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2017年 ジャズ・ベスト15

2017年のジャズのベストを15枚選び、ディスクレビューを書きました。ここ数年のジャズの興隆が結実し、R&Bを始めに、トラップやビートミュージック、室内楽や音響系、中東やブラジルなど多種多様な音楽を消化した、ジャズに馴染みがなくても楽しめる傑作が揃ったと思います。

1.Christian Scott『Ruler Rebel』

ニューオーリンズ州出身のトランペッターによる三部作の第一作。打楽器奏者4人やベーシストをトラックメイカーのように使い分け、アフリカ音楽からトラップまで横断する先鋭的なビートを構築。ピアノは曲を進行させずに一箇所に留まって曲を繋留しているが、これはトラップ曲でのリフのループのみならず、マイルス・デイヴィスのモード・ジャズをも想起させる。各楽器間のインタープレイを廃し、リズム隊をビートとして扱い、その上で悠然と演奏されるトランペットやフルートのソロは鮮烈だ。

https://m.youtube.com/watch?v=Owngsa_mwo0

2.Fabian Almazan『Alcanza』

キューバ出身のピアニストによる組曲形式の物語的な作品。長さや振幅の異なる波が重なり合って曲を形作る①は、ピアノ・トリオと弦楽四重奏を融合させる彼の音楽の独自性と魅力がわかる一曲。チリ出身のカミラ・メサの歌声が胸をかきむしる⑤にはラテン音楽の情熱を感じさせる。古代の戦いの前の儀式を彷彿とさせる⑧での映像喚起力も強烈。トリオで疾走する⑥や、エレクトロニクスを情景を描くように用い、ピアノソロで心情を表すような⑪まで、深く、幅広い表現で聴き手を旅に誘う作品だ。

https://m.youtube.com/watch?v=ahaJWidbbNk

3.Keyon Harrold『The Mugician』

ミズーリ州出身で、コモンやマックスウェルなどの作品やライブに参加してきたトランペッターの第二作。ジャズやR&Bだけでなく、カリブ音楽やブルースや映画音楽も用いて独自の世界観を表現。悲しみや怒りや安堵といった感情が滲み出るトランペットも表現力豊かだが、ビラルやファロア・モンチなどのヴォーカリストやラッパーの歌詞や言葉も使って自身の思いを伝えている。クリス・デイヴやニア・フェルダーなどの演奏家による、ジャズを基盤にした即興的な演奏を楽しむことができるのも魅力。

https://m.youtube.com/watch?v=VCCGi1OL7AY

4.Nitai Hershkovits『I Asked You A Question』

アヴィシャイ・コーエンとの活動で知られるイスラエル出身のピアニストの第一作。自身のシンセとリジョイサーのビートを中心に曲を構築。未来のイメージと懐かしさが同居する不思議なサウンド。カート・ローゼンウィンケルがギターを弾く④は雄大な自然や時間の流れの長さを想起させるメロディが心に響く印象的な一曲。アラブの歌唱やインドを想起させる打楽器などが見られる一方、アメリカのブルースを感じさせるジョージア・アン・マルドロウの歌声も聴こえる、多文化的でイメージ豊かな作品。

https://m.youtube.com/watch?v=8HDoRl9Yg64

5.Yaron Herman『Y』

イスラエル出身のピアニストによるブルーノート第二作。ピアノ、ベース、ドラムの三人がシンセやプログラミングも駆使し、ヴォイスを幾重にも重ねることで、広がりのある音響空間を作り出す。歌声とピアノの残響が漂う空間に、馬の駆け足のようなドラムが切り込んでくるドラマチックな⑤や、エフェクトをかけた音の残像を演奏と等価に扱い、時間感覚を揺さぶる⑥は鮮烈。クラシックのように両手で二つのラインを並走させる②や、シンセのみで構築されたサウンドと声が交わる⑦も出色の出来だ。

https://m.youtube.com/watch?v=DIu5hRFB03Y

6.Shai Maestro Trio『The Stone Skipper』

イスラエル出身のピアニストの第四作。ピアノ・トリオの編成だが、各楽器のソロ演奏を減らし、エレクトロニクスを多用することで、映像喚起的なサウンドを構築している。イスラエルの地域性を感じさせるメロディの強さが特徴的だ。ブルガリアの合唱団のメンバーを迎えた⑥にアジアの色彩が見えるなど、ヨーロッパやアラブ世界の様々な文化の交わりが感じられる。ピアノの音が減衰するさまにフォーカスした最終曲の⑮まで、多様な曲調で描いたストーリーで飽きさせない。

https://m.youtube.com/watch?v=e03hfv9IOpg

7.Colin Vallon Trio『Danse』

スイス出身のピアニストのECM第三作。ピアノ・トリオの編成だが、一音一音で物語を紡ぐピアノ、感覚に作用する鼓動のようなベース、エレクトロニカ的な音色のドラムによる音楽はあまりにも特異。同じフレーズがニュアンスを僅かに変えながら幾度も繰り返され、感覚の上で積み重ねられることで次第に官能性を帯びて行き、突如訪れるドラマチックな展開で聴き手を遠くまで連れていく。サウンドの密度の変化を聴かせる曲やピアノの弦にミュートを挟みガムランのように鳴らす民族音楽的な曲も魅力だ。

https://m.youtube.com/watch?v=1z422AnEFbc

8.Sarah Elizabeth Charles『Free Of Form』

マサチューセッツ州出身のヴォーカリストの第三作。共同プロデューサーはクリスチャン・スコット。パッド・ドラムのパルスが生む静的な時間の流れと、簡素で透明な音像はイベイーを想起させる。オーソドックスな歌ものに於ける力強さや儚さを感じさせるストレートな歌唱法も魅力的だが、ヴォイスや息の流れや質感の変化を聴かせたり、多重録音コーラスを用いて自らをサウンドに変化させたりする実験的な側面に独自性を発揮。言葉の反復や深い残響から浮かび上がるどこか超然とした感覚は特別だ。

https://m.youtube.com/watch?v=faDGAAz17Jk

9.BIGYUKI『Reaching For Chiron』

ATCQの最新作にも起用されたNYで活動する鍵盤奏者の第二作。ビートメイカーのようにリフやメロディを抜き差しし、重ね合わせることで曲を進行し、大胆な展開でエレガンスと猥雑さを両立させる。それに加えて、変化し続けるドラムやベース、エモーショナルなギターなど生演奏の魅力も備えている点が特徴的だ。今作ではLAビートも導入されて音楽性が広がり、聴きやすい仕上りに。無機質なリズムと神秘的な歌声が一体化した③と、ピアノのみの伴奏で王道のジャズ・ヴォーカルを聴かせる⑥が白眉。

https://m.youtube.com/watch?v=m3tpiZp9AQo

10.Jose James『Love In A Time Of Madness』

ミネソタ州出身のヴォーカリストの第七作。メインストリームR&Bに挑戦し、トラップやエレクトロニックなトラック、ブギーなどを丁寧なアプローチで乗りこなし、自らのイメージを鮮やかに更新。最先端のビートに乗った今まで以上にセクシーな歌声が魅力的だが、それだけではなく、生楽器の響きを生かしたソウルも併存しているのが本作の特徴だ。甘く優しい歌声で希望に溢れたメロディを歌う⑤や⑧はキャリア屈指の名曲。過去のキャリアのイメージに縛られずに探求を続ける姿勢に賛辞を送りたい。

https://m.youtube.com/watch?v=-Jqs-9DUoIg

11.Christian Scott『The Emancipation Procrastination』

ニューオーリンズ州出身のトランペッターによる三部作の最終作。先行作にあったトラップからジャズ寄りの曲調まで網羅。②でのトランペットの音色や③でのフルートソロのリズム感に圧倒される。スネアやキックがクラーベを刻む②や⑦ではラテンとトラップが融合。レディオヘッドのカヴァー⑧を始めにコーリー・フォンヴィルのドラムも光る。終盤では前二作で封印していたインタープレイを解禁し、ライブ感溢れる王道のジャズを披露。ジャズの過去から現在まで見据えた彼らの方向性が見える作品。

https://m.youtube.com/watch?v=f983dfgRVdc

12.Kurt Rosenwinkel『Caipi』

フィラデルフィア出身の現代ジャズを代表するギタリストの最新作。過去の『Heartcore』同様、ベースや鍵盤、打楽器も演奏し、ブラジル音楽を取り込むことで表現を拡張し、個性的な音楽を創造。英語ではっきりと歌われる⑦など中盤はバンド的な一体感を感じさせるが、それ以外の曲は柔らかなポルトガル語の歌の揺らぎと、ドラムやベースの揺れないリズムの対比がステレオラブのような不思議なグルーヴを生んでいる。声とギターのユニゾンが夢心地に誘う③や⑪でのシンセのチープな音色も面白い。

https://m.youtube.com/watch?v=1FIWGfEKru4

13.Braxton Cook『Somewhere In Between』

クリスチャン・スコットのバンドで活躍するサックス奏者の第一作。自身の素朴で暖かみのあるヴォーカルも交え、ジャズ~R&Bの間の心地良いフィーリングを聴かせてくれる。輪郭がはっきりしたサウンドは現代的で、アグレッシヴに攻めるドラムを始めに各人の演奏はフレッシュ。ギターやサックスのソロはジャズの魅力を感じさせながらコンパクトに纏まっていてバランスが良い。⑩でのゲストのサモラ・ピンダーヒューズによる、音色と響きの変化を聴かせるピアノソロが白眉。

https://m.youtube.com/watch?v=A08iLRG_XLo

14.Christian Scott『Diaspora』

ニューオーリンズ州出身のトランペッターによる三部作の第二作。前作でのトラップ・ビートと比べるとリズムは自由度を増す反面、ピアノのループは継続。アフリカ音楽のような印象を齎している。マシンビートとアフリカン・パーカッションが重なる⑨や、二つのピアノ・リフを交互に提示することで曲が加速と減速を繰り返す⑪など曲調は多様だが、今作のポイントは感情に訴えかけるレイドバックしたジャズ寄りの曲。エレーナ・ピンダーヒューズのフルートソロが真っ直ぐ心に届く⑧がハイライトだ。

https://m.youtube.com/watch?v=dLwlEv31m1Q

15.Sly5thAve『The Invisible Man: An Orchestral Tribute To Dr. Dre』

テキサス州出身のサックス奏者が多数の音楽家と共に完成させたドクター・ドレーのトリビュート作。ファンクとオーケストラが融合したサウンドは映画音楽のようで、原曲を知らずとも楽しめる。管楽器や弦楽器の様々な音色をパレットに乗せてアレンジされた楽曲はカラフルで、高音と低音の配置もバランスが良く、作品を通じて耳を楽しませてくれる。ドレー"The Next Episode"の元ネタとなった、デヴィッド・アクセルロッドが手掛けた"The Edge"のカヴァーには、アクセルロッドへの敬意を感じる。

https://m.youtube.com/watch?v=y7LFOmPGjRU