必然性を手繰り寄せること――『パリでメシを食う。』

高校の時に受けた書道の授業の自由課題で、おもむろに「必然性」という3文字を半紙に書き付けたことを今でも不意に思い出す。何を思ってその言葉を選んだのかは忘れてしまったけれど、ともかくその「必然性」というものについて思いを馳せずにいられない本がここにある。

パリでメシを食う。』(幻冬舎)は、フリーランスのノンフィクションライターである川内有緒さんが、パリに渡って暮らしを紡いでいる様々な日本人との出逢いと会話の記憶を綴ったエッセイだ。

一見グルメ本かと見紛うタイトルだが、ここでの“メシ”は生活の糧のこと。東京を離れ、パリへと「流れ着いた」川内さん。同じく日本を離れて様々な表情を持つこの街に住み着くようになった10人の日本人の人生の物語に、時に数年という時間をかけて言葉を交わしながら迫ってゆく。

フランスのサーカス界で活躍する若きヨーヨー・アーティスト、恋愛に翻弄されながら国連での仕事に邁進する女性、小さなオートクチュール工房で手仕事に情熱を燃やすテーラー……

20区あるパリのあちこちで、その土地の人や風土に温かく包まれ、あるいは時に衝突しながらそれぞれの暮らしを営んでいる彼らの人生は、どれもまたとない数奇なものばかり。波乱万丈で意外性に満ちているという眼差しをどうしても向けたくなる。

しかし、川内さんの書きぶりが、彼らの人生の起伏とパリの風景とを固く結びつける、揺るがしがたい必然性を浮かび上がらせてくれる。

思い付きで、夢を追って、仕事上の理由で、人に勧められて――。パリに渡った経緯は彼らの中でもそれぞれ違うが、「この人はきっと、パリにいなければならない人なんだ」という思いを抱いてしまうのだ。

川内さんはこの本のもととなったインタビューを10人のうちの1人に敢行するにあたって、「私は誰かの参考になるような話やサクセスストーリーを聞きたいわけではない」と伝えたそうだ。

彼らの人生の起伏に、ちょっとした人生の機微にとどまらない、壮大な「必然性」が感じられる一つの理由は、川内さんが彼らと心を交わそうとした際のこの姿勢にあるのかもしれない。

ところで、必然性に導かれることそれ自体は、必ずしも幸福ではない側面もある。出口の見えない自問自答や複雑な悲哀が暗い影を落としてきたことの方も多かっただろう。

では、そうした必然性と裏腹の困難を乗り越えてきた彼らの原動力は何だったのか。川内さんはあとがきにこう添えている。

本書に登場した十人の日本人は、ロールモデルや周囲の期待、常識といったものと自分を照らし合わせるのではなく、ただひたすらに自分の内なる声に耳を傾けていた。「なりたい自分」を形作っているのは、自分自身のようだった。余計なものを背負い込まないシンプルさが、彼らに余裕と潔さを与えていた。

もちろん、必然性というものは、誰の、どんな人生にも備わっているものだろう。ただ、ともすれば幻想に過ぎない理想像や既存の価値観に染まり、何となく漂うような生活を送る中ではきっと、その必然性を引き寄せることはできない。

内なる声に誠実に向き合い、自分の周りに無数にあるはずの必然性を手繰り寄せることこそが、起伏に富んだ軽やかな人生を紡ぐために大切なことなのかもしれない。この本は、そういう気付きを与えてくれた一冊だ。

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