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社会から見えない貧困「経済的DV」と新型コロナ「特別定額給付金」の問題点

新型コロナウイルスの感染拡大が、経済に大きな影を落としている。

企業や店舗にとどまらず、各家庭生活の維持・存続にも影響が出るなか、必要な手続きを取ればすべての国民に対し、一人あたり一律現金10万円(特別定額給付金)が給付されることが決まった(※)

(※)2020年4月25日時点、4月20日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」にもとづくものです。
【参考】総務省『特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連)』

この経済対策については、もともと「コロナウイルスの感染拡大による経済的ダメージが大きく、生活に困窮する世帯のみ30万円を給付する」という生活支援臨時給付金の給付に代わり、実施が決まったものだ。

生活支援臨時給付金については、手続きが煩雑なことや、対象世帯がわかりにくいことなどから批判的な意見が多く、それを受けての大きな方針転換であったが、その「批判的意見」のなかに、個人的に深く同意したいものがあった。

「世帯ごとの給付にしないでほしい……」

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その意見というのは「世帯でひとくくりにして給付を行わないでほしい」というものだ。

家庭が円満であり、互いに協力しあって生活をしている人にとっては、なんのことを言っているのか、わからないかもしれない。

しかし、この悩みはとても切実なものだ。

もちろん、かかえる事情はそれぞれに異なるが、この意見を悲痛な思いでSNSやブログに書き込む人のなかには、パートナーや家族から経済的・精神的に虐げられている人が少なからず存在するからだ。

そして、その数あるケースのひとつとして挙げられるのが、「経済的DV」である。

「経済的DV」とは?

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「DV」と聞くと、暴力や暴言によってパートナーを傷つける行為と捉えられがちだが、「経済的DV」は、かならずしも身体的な危害が加えられるとは限らない。

では、「経済的DV」とはいったいどんなものなのか……。

もちろん、家庭ごとにさまざまな事情を抱えているとは思うが、一般的に「経済的DV」とは、次のようにパートナー・家族の経済的な自由を奪い、経済的・精神的に追い詰める行為を示すものとされている。

・極端に少ない生活費しか渡さない
・支出や収入を細かくチェックする
・相手が自由にお金を使うことを許さない
・相手に無断で相手のお金を使い込む
・無断で借金をする/相手に借金をすることを強要する
・働かず相手に経済的に依存する
・相手が働いて収入を得ることを許さない
・渡した家族の生活費を個人的な支出に使い込む

ここで厄介なのが「経済的DVには明確な基準がない」ということである。

生活にかかるお金は、居住する地域や生活スタイル、世帯構成人数などによって大きく変動する。また世帯収入も家庭によってまちまちだ。

そのため「月額〇万円以下しか渡さないパートナーは経済的DVにあたる」、「収入の〇割しか家計に入れない場合には経済的DVだ」、「収入のうち〇割を私的に使い込んだら経済的DVだ」などと定義することは難しいのである。

また、もうひとつ厄介なのが「被害者が経済的DVを受けていることを認識していないケースも多い」ということだ。

たとえば「夫または妻が収入を全額ギャンブルにつぎ込み、食費や生活費はおろか、家賃も光熱費も入れない。おまけに借金まで作っている……」などという場合には、問答無用で経済的DVに該当するであろうし、被害を受けている家族も容易に「これはおかしい」と気づくことができるだろう。

しかし、「月に〇万は家庭に入れてくれるから……」「毎日家計簿をチェックされて、使い過ぎと責められるけれど、一応お金は渡してくれているし……」というような場合には、被害を受けている家族が「これが普通」と思い込んでいたり、「うまくやりくりできない私が悪い」と思い込んだりしているケースも少なくない。

さらに、加害者側に「経済的DVをしている」という意識がない場合も多く、家計への納入をお願いしたり、働きに出ることを認めてもらおうと相談したりすると、「これだけ入れているのにまだ不満なのか?」と怒鳴られたり、「お前/あなたが使い込んでいるのではないか」と逆にきつく問い詰められたりすることもある。

なかには家計を維持するために借金をしている被害者も存在するというのだから、この「経済的DV」の“闇”の深さは計り知れない。

「経済的DV」は目に見えない

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身体的に危害を加えられているならば、アザや傷で周囲が「DVでは……」と気づくこともあるかもしれない。しかし経済的DVの場合には、被害を受けていることがまったく外から見えない。

金銭のことだけに友人・知人はもちろん、離れて暮らす家族であっても相談しづらい一面もあり、仮に相談したとしても「贅沢なんじゃない?」「そんなパートナーを選んだお前が悪い」などと言われれば、不満や経済的な不安をのみこんで、ひたすら孤独に耐えるしかなくなってしまう。

また、加害者側のパートナーが、高級ブランドのバッグや自家用車を持っていれば、外部からは「金銭的にゆとりのある家庭」と見られてしまうし、世帯全体の収入と家計で使えるお金とが「=(イコール)」にならない経済的DV家庭においては、実質的に対的貧困のレベルにあっても、世帯年収が高い場合には納税額や子どもの保育料等でそれが露呈することもない。

……つまり、経済的DVとは「家庭」というブラックボックスのなかで行われる、目に見えない暴力であり、社会からは見えないものなのだ。

世帯ごとに給付金が振り込まれるとどうなるか

イラスト_保育士疑問

さて、前置きが長くなったが、そんな経済的DVの状態にある家庭において給付金が世帯ごとに振り込まれると、どういうことになるのか……。

ここまで記事を読んでくださった皆さまならば、もうお分かりのことだろう。

もしも振込先となる世帯主が、経済的DVの加害者であった場合には、次のようなことが起こることが容易に想像できる。

・パートナーや子ども分の給付金を相手に渡さない
・家族の給付金がDV加害者の私的支出に充てられる
・加害者の借金の返済に給付金が充てられてしまう
・給付金で懐が温かくなったことで、散財に拍車がかかる
・資産に差ができ、家庭内の権力差が大きくなる

また、被害者が世帯主であり、被害者の口座に家族分の給付金が振り込まれる場合であっても、次のようなことが起こることが懸念される。

・加害者口座への即時振込を要求される
・これまでされていた家計への納入がストップする
・私的目的の支出や借金の返済を被害者に強要する
・支出に対する監視の目がさらに厳しくなる
・対応を不服に思う加害者のDVがエスカレートする

だからこそ、「コロナウイルスの感染拡大による経済的ダメージが大きく、生活に困窮する世帯のみ30万円を給付する」という生活支援臨時給付金の給付が提案された際、「世帯ごとではなく各々の口座に給付金の支給をしてほしい」「世帯収入では経済的ダメージがはかれない」といった意見が出たのだ。

給付はすべての国民に、振り込みは「世帯主に」の罠

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世帯ごとに給付金支給を検討する「生活支援臨時給付金」に代わり、国民一人にあたり一律10万円を支給する「特別定額給付金」が支給されることになったことは、経済的DV家庭にとっては一見救いのようにも思える。

たしかに「被害者自身は収入が落ち込んだことで家計は厳しい状況だが、パートナーの収入は変わらず、生活支援臨時給付金の対象にならない」という家庭でも、一律支給になることで給付金が受けられることになった。

その点は評価すべきポイントと言えるだろう。

しかし、総務省(※)によれば、特別定額給付金の「受給権者はその者の属する世帯の世帯主」とある。

(※)総務省『特別定額給付金(新型コロナウイルス感染症緊急経済対策関連)』

つまり、給付対象は世帯ごとではなく、国民一人ひとりに変更にはなったものの、世帯主に対してまとめて給付されるという根本的なシステムは変わっていないのだ。

さらに、パートナーからの暴力を理由に避難を行い、住民票を移すなど所定の手続きを行っている者に対しては、必要な申請を行えば世帯主以外でも給付金を受給できる仕組みがあるが、避難(別居)していないDV被害者や、今回紹介しているような経済的DVのような、いわゆるシェルターへの非難が困難なDV被害者むけの対策は示されておらず、個々に問い合わせて対応を仰ぐ必要がある。

ましてや外出を自粛する動きが全国的に広がっているいま、加害者であるパートナーが常に傍にいる可能性もおおいにあるだろう。

仮に特例の措置を受けるために取り急ぎ居住を移す場合でも、加害者の監視の目をかいくぐりながら、自治体等に連絡・相談をし、勘繰られることなく手続きを済ませることは、決して容易ではないはずだ。

これでは、せっかく方向転換をし「必要な国民の手元に迅速に届くように」と決められた給付体制も、十分に機能しない可能性があるのではないだろうか。

「ふつう」のパラダイムを捨て、弱者を救う対応を

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国の考える「ふつうの家庭」とは、支給された給付金を平等に分け与える、あるいは共同の資金として家計のために使う家庭なのかもしれない。

しかしながら現代においては、国の描くそんな「ふつう」からかけ離れている家庭が数多く存在する。

今回お伝えした経済的DVもそうだが、そのほかにも精神的DVやモラルハラスメントなど、家庭という小さな社会のなかに開いた落とし穴はとても多い。

その闇深さは、当事者でなくてはなかなかわからないことかもしれないが、「家族とは互いに助け合うものだ」というのは、もはやパラダイムあるいは単なる理想にほかならない。

弱者の声は小さく、いわゆる“ふつう”という枠のなかにいるその他大勢の声にかき消されてしまいがちだ。

しかし、とくに今回のような、生活そのものを救うための特別支援策を検討する際には、まずそんな弱者の声をくみ取ってほしいと切に思う。

経済的DV被害者はどうすればいいのか

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先にお伝えしたとおり、2020年4月26日現在、今回お伝えした経済的DVをはじめ、パートナー(家族)と同居しているものの、給付金を受け取ることが難しい世帯への特別な措置は用意されていない。

そのため、自治体の窓口等に「個人あてに振り込んでほしい」と訴えるだけでは、対応してもらうことが難しい可能性が高い。

ただし、各家庭の状況次第では今後の対策について、相談員や自治体等の担当者といっしょに検討することもできるだろう。

この記事を読んで「もしかして、うちも経済的DVかも……」と思った方、あるいは「パートナー(家族)の存在によって、安定的な生活や心身の安全・平穏が保てない」と感じている方は、ぜひ我慢せずに声をあげてほしいと思う。

社会は新型コロナの影響で自粛ムード一色だが、被害を訴えることを「自粛」してしまうと、状況がさらに悪化したり、身体的暴力等にエスカレートすることも考えられる。

できるだけ早めに、内閣府男女共同参画局や最寄りの自治体等の窓口に相談してほしい。

※世帯主の暴力を理由に避難している場合などで、給付金を受け取りたい場合には、2020年4月30日(木)までに必要な書類をそろえ、自治体窓口に申請を行う必要があります。
4月30日以降も申請は可能ですが、場合によっては世帯主への振り込みが完了してしまっているなど、対応が難しくなる可能性もあるため、該当する場合には早めに最寄りの配偶者暴力相談支援センター等に相談のうえ、所定の手続きを行うことをおすすめします。
◆内閣府『特別定額給付金に関するお知らせ』

【DVの相談窓口】

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DV相談+(プラス)(内閣府男女共同参画局)
0120-279-889

新型コロナウイルス感染症に伴う生活不安・ストレスなどから、DVの増加・深刻化が懸念されたことにより開設された、緊急相談窓口です。

電話相談……9:00~21:00(4月29日から24時間受付)
メール相談……24時間受付
チャット相談……12:00~22:00

DV相談ナビ(内閣府男女共同参画局)
0570-0-55210(ナビダイヤル)

発信地等の情報から最寄りの相談機関の窓口に電話が自動転送され、直接相談することが可能です。(※相談は、各機関の相談受付時間内に限る)

各自治体にも、DV相談窓口が設けられています。また、警察相談専用電話#9110などでもDVの相談を行うことが可能です。
※身の危険を感じるような緊急の場合には110番で助けを求めてください!

執筆後記

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noteをずっと放置していました、ゆうまさです(汗)。

さて、今回なぜ経済的DVのことを書こうと思ったかというと、私も経済的DVに苦しんできた者のひとりだから。(……なんて言うと、パートナーから怒号が飛んできそうですが……)交際中からいままでずっと、いわゆる「妻だけ貧乏」状態に陥り、悩み、苦しんできました。

生活していくのに十分なお金を入れてもらえず、収入差と負担差が逆転している状態。出産などにかかる一時的なお金も基本的に私が負担するのが当たりまえ……。しかし不満を漏らせば今もらえている分も出し渋られる可能性があるため、なかなか声に出すことができない。

勇気を出して「もう少し協力してくれ」と言えば、「こんなに家に入れているのは俺くらいだ」「お前はワガママすぎるんだ」「どうしてもと言うならば、家の権利をよこせ」などと言われ、口を閉じるしかなくなる始末。

私的な支出には何万もポンと出すのに、その分を家に入れようとはせず、問い詰めれば「俺の金を好きに使ってなにが悪い!」と怒られる……。

外からはまったく見えませんが、経済的DVって本当にツラいんです。

長い時間をかけて搾取され続けるので、我慢しているうちになにか行動を起こすための資金もなくなってしまい、経済的にも弱い立場になってしまう。声をあげれば否定されるから、だんだんと委縮するようになり、行動を起こすことをも諦めるようになってしまう。

「これが普通だ」「お前は贅沢なんだ」という相手の言葉に、だんだんと支配されるようになってしまう。

うまく表現できませんが、世の中のすべてが灰色のベールに覆われたように、陰鬱で疑わしく、鬱陶しく、そして無意味なものにすら思えてきてしまう……。

経済的DVは、耐えれば耐えるほどドツボにはまる、いわば家庭における「底なし沼」のようなものなのです。

この(長い長い)記事を、最後まで読んでくださった方の中には、いままさに配偶者から経済的DVを受けている方もいるでしょう。

なかには同棲中の恋人から、あるいは父母等のほかの家族から経済的DVを受けて、苦しんでいる方もおられるでしょう。

その状況からすぐに抜け出すことは難しいかもしれません。しかし、声をあげることだけは、諦めないでほしいと個人的に思っています。

相談窓口はもちろんのこと、ツイッターやこのnoteでもいい。声を挙げて、見えない苦しみを「見える化」することが大切だと、私は感じています。

今回の経済措置に対する意見から感じたのは、家庭のなかで苦しみ、奮闘している方がたくさんいるということ。そして、まだまだ見えないDVに対する世の中の理解が薄いということ。

一人でも多くの人が、声をあげることで「見えないDV」から逃れる第一歩を踏み出すことを、そしていつかはその「見えないDV」が社会から広く認知され、見えうるものになることを願っています。

※この記事は2020年4月26日に編集・公開しております。状況によっては国・自治体の対策内容や手続き方法等に変更がある可能性があります。詳細については各自治体や内閣府のホームページ等での確認をお願いいたします。




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