ガン・オブ・ザ・パンケーキ・アンド・ホイップクリーム

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12月23日16時32分。カフェ・スイートメープル

部活(AF)もそこそこに切り上げて葉鞠と入ったのはクリスマスムードに包まれた通学路のカフェ。
何時も通り店内のお客さんは疎らで、私達は街並みがよく見える窓際の席へ向かう。

このクリスマスというのは宗教開放宣言以降はすっかり聞かなくなったキリスト教の行事だとか。
だが現代人はキリスト教に興味はなく、ただなんだか赤くてめでたくてプレゼントが貰えるラッキーデイだ。

「お、サンタのキーホルダー。」

このサンタクロースというのも由来は知らないが赤くて丸くてめでたい感じで好きだ。
注文を取りに来たマスターがニコニコしながら「いつもありがとね」と2つくれた。

「じゃ、コーヒー濃いの。」

「んー、パンケーキとココア。」

あぁ、甘い物の誘惑に勝てない。
そんな私を葉鞠がジト目で見てくる。これはカロリー的罪悪感を刺激する目だ。
しかし最近よく運動をしているので、お腹が空くのだ。
身体はベッドで寝てるだけと言われてもVRで走れば何だか疲れるし、お腹もより空く気がするものだ。
あれ、これヤバくないか?

「あたしは知らないかんね」

私も知らない。頑張れ、未来の私。

「では、ご注文は以上で?」

「あいよ~。」

テーブルの上には湯気を上げるパンケーキとココアとコーヒーが並んでいる。
私が待ちきれずに熱々のパンケーキの端にナイフを入れると軽やかな弾力が押し返してきた。
私は思わず顔をニヤけさせて、添えてあるホイップクリームをたっぷり付けてパンケーキを口へ運んだ。

「ん~っ!」

口の中でメープルシロップの香りとホイップクリームの爽やかな甘味と脂質が混ざって鼻に抜ける。
ふわっとしたパンケーキの生地は重たさを一切感じさせずに次第に解けていく。至福の時だ。
やはりスイートメープルのパンケーキは最高だ。

「あ。」

前を見ると葉鞠が口を開けている。むむ。
こいつは自分では頼まずに他人の物を欲しがるタイプだ。
やれやれ、これもこの問題児の面倒を見る私の勤めか、と諦めてその口の中にパンケーキを入れる。

「んもい、んもい。」

葉鞠は満足そうにブラックコーヒーを一口すすった。
彼女は甘党かつ辛党でコーヒーはブラックでチョコや甘い物と食べるのが好きだ。
カロリー面はともかく他の部分で健康にすごく悪そうな好みをしている。カフェイン過多だ。
どの様な形でも刺激の強い食べ物が好きなのだろう、と思う。

パンケーキを食べながら教師や宿題なんかの他愛のない話をするが、話題は自然とAFへ向かっていく。
今の悩みは、『このままで勝てるのか?』だ。

「はっきり言って無理だと思う。アサルトの戦いなら先輩達は私達の何倍も上手いよ。」

私ははっきりと葉鞠に言った。身も蓋もないが純然たる事実である。
そりゃあ、葉鞠がAFのプロだとか私が秘められたパワーがあるとかなら別だが、無い。
2週間で分かったことは、葉鞠も私も筋の良い初心者であり、1ヶ月で基本を抑えて中級者に踏み込めるかどうかと言う感じであることだ。

「そりゃね。」

「やっぱ砲手とかかなぁ。」

現在のAFはのっぺり言うと3すくみの状態にある。
万能の歩兵アサルトは集団で行動して火力を集中させることで突破力を発揮する。
その密集を逆手に取って超射程範囲高火力で一網打尽に、もしくは1:1以上の交換に持ち込んで優位にすることが出来るのが砲手。
火力特化のせいで防御機動力の乏しい砲手を超射程とそこそこの機動力と取り回しでカモにして前線への援護射撃もできるスナイパー。

この中で高機動かつ防御に優れたアサルトが一歩抜きん出ている、と言う感じだ。
砲手がヘボだったり、アサルトの回避防御行動が上手かったり、索敵をミスったりすると砲手の戦果は期待値を易々と割り込む。
特に砲の扱いが煩雑で機動力に欠け地形の不利を受ける側になりやすい砲手はただでさえ難易度が高く戦果が安定しない。
だがそれでも優秀な砲手はアサルトへの有利を持つ。特効薬ではないが、より良い選択だろう。

「ま、それが普通かな。」

「普通って…。」

葉鞠は余り納得してないような返事を返してくる。
普通は普通だが、劇的な奇策妙策なんていうのは古今東西負けるものだ。
基本的に負けるから奇策は歴史に残るのである。見て楽しむもんで、使うもんじゃないのだ。

特にAFは戦術単位が数名であり、全く相手側に付け込む要素も時間もない。
奇策で自軍を潰すより、普通にやって力を出すほうが勝率は高くなるはずだ。

しかし説明しても葉鞠は納得しない。

「でも容量イーブンにするって決まったかんね。」

「む。」

確かに。

同じ人数、同じ容量ならアサルトには砲手がいいだろう。
しかしAFには容量というリソースの概念があり、今回は人数には差はつけるが容量には差をつけないルールを採用すると決まった。
つまり人数が少ない分、容量に余裕がある此方は相手より良い武器を手に持つことが出来るということだ。

だが果たして良い武器を手にした程度でAF特待生を初心者が1人頭3人も倒せるだろうか。
かといって2:5で砲手を持ち出しても5:5と同じような有利になるだろうか。そもそも初心者が扱えるだろうか。
敵はどうぶつかってくる、いや、どう勝とうとする?
此方の有利な面は?

この不均衡に何か糸口になるような引っ掛かりがある気がする。

「…分かった。ちょっと考えてみるね。」

「おっけ。」

そう言うと葉鞠は何時も通りに笑って答えた。
全く十分な時間はないが、出来る限りのことはやりきろう。
そう決意して、ずっと音を立てて飲んだココアは甘くて、ぬるかった。

01月14日7時32分。日本国有東県稲荷市韮坂町606。

バチッと目が覚める。
脳裏に寝坊の二文字が掠めるが、時計を見てさらに焦り、曜日を見て安心し、そして日付を見て緊張する。
今日だ。

目が冴えてしまったので仕方なく起床する。
階下へ降りて朝食を食べると伝えると目玉焼きとベーコンとパンケーキが出てくる。
拳大のパンケーキにハチミツとバターをかける。
もくもくと甘いパンケーキとしょっぱいベーコンを無言で交互に食べていく。

「お気に召しませんか?」

「あっ、ううん、美味しいよ!」

藤堂が心配してくれる。最近ではめっきり珍しい人間のお手伝いさんだ。
彼は私が不安に思っている様子にとっくに気づいていたのだろう、食後に温かいホットミルクを出してくれた。
一口飲むとシナモンの香りがする。何かが体の中心にすとん、と帰ってくる感覚がして落ち着いた。

「ありがと。」

私がお礼を藤堂に言うと、藤堂は何も言わずにニッコリと微笑んだ。

手早く制服に着替えて戦術ノートを持って、ピコ太(犬)にちゅーして家を出る。
無人タクシーを拾って(自家用リムジンとかではないのでウチは葉鞠が言うような金持ちじゃないぞ!)学校へ。
住宅街を抜けると綺麗で大きな道と森が見えてくる。その奥のややなだらかな坂を登るとエリンデール女子大学と付属高校が坂の上から徐々に覗く。

白亜の校舎は二重大理石で出来ており、汚れに強く耐久性に優れる。真っ白な校舎は太陽を反射して今日も輝いている。
付属高校は中央棟を中心に西と東からかぶさるような2つの棟から出来ており、それを取り囲むように大学の塔が乱立する。
数十年前に山一つ切り開いて作ったという話で、周りは付属施設以外は山と川に囲まれていて、滅茶苦茶交通が不便だ。

私は無人タクシーが入れる限界のところで降りると、白亜の校舎を見上げて歩き出した。
ここから30分急な山道を登るのだが、オナモミがスカートにつく、木の根に躓く。いつも思うが何を考えてるんだこの学校は。何を拒む。軍の秘密施設か?
教育方針は『文武両道』らしいが、これがそうなのだろうか。違う気がする。
まあ、毎度のことだと息を吐いて白亜の校舎を見上げるも、余り近くなってなかった。

校舎にたどり着き、校門の給水機で喉を潤して、下駄箱で山ブーツから上履きに履き替えて西棟へ向かう。

私が部室に入ると聞き慣れた大型汎用機のファンの音が出迎える。
入ってすぐのソファには葉鞠が腰掛けてスクリーンの明かりにぼんやり照らされながら端末を操作していた。
奥には数日前にどうにか搬入したダブルベッドがある。そのせいで部屋はもう、狭いというより殆どベッドになっていた。

「おは。はやいね。」

画面から目を離さずに葉鞠が挨拶してくる。

「うん、緊張して…」

私は何ともなく答える。葉鞠は何か作業をしている。
よく見れば顔は少し疲れて髪も脂っぽい。もしかしたら昨日からずっと?

「葉鞠、昨日帰った?」

「や。」

「葉鞠、寝ないと良くないよ。」

「んー。」

私は一向にこっちを向かない葉鞠の頭を掴んで無理やりこっちに向けた。
ちょっと不愉快そうな顔をしたが、私の顔を見た。

「良くないよ。」

「んー、うん、だね。」

葉鞠はソファから立ち上がらずにそのままベッドへ這い進み横になった。

「あ!あー…」

携帯端末を取り出したので、すぐに没収する。代わりに藤堂が作ってくれたサンドイッチを渡す。
「金持ちめ、ブルジョアめ、打倒するぞ」とか言ってたが気にしない。
そのまま、あー、とか、うー、とか暫く言ってたけど、そのうちに寝息を立て始めた。

ちらとスクリーンの時刻表示を見る。試合は今日の夕方、16時00分から。今からなら十分寝れるだろう。
人数はこっちが2人で相手が5人だが、人数が違っても合計の容量を合わせるイーブンサイズ。
それでもやはり、不利な戦いになるだろう。どれほど考えても数的不利を覆すのは難しい。
しかし勝負はどう転ぶかわからないものだ、もとより不利な戦いだからこそ、そう強く思う。

ベッドを見ると、葉鞠がメガネを掛けたまま気持ちよさそうに眠っている。
ファッションなのか無精なのか分からない、とても長い綺麗な髪は2つにまとめた根本からベッドの上で散り散りに舞っている。
これは寝癖が大変そうだ、と思うがどうしようも出来ず、あられもないポーズで寝ている厚みのない体にシーツをかけた。
そのままそっと頬に触れる。

戦うことになったのは私の我儘が原因だ。葉鞠にとってはそれこそ、どうでもいいことだったと思う。
でも私の我儘にこうして付き合ってくれてることが嬉しくて、だから余計もやもやしてしまう。
私は望まれない意味のないことをしてるんじゃないかって思ってしまう。

「ん…」

私ははっと頬から手を離して、逡巡した後、葉鞠の顔から眼鏡だけとった。
幸い葉鞠は起きず、寝返りだけうって眠り続けた。

01月14日15時55分。エリンデール大学附属女子高校西校舎3階144倉庫。
エリンデールサーバ4番2249-82。特殊娯楽映画研究同好会サイド待機領域。

「準備おっけ?」

「…うん。」

マップ指定の権利はこっちが貰っている。指定したのは森を望むやや荒涼とした地形の120番森林。
両寄りに森林が配置されている地形であり、少し霧がかかっていて天候は曇り。
全体的に薄暗く森も鬱蒼としており所謂「出そう」な雰囲気がするマップだ。
地形を使うなら良いMAPだ。向こうもそれはよく分かっているだろう。

葉鞠の装備はR-TG狙撃銃と自動攻撃砲塔(タレット)。
重力加速銃であるR-TGは制動と弾速に優れ、威力と射程と命中を高レベルで実現する名銃だ。ただし大きく重い。
だがしかし本人の容量の大部分は狙撃弾道計算補助ソフトに使っているらしい。その代り「エリマキトカゲが撃っても当たる」と自信満々だ。

私は、葉鞠に着せられた軍服(架空のやつだ)に身を包み、南部式大型自動拳銃を腰にぶら下げている。
軍服は唯の白い軍服だ。身体補助機能なんてついてないし電磁防弾も物理干渉機能もない。
自動拳銃は一応弾頭が高反応弾頭という高威力のモノだが、無論レールガンやレーザー銃と戦うような代物ではない。

私はポップアップメニューから、もう一つの武装を確認して頷く。

「ダイジョブ。」

葉鞠はニっと笑った。私も笑ったが、うまく笑えただろうか?

『カスタム殲滅戦 2on5 イーブンサイズ 120番森林 ready?GO!』

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