フレンジー


 勇者が死んだ。

 私がそう聞いたときに思ったのは、あの男に渡した10Gとヒノキの棒は無駄になったな、ということだった。

 これは私が薄情な王だからではない。あの男に会ったのはそれきり一回だけで友情なんてもちろん無いし、国民が信じるような勇者の快進撃も、軍の最高司令官の地位から見れば局地的な戦術勝利に過ぎず、人類種の僅かな延命処置に過ぎないことを知っていたからだ。

 ではその勇者の一命を賭した時間稼ぎの間に人類が何をしていたかと言えば勇者がもしも魔王を倒したら、どの貴族にどれぐらい手柄があるかという計算と、勇者の功績の奪い合いだった。わざわざ平民であった勇者の親族と縁戚を作ったものまでいるというから笑えてくる。

「王よ…それで、どうされますか?」

 宰相が聞いてくる。たとえ私が何を言っても国のことは貴族院が全て決定するというのに、まだこの男は王の意向などというものを聞いてくる。

 それでも私は思案した。人類が滅びることは勇者の死でほぼ決定した。勇者という個人の僅かな勝利に、蜃気楼のような希望を託せる状況は終わってしまったのだ。仮にここから人類の全軍が手を携えたとしても、魔王軍に勝てる見込みは万に一つもない。

 きっとこの後の貴族院では、人類が滅ぶのは誰の責任だという不毛な議論がかわされ、魔王軍に蹂躙されるまでの時間を自分だけがふかふかのベッドで眠るための権力闘争が始まるのだろう。くだらない。そう思うのは、自分のベッドの柔らかさが保証されている王だからだろうか。

 あの勇敢な平民の若者は戦って死んだというのに、まだ自分らだけはベッドで安らかに死ねると思っているのか。

 ふざけるな、と思った。

「では、これにヒノキの棒をもて」

 宰相と私以外誰も居ない玉座の間に私の声が響く。宰相は恐れたような目で私を見た。

「だ、誰に授けられるのですか?」

「余だ」

【つづく】

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