時間がないのを理由に昨日の自分に丸投げされた物語(後編)

「さあ、着いたよ。ここが僕らの財源が眠る湖だ」

紳士は女性を湖の前まで連れてきました。

目の前にある大きな湖は、底から金色の光を放っていました。

「この湖の底には、とっても、とっても湧いてくる不思議な金貨があるんだ。だから夕方でも、金塊の光のせいでここだけは昼間のように明るいんだ」

紳士はまるで自分の物かのように自慢げな顔で話します。

「・・・・・」

女性は黙って湖を見つめています。

「君は僕の元に嫁いだら、毎日この金貨を潜って沢山持って帰ってくる私のために、家でおいしいごはんを用意して、綺麗な恰好で待っていてくれたらいい。どうだ?素敵な話だろう?君は家にいるだけでいいんだ」

「・・・この村が出来てから、何年?」

女性は無表情のまま紳士に質問をします。

「村が出来てから?はて、どれくらいたったのかな。私にはちょっとわからない。私がここで生まれた時から、もうこの村は存在していたんだ」

紳士は首をかしげます。

「あなたは、今、何歳なの?」

「私は、今年で50歳を迎えるさ」

女性は紳士の答えに、何か真剣に考えているようです。

そんな女性を紳士は面白く無さそうな顔で見ていました。

「一体、この村が何年できたかなんて、それがどうしたんだ?別に何年たっていてもいいじゃないか。ほら、そろそろ僕の家に行こう」

紳士は少し苛立ったように言うと、女性の手を握り、引っ張りました。

しかし

女性はびくとも動いません。

「おい、どうしたんだ?もう夜になる。早く僕の家に行こう。ここは明るいけど、他の道はもう暗くなってきているんだから!!」

紳士は女性を急かします。

「・・・どうして、そんなに急かすの?まだそこまで遅い時間じゃないでしょう?」

女性は紳士の手を握り返し微笑みました。

「そ、そりゃあ、この村の決まりだからだよ!!」

紳士は少し焦ったように言い返しました。

「この村の決まり?」

「そうだよ!!夜20時までに自分の家に帰らないといけない。そこから日が昇るまでは外出禁止なんだ!!」

その言葉に女性の口角が上がりました。

「そう、なるほど、そういう事ね・・・上手くやってるのね、あなたは」

「何を訳のわからないことを言っているんだ!もう19時になる。ほら、いいから!!!行くよ!!特に、この湖は絶対に近づいてはいけないんだから!!」

紳士は女性の腕を引っ張ります。

しかし、やっぱり女性は動きません。

このか弱そうな女性のどこにこんな力があるのか紳士は少し不気味に思いました。

「君は一体、何を考えているんだ!!」

「ん?ここが20時になるのを待っているのよ」

女性は楽しそうに笑います。

美しい顔のはずの女性が、紳士には恐ろしく見えてきました。

「いい加減にしなさい!!僕はもう帰る!!どうなっても知らないぞ!!」

そう言って、紳士は去ろうとしました。

しかし、足が動きません。

なにかに捕まれているかのように、全く足がその場から動かないのです。

「っな!!何が起こっているんだ!!!」

紳士はパニックになっています。

「は、早く!!帰らないと!!後30分もしたら!!!」

「あら?何を言っているの?後5分で20時よ」

女性は紳士に時計を見せました。

時計の針はあと5分余りで20時を指そうとしていました。

「そんなっ!!馬鹿な!!君とここへ来たときはまだ18時半だった!!そしてさっき見た時も19時になったばかりのはずだ!!こんなのおかしいだろう!!」

「そうねえ、例えばここの無限に金貨が湧く湖みたいに、何か不思議な力がある者が時間を進めちゃったり、したんじゃない?」

女性はどこからか手鏡を取り出し、真っ赤なルージュを塗りなおしています。

「そんな訳ないだろう!!そんな、魔法みたいなものが使えるやつなん、て・・・・・」

「でも実際、あなたの時計の針も、20時を迎えているわよ?うふふ、楽しみね」

女性にそう言われて、紳士は自分の腕時計を確認しました。


―――時計の針は20時5分を示していました。


紳士の顔色はみるみるうちに真っ青になりました。

「は、はやく、家に、家にかえらないとっ・・・・・」

「家に帰らないと、どうなるの?」

女性はにっこり笑って聞きます。

「家に、かえらないと・・・水神様に・・・食べられてしまう」

その紳士の言葉に、女性の頬は赤く染まりました

「ああ、やっぱり、やっぱり彼女はここに居たのね!!!そうよね!!気配がすると思ったもの!!ああ、なんて今日は良い日なのかしら!!!!」

女性は声を高らかに上げて喜んでいます。

「き、きみは、いったい・・・何者なんだ?!?!」

「あっははははははははは!!!私?私はね」

―――バシャっ

女性が何かを答えようとしたとき、女性の後ろにある湖から

ナニカが上がってくる音が聞こえました。

「っ!!!」

紳士は思わず声を上げそうになり、口を両手で押さえました。

紳士は頭の中に、村の約束事が書いてある本の内容を思い出します

―――『20時以降、外出してはいけない』

―――『万が一、20時過ぎても外にいた場合、ナニも見てはいけない』

―――『ナニも声を上げてはいけない』

―――『ただ、その場に気配を消し、過ぎ去るのを待つべし』


(僕は、何も、ナニも見てはいけない。声を出しては、いけない)

紳士はそう頭の中で何度も唱え、目をつぶります。


――バシャッ、バシャバシャ

耳をふさいでも、その音は聞こえてきます。

「あら?どうしたの?そんな目をつぶって、耳なんて押さえちゃって」

女性の声はとても楽しそうです。

―――ペタッ

―――ペタッペタッ

ナニカの足音がこちらに向かってきます。

紳士は足は恐怖でガクガクと震えてきました。

「やっぱり!!あなただったのね!!久しぶりー!会いたかったあ!」

女性はその足音のする方へ声をかけます

『・・・・・オマエカ。サワガシイノハ』

女性でも男性でもない、人間ではないナニカが喋りました。

「覚えててくれたのね!さっすが!!なんとなくね、あなたの気配がしたものだから、寄ってみて正解だったわ!」

『・・・オマエノヨウナ サワガシイヤツ ワスレモデキヌ』

「そうー?私みたいなおしゃべりな魔女はいくらでもいるでしょう?」

『マジョハミナ オマエノヨウナ ウルサイヤツシカ イナイノカ』

「んー?どうだろ?まあ、どっちでもいいじゃん!それより、この村にいつからいるのー?」

『・・・150ネンハケイカシタ』

「そうなんだー!やっぱ、150年もいるだけあって、だいぶ話せるようになったねえ」

『ニンゲンハ ヨクシャベルカラナ』

「そうよねえ。喋りすぎてうっかりこの湖の事も外部にべらべら漏らしちゃうくらいお喋りさんだもんねえ」

そう言うと女性は紳士の身体を持ち上げました。

「ッ!!!!!」

紳士は驚いて声を押さえながら抵抗しようとしましたが、思ったように体が動きません。

『・・・ソレハ ワタシノモノデハナイカ』

「そうっ!この人に連れてこられたのよ、自分の嫁に来いって言われてねえ」

『ズイブント シュミガ ワルイナ』

「ええー!?ひどくない?私の事、綺麗だって言ってたよねえ?」

女性は紳士に質問をしますが、紳士は何も答えません。

「あらあ?さっきまでのお喋りはどこへ行ったのお?あんなにべらべらと反吐が出るような事ばっか言っていた口はどこへ消えたのかしらあ?」

『ソイツハ ハナセナイノサ ムラノキマリダ』

ナニカが紳士の代わりに答えました。

「村のきまり?」

『ワタシヲ ミテハ イケナイ ナニモ ハナシテハ イケナイ』

「へえ・・・それ、あなたが決めたの?」

『チガウガ ソウスレバ タスカルト シンジテイルノダ』

『マア モウ オソイ』

紳士の身体が女性から離れました。

紳士は恐ろしくて目を開けることが出来ません。しかし、何故か身体は勝手にナニカの方へ歩いて行きます

(なぜだ!?やめろ!!!!足が!!!勝手に!!!)

紳士は必死で自分の足を動かそうとしますが、紳士の意思は全く体に反映されません。

(どうして止まらない?!どうして、どうして前に進むんだ?!)

「目、開けたら?水神様に失礼でしょう?」

女性の声が耳元からすると、何かの力によって目を無理やりこじ開けられました。





「うッ、うわあああああああああああ!!!!!!!」



紳士の叫び声が、湖中に広がります。

「あらあら、村の決まり破っちゃったね」

女性があきれた顔をしていました。

「た、たすけてくれ!!!嫌だ嫌だ嫌だ!!!!だれか、誰かだすげで!!!!」

紳士は泣きながら叫んでいます。

それでも足は止まることなく、ナニカの元へどんどん近づいて行きます

「うわあああああああああああ!!!!!!!!!ば、ばけもの、ち、ちかづくなああああああああああああ!!!!!!来るな来るな来るな来るな!!!」

「あんたが、近づいてんでしょう」

「ちがう、勝手に、足がああああああああああああ」

紳士は手をバタバタさせ、なんとか身体を反対に向かせようとしますが、残念ながら足はいう事を聞きません

紳士の目の前には、全身が鱗に覆われ、黒い髪が足まで伸びた女性がいました。ギザギザした歯と大きく見開いている目が髪の隙間から見えています。

「いやだいうあいいやだごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

紳士の顔は涙でぐしゃぐしゃになってしまいました。

「あ、やっぱりお喋りさんは最後までお喋りなのね」

女性はそんな紳士の状態を気にすることなく、淡々と言います。

そのナニカは紳士の顔をぐっと片手で持ち上げると

不気味な笑みを見せいいました




『・・・・・ワタシ キレイ?』



「ぁ、ぁう、い」

紳士は恐怖のあまり言葉を失っています。


ナニカは長い前髪をかき上げ、もう一度ききます。


『ワタシ キレイ?』


「き、きれ、い、で」


―――グシャッ

紳士が答える前に、ナニカが紳士の頭を潰してしまいました。


「あーあ、答えきく前に殺してどうすんのさあ?」

女性はつまらなさそうな顔をしています。

『・・・マズイ』

「あら、まだ熟してなかった?」

『マダ コイツハゼンゼンモグッテナカッタ』

「潜る?」

『ヒトビトハ コノキンカイノタメニ ココニモグル』

『モグレバ モグルホド ウマクナル』

『シラナイウチニ ミナ ドクアビル』

「へえ、悪趣味してんのねえ」

『オマエニ イワレタクハ ナイ』

「・・・ふん、まあ、そうね」

女性はいつの間にか手に箒を持っていました。

服装も黒いグローブ姿に変わっています。

『・・・カエルノカ』

「ええ、久しぶりに顔みれて、満足しちゃった」

『・・・コノオトコモ ウンガワルイ オマエノヨウナ マジョニデアウトハ』

「美しい私と最期に出会えてんだから、その男はハッピーだよ☆」

そう言うと、魔女は箒にまたがりました。

「じゃあ、また気が向いたら遊びに来るねっ!!人魚さん♪」

『・・・ソウ ヨバレタノハ ヒサシブリダ』

「呪い、早く解けるといいわね」

『・・・ハヤク イケ ワタシハ キガミジカイ』

「うふふ、こわいこわい、わたしも食べられちゃう!!さっさとオサラバしよう!ばいばい!!」

魔女は箒に乗ったまま、空高く飛んで行ってしまいました。

『・・・・・』

人魚と言われたナニカはそのまま湖の底へ帰っていきました。




ここは、小さな村です。

しかし、とても豊かな村です。

人々は幸せに暮らしています。

―――ある掟を守りながら

めでたし、めでたし



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拝啓、昨日の自分へ

随分と無茶苦茶な事をしてくれましたね。

とりあえず文字を打ち続けた結果

こんなお話になってしまいました。

でも大丈夫。こうなったのは私のせいではありません。

昨日の私のせいです。

ちょっと怖くなったし、ホラー書きたい目標は達成ですね。

以上、星空夢歩くでした

二度と、明日の自分に丸投げしません。





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