我が強いってこういうこと。――『いつかイギリスに暮らすわたし』

どこか異国の地で暮らしてみたいという衝動に駆られたことは、誰しも一度くらいあるだろう。
海外映画を観てそのロケーションに惚れ込んだり、雑誌やウェブサイトで美しい風景を目にしたり、友人の旅行の話に感化されたり。憧れをかき立てられる機会は少なくない。

一方で、実際に今の生活を半ば擲つような形で日本を飛び立ち、どこかの国に根を張るには、さしあたりの生活の宛てはもちろん、相当の覚悟や気概が必要になる。

©Chikuma Shobo

いつかイギリスに暮らすわたし』(筑摩書房)は、イギリス在住の作家・井形慶子さんによるエッセイだ。
タイトルにあるように、かつてイギリス暮らしを夢見ていたころの奮闘をつづった一冊である。

仕事では駆け出しの編集者として忙しなく働き、私生活では娘を授かりながらも早くも夫婦生活に見切りが付いてしまった井形さん。
シングルマザーとして奔走する自らの暮らしぶりへの疲弊と疑問から、とある企画を立て、生まれて間もない娘と共に、彼女はイギリスへと旅立つ。そんな場面から物語りは始まる。

私はまだ25歳なのに、生きることに息切れし始めている。底なし沼のような暗い感情がツタのようにからまり始めている。
いったい、これはどうしたことだろう。裕福な家庭に育ち、いつも日なたを歩いてきた私が、見えない力で、どんどん反対側の世界へ引きずり込まれていく。
私は、また人を愛することができるのだろうか。

のっけからこうした重い自問自答を差し挟みながら、イギリスと東京を行き来する数年間の生活の変遷が辿られていく。穏やかな生活記かと思って読み始めると、少々面喰らってしまう。

編集者として、母親として、女性として。
それぞれの彼女にとって譲れない気高いプライドの揺れ動きもあからさまに記されている点が、このエッセイの特徴だ。
その分、彼女ならではの厳格さや冷徹さが回想の軸にある場面では、その目線に自分を重ねることはなかなか難しい。それほどの「我の強さ」が、文章から滲み出ている。

それは、必ずしも直截的な表現だとは限らない。
一見、穏やかで何気ない心境の吐露にも、自身の気高さと、愛するイギリスでの暮らしへの尽きない憧れのせめぎ合いが潜んでいることがある。
例えば次のような場面だ。

私は興味があるのだ。
あの美しい花が咲き乱れるあの窓の中に、どんな人が住んでいて、どんな暮らしがあって、どんな幸せがあるのか、と。
窓辺を美しく飾るのは、心のゆとりのはずだから、どんな人たちがいて、どんな生活をすれば、小さなフラワーボックスにあんな色とりどりの花が咲くのだろうと。

最初から彼女の語りを辿っていると、「興味がある」という言い回しが、きっと強がりなのだと感じる。本当は早く「窓の中」に身を置きたくてたまらない。ただその一心で、唇を噛みながら窓辺を見上げている姿さえもが目に浮かぶのだ。

一部始終は本書に書かれているが、最初の渡英当時25歳だった彼女はのちに夢を果たし、今ではイギリスを飛び回る物書きとして活躍している。

さまざまなハードルを(乗り越えるというよりも)押しのけていくためには、いったいどれくらいの憧れや気概が必要なのか。この本の読後感は、その一つのバロメーターになるかもしれない。

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