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地元スーパーの未来


黒と白を基調としたモダンな路面電車が通過する横で、派手な不動産屋の広告ラッピングを施した古い路面電車が交差する。信号待ちをする車、通学を急ぐ自転車。道沿いには、今年新しくオープンしたばかりの洒落たケーキ屋、週に3回ほどしかオープンしないカップケーキ専門店や、ハードパンを5種類しか置かないというこだわりのベーカリーが点在しつつも、いつオープンしたのかも定かではなく、そもそも空いているのを見たことがないようなスナック、古びた小料理屋、レンタルビデオ屋が入ったビルには手狭な整骨院が開業している、そんな古い町並みが残されている札幌の一角に私は住んでいる。札幌有数の文教地区と言われながらも、夏には子供たちを集めて夏まつりを開催してくれるような病院があったりと、札幌の都市開発から忘れ去られたような下町の風情がまたあちこちに残っている地域である。

 そんな市電の駅前の一角に、「みかん1パック 400円」、「トウモロコシ1本 200円」などの手書きの紙がベタベタと貼られ、「大安売り」「今日は肉の日」などの幟が立てられる地元のスーパーがある。その名もずばり、ベンリーという名の小さなスーパーである。
私の住んでいる地区には、いわゆる全国展開しているようなイオン、西友などの大手スーパーは徒歩圏内になく、ベンリーが生活必需品を調達するための唯一のライフラインであった。個人商店に毛が生えたような小さなスーパーは、常連客で賑わい、それなりの活気を呈していたが、モダンというには程遠い代物であった。
手書きの紙の宣伝、幟を抜けると、時代遅れのお菓子が格安で山積みされており、地元の野菜、カップ麺などが雑然と置かれたエリアがある。そこを抜け、店内に入ると、普通のスーパーのように果物、野菜が置かれたコーナーがあり、豆腐や納豆、漬物などの冷蔵食品、奥に行くと肉や野菜、冷凍食品などが所狭しと並んでいる。ヨーグルトや牛乳などの乳製品、お惣菜なども一通り並べられてはいるが、手書きのポップもセンスがあるとは言い難い代物である。魚、肉、乳製品のコーナーを抜けると、お菓子や酒などが置かれているエリアに到達するが、やはり雑然とした雰囲気は否めない。店舗全て回っても10分かかるか,かからないかのスペースである。

 レジ打ちの人たちは、冬になると足元にストーブを炊き、手が空くと店員同士でおしゃべりに興じている。店長と思しきおやじが、魚を捌く姿で店に出てきて、気さくに今日のおすすめの魚をやや強引ともいえる物言いで勧めたりもする。ベンリーカードなるその店だけのポイントカードがあり、それを出せば一部の商品は値引きされたりもする。いかにも昔ながらの店、という風情だ。初めのうちはその昭和臭の強い店に幾分抵抗を感じていたが、通っているうちに働いている人の醸し出す何とも言えない暖かな雰囲気、雑然とした中にも、必要なものはきちんと揃っていること、手狭な店舗ならではの品物の探しやすさという利点があることなどに気付き始めていた。


 数年前、近くの研修施設が解体されることが決まり、広大な土地が売却されることとなった。そこに巨大なショッピングモールが建設されることが決まり、大規模な工事が始まってからは、どういう店舗が入るのか興味津々で、ネットの情報や建設途中のロゴを見ては、一喜一憂する日々が続いた。
札幌で有名なパン屋が入ると聞いて大喜びし、「ドラッグストアとか100均は使い勝手あるよね、焼き肉屋よりは回転寿司のほうがいいな、子供服専門店が入るんだったらユニクロとかGUとかのほうが嬉しいのに」、など勝手なことを家族で話題にしていた。そのなかで、当然大手スーパーも参入することが決まり、「いやー、ベンリーつぶれちゃうかもしれないね」というのも、その後に続く決まり文句のように、食卓の話題に上っていた。

 2年前の秋にショッピングモールが順次開業。北海市場という大手スーパーも開業し、開業当初から多くの客で賑わいを見せていた。北海市場は安売りがメインのスーパーではあるが、内装はモダンで、野菜や果物のディスプレイも色鮮やか、商品棚をちょっと斜めにしたような構造で、お洒落な動線となる。魚も氷の上にきれいに置かれ、頼めば店で捌いてくれるし、肉の種類も豊富で格安。駐車場も北海道ならではの広々とした空間を確保しており、これは全くベンリーには勝ち目はないのでは、と興味半分で見ていた。

 開業半年後の2020年2月、世界中の誰もが予測しえなかったコロナ禍に見舞われ、いち早く北海道独自の緊急事態宣言を経て、ロックダウンといった未曽有の事態の中、飲食店やパン屋、スマホショップなどは軒並み時短営業となった反面、ライフラインとしてのスーパーマーケットは、ソーシャルディスタンス、マスク着用などの一定の規範の中、連日多くの人で賑わっていた。
その中でベンリーは今まで通りだった。手書きの宣伝、幟は相変わらずで、店舗に入る前の薄暗い雑然とした雰囲気も、何も変わらなかった。客足は幾分遠のいたのかもしれないが、おしゃべりを幾分減らし、マスクを着けた明るいパートさんたちがレジを打ち、朝は若いお兄さんたちが雪かきをしている光景がそこにあった。
以前よりは頻度は減ったものの、今でも私はベンリーに立ち寄り、買い物をする。店の雰囲気は相変わらずレトロなのだが、魚の鮮度は抜群にいい。ここで作っている寿司、チラシ寿司は魚屋で作っているものと遜色がない。手作りと称したプリンは舌触りがとても滑らか、ミルクと卵の濃厚な味わいで、添加物は一切使用していない。カツサンドは分厚いカツに刻んだ千切りキャベツが絶妙なマヨネーズとソースで絡めてあり、北海道でおいしいと有名なカツサンドと比べても、こちらの方に軍配を上げたくなるほどだ。いかにも手作りです、という風情で、昔母親が作ってくれたカツサンドに似ていて、廉価で満腹感も半端ない。商品棚をよく見ると、コストコ商品やオーガニックに留意した商品がさりげなく置かれていたりする。意図的なのかそうではないのかわからないが、大型のショッピングモールでは成しえない様々な工夫を凝らしていることがわかる。


 外観やネームバリューに我々はしばしば全うな目を曇らされる。しかし、大事なことはやはり商売人としての矜持なのではないかと改めて考えさせられるのである。スーパーであれば、安全なものを、美味しいものを、なるべく廉価で客に提供すること、そこ一点さえブレないという姿勢を見せれば、生き残りをかけたお客争奪戦にもきっちりと参戦できるということを見せつけてくれたような気がする。そこで働く人たちの生き生きとした振る舞いも、職場の矜持に誇りを持っているという表れなのではないだろうか。

これは、私の単なるノスタルジーなのかもしれない。いずれは大型店舗に淘汰されていく運命なのかもしれない。それでも、これからも店長さんは相変わらず魚を捌いたまんまの格好でお店を回り、明るい口調で今日のおすすめの魚を教えてくれているのだろうか、手が空くと従業員が雑談し笑顔をみせてくれるのだろうか、願わくばそうあってほしい、とふと思うのである。

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