機が熟すのを待つこと――『喫茶養生記』

ある方に勧められて、『喫茶養生記』(講談社学術文庫)という本を読んだ。
二度の渡航と滞在を通じて宋代中国から日本に茶を持ち帰った禅僧、栄西による茶書の古典だ。
今回読んだ講談社学術文庫版では、仏教思想史の専門家である古田紹欽氏が全訳と注、それに解題を行っている。

この本は構造として、喫茶とその効用について書かれた「巻上」、病の概説とそれに対する桑や様々な薬草の用法について説かれた「巻下」に分かれているが、実質的には上下巻というよりまったく別々のものとして読める。

もともと、「桑」がもつ可能性について知ることができる本と教わって手に取ったということもあって、読むまでは書名につられて「桑の茶」というものが出てくるものだと誤解していた。
実際には喫茶について書かれた上巻に桑は登場せず、 下巻で桑の葉を煎じて飲む「桑の湯」について述べられ、茶と同等に養生に効くものとして触れられている。

そのため、これは訳注者の解説にもあったが、もっぱら病とそれに対する桑や他の薬草の効果について書かれた「巻下」が、どうして『喫茶養生記』というひとつの名のもとに組み込まれたのかは少し疑問が残った。
例えば『養生記──茶と桑を喫するべし──』などの題名であればより判然としたかもしれない。

いくつか学んだ知識を挙げると、まず唐代中国に栄えた禅宗における茶(飲茶)の習慣の起こりが、坐禅の修行中に襲ってくる睡魔をそらすためであったらしい、というのは興味深い説だった。

カフェインがどういう風に作用するかといった化学的な知見はなくても、実感として当時から眠気覚ましの効能が知られていたということ、そしてそれを単なる眠気覚ましのおまじないとしてだけなく、禅の修行として儀礼化した結果、飲茶という形式が生まれたという経緯は意外だ。
またやがて、禅院での茶礼のために茶を摘む作務までもが「動作坐禅」という形で修行の一部と化したという顛末も面白い。

もう一点、栄西が宋代中国から茶を輸入したのちに本書をまとめた際、茶をすぐさま禅の教義や修行と結びつけるのではなく、健康上の効用や養生という視点からもっぱら紹介した点にも興味を抱く。

訳注者の解説によれば、「(日本国内は)肝心の禅そのものの教えが、まだ容易に受け容れられない事情にあったことから、栄西は禅院における茶礼というにはまだその時期ではないと見、喫茶による養生をまず説くことによって、茶のもつ意味をまず明らかにし、時機の熟するのを待った」とされていた。納得のいく説明だ。

「容易に受け容れられない事情」が民衆生活上の需要のことを指しているのか、それとも当時の国内仏教界における新宗教へのまなざしのことを意味しているのか。
解説では後者に紙幅を割いて、栄西の人物譚を交えつつ述べられていたが、いずれにせよ枝葉の実際上の効能を説いて普及を図り、その後景にある本体(根幹)を根付かせる時機を窺うという仕方は、とても賢明に映る。

一方で、桑のほうはどうだったのだろう。茶にとっての禅にあたるようなもの、すなわちまず枝葉の効用を説くことでその浸透を待ち、時が満ちればいざ、と考えていたような根幹的な思想は、桑についてもあったのだろうか。

茶は今や日用の食品として、また健康食品として重宝されているが、やはりその根幹に禅に通じる精神性のようなものを感じたり、「茶のある暮らし」が原風景として心象に描きやすかったりするところも、とりわけ日本人にとっての茶の存在感の大きさに繋がっているように思う。

ところが、もちろんこれは個人的な知識の浅さの問題かもしれないが、桑に関して、茶について思い浮かぶそうした派生的な要素を連想させることはなかなかできない。
だからこそ、栄西が、茶にとっての禅のような枝葉と根幹の関係を感じさせる思想的な枠組みを、桑においても発見し、持ち帰ってこなかったのか。それがひとつ、疑問として残った。

Cover Image: From Flickr / Some rights reserved by Rod Waddington

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