ける。

前者からは、“個”、つまり主体のひとつの単位としての〈じぶん〉の側面が感じられるのに対し、後者には、寂寥感を伴った孤独な“孤”としての〈じぶん〉の側面が見え隠れする。

現代の日本の社会において、とりわけ後者の意味での〈じぶん〉、孤独な〈じぶん〉像は、専ら否定的な眼で見られがちだ。孤独死、孤児、孤食など、問題視されている具体的な社会現象が連想されるからだろう。

確かにこうした現象は、人と人とが活発に関係を築き、交流しているような社会をつくるためにはきっと望ましくないし、何らかの形で解決が図られるべきなのかもしれない。

しかし一方で、〈じぶん〉が“孤”であるということは、まさに“個”としての人間である限り逃れようのない根源的な宿命だ。

どれだけ孤独な〈じぶん〉像を否定しようとも、それが〈じぶん〉の本質から消失してしまうことはない。“個”としての〈じぶん〉を社会の中に位置づけようとする限り、その裏側にある“孤”としての〈じぶん〉の問題には向き合い続けなければならない。

〈じぶん〉の確からしさを追い求めることに腐心するのではなく、〈じぶん〉は本質的にゆらいでいるものだということを受け容れること。

「生きることのままならなさ」に翻弄され続けた末に放哉が達した「ひとり」の生の極致は、ここにあるのだろう。

-----

Cover Photo: From Flickr / Some rights reserved by Carol Lin

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

3

覚え書き

日記、雑記、読書録など。
1つのマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。