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2018年 ジャズ・ベスト10

2018年のジャズのベストを10枚選び、ディスクレビューを書きました。結果的に、南アフリカ、アルバニア、アルメニア、イギリス、アルゼンチンなど、US以外から7枚というオルタナティヴな選盤に。自己のルーツを見つめ、それを具体的なサウンドとして表現する作品が揃いました。

1.Thiefs『Graft』

フランス出身のサックス奏者と、NYで活動するベーシストとドラマーによるトリオ、シーフスのデビュー作。シンプルなリフを軸にしたミニマルな構成だが、リズム・パターンや音の組み合わせを変えることで、様々な風景を描く。ヒップホップから四つ打ち、そしてスウィングへと変化していくリズムに、マイク・ラッドとガエル・ファイユのポエトリー・ラップが重なり、歪んだ音色のサックスが続く"I Live in Fear"が特徴的だ。アーロン・パークスの優雅なピアノは伴奏の役割だけではなく、言葉と同じようにイメージを生み出す機能も果たす。全員がエレクトロニクスも使用。デヴィッド・フレイジャー・Jrのパッドを併用したドラム・サウンドは圧倒的。

2.Thandi Ntuli『Exiled』

南アフリカ出身のピアニスト/シンガー、タンディ・ントゥリの第二作。ピアノ・トリオに複数の管楽器を加えた編成で、インストも演奏するが、歌やヴォイス、ポエトリー・リーディングなど、自身の声を使った多角的な表現が魅力だ。管と歌声を交えたアンサンブルや、二つのメロディが重なる展開、シンセを異化的に用いた場面転換など、アレンジのセンスが光る。時折現れるチャントにアフリカ的な要素も。作家のレボガン・マシーレがスポークン・ワーズを聴かせる"The Void"や、グレッチェン・パーラトを想起させる軽快な"It’s Complicated, Pt. 1"など聴きどころは多いが、ソウルフルなコーラスとともに優しい歌声で包み込む"New Way"がハイライト。

3.Elina Duni『Partir』

アルバニア出身のシンガー、エリーナ・ドゥニのECM第三作。従来のピアノ・トリオを従えた編成ではなく、自らピアノやギターを演奏したソロ作品だ。アルバニアやコソヴォ、マケドニアといったアルバニア人が住む地域の伝統音楽や、シャンソンやファドなどヨーロッパの歌曲の世界に入り込み、語り部のように歌で物語を紡いでいく。声の立ち上がりや消え際、弱音の震えが繊細で美しく、抑揚の深さによって曲の世界に没入させられ、悲しみや切なさが心に触れてくる。明るさと暗さが交錯する進行の"Vishnja"や、音の響きに耳を奪われる"Oyfn Veg"など、ピアノの演奏も魅力的。"Lamma Bada Yatathanna"でのアラブ系の歌唱法が生む波動にも注目したい。

4.Moses Boyd『Displaced Diaspora』

ロンドン出身のドラマー、モーゼス・ボイドの第一作。基本はジャズだが、アフロビートやカリブ、ヒップホップやテクノなど様々なリズムを生ドラムで表現。チューバが高速のベースラインを吹き鳴らし、インタープレイを繰り広げる"Frontline"を始めに、ベースの代わりにチューバを用いることでニューオーリンズ・ジャズの印象も。反対に"Ancestors"ではシンセベースを使用し、ヨルバ語のアフリカ民謡とエレクトロニクスを融合。西インド諸島からの移民の第二世代という出自を感じさせる複雑な音楽性だ。"City Nocturne"での管楽器アンサンブルのカラフルな音使いや、ソウルフルな歌を巧みな伴奏で支える"Waiting On The Night Bus"も聴きどころ。

5.Federico Arreseygor『todonosepuede』

アルゼンチン出身のピアニスト、フェデリコ・アレセイゴルの第三作。ベースとドラムを加えたトリオ編成の演奏はタイトで切れ味鋭く、リフの反復を中心に展開するスリリングな"Invierno"などはプログレ的で、ティグラン・ハマシアンを想起。全編で自らの歌声を聴かせているが、チェロが歌の情感を高める"Devenir"や、胸を掻き毟られるように切ない"Trajo"のメロディは、作品の中心となる存在感を放つ。3人のパーカッションによるカンドンベのリズムを導入した"Candombe del ayer"は、女性ヴォーカルのポップなメロディにブラジル音楽の影響が感じられるのが面白い。"Lino"でのペドロ・アスナールの丸みを帯びた優しい音色のベースソロも印象的だ。

6.Tigran Hamasyan『For Gyumri』

アルメニア出身のピアニスト、ティグラン・ハマシアンによる、故郷のギュムリをテーマにしたソロ・ピアノ作品。ギュムリ近くの火山の名前を冠した"Aragatz"は、風の音を思わせる自然と一体になった歌声が雄大な時間の流れを想起させる。エレクトロニクスを僅かに交えて幻想的な音の波を作り出す"Rays Of Light"、踊るようなリズムで進む"The American"、激しい焦燥を感じさせる"Self-Portrait 1"と続いていくが、即興を主体とするのではなく、各曲が固有の曲展開を持つ点に、作曲能力の高さが現れている。さらに"Revolving - Prayer"では美しい音の響きと即興での予想外の展開で、演奏家としての技量も披露。全5曲のEPだが、聴きごたえは充分だ。

7.Mabuta『Welcome To This World』

南アフリカ出身のベース奏者/作曲家、シェーン・クーパーによるプロジェクト、マブタの第一作。マリの伝統音楽やアフロビートなどアフリカ由来の音楽と未来的でエレクトロニックなサウンドを融合。シンセベースのシーケンスに生ドラムを重ねる"Fences"のグルーヴはアトムス・フォー・ピースを想起させる。突然、生のベースに切り変わる展開も印象的だ。SF映画のテーマのような壮大なメロディを奏でる"Welcome To This World"を始めに、混沌や不穏さ、優しさや郷愁など、多様で豊かな曲想を持った各楽曲が、想像上の世界を旅する感覚をもたらしてくれる。ゲストのシャバカ・ハッチングスのテナーソロや、高速ベースソロなど、演奏も申し分ない。

8.Spirit Fingers『Spirit Fingers』

アメリカの4人組フュージョン・グループ、スピリット・フィンガーズの第一作。まず速さと繊細さを兼ね備えた各楽器の凄まじい技巧に耳を奪われる。アドリアン・フェローのベースの超高速の刻みはどこまでも刺激的で可笑しくなるほどだが、弱音の微細なコントロールにも脱帽。そのベースに負けじとあり得ない速さで連打を繰り出すマイク・ミッチェルのドラムにも驚く。ただ、このアルバムを傑作にしているのはグレッグ・スピーロのピアノだ。メロディとコード感に上品で凛とした美しさがあり、さざ波のように柔らかなタッチに心を動かされる。イメージを喚起させるような抽象的な表現を聴かせるインタールードをほぼ一曲毎に配置する構成も見事。

9.R+R=NOW『Collagically Speaking』

ロバート・グラスパー、テラス・マーティン、クリスチャン・スコット、デリック・ホッジ、ジャスティン・タイソン、テイラー・マクファーリンからなるプロジェクト、R+R=NOWの第一作。テーマ〜ソロや、ヴァース〜コーラスという構成ではなく、一つのメロディを基に即興的にアレンジされている。前半はグラスパーのピアノの癒しの感覚と、テラスのヴォコーダーの切なさが印象的。三人の鍵盤奏者が織り成す音のレイヤーは心地良く、硬質なジャスティンのドラムと、柔らかいデリックのベースは相性抜群。"HER=NOW"でのデリックとテイラーのデュオによる電子音楽を始めに、人数を絞った後半の楽曲のアレンジの幅広さが作品に奥行きをもたらしている。

10.Donny McCaslin『Blow.』

カリフォルニア州出身のサックス奏者、ダニー・マッキャスリンによる4人組のプロジェクトの第四作。デヴィッド・ボウイ『★』に全面参加した経験が反映され、多数のゲスト・シンガーを迎えたヴォーカル曲中心の作品に。器楽的に声を使うのではなく、完全な歌ものに振り切っている。ポジティブなエネルギーに満ち溢れたエレクトロニックなロックを始めに、クワイエット・ストーム、ジャズまでを行き来する幅広い音楽性が魅力だ。前作でもジェイソン・リンドナーやマーク・ジュリアナによる即興的かつエレクトロニックな音の質感にサックスが溶け込むように奏法を工夫していたが、今作ではエフェクターを使用し自由自在にサウンドを創出している。